欲望の取り扱いと格差原理

日本では、欲望を表に出すことは、悪いことであると思われている。仏教思想(大乗仏教)や中華思想(儒家、老荘思想)などでも、欲望は抑えるべきものと教えられる。しかし、資本主義社会は基本的に欲望を基にした社会だ。欲望は経済成長の源泉となる。バブル崩壊以降、日本が経済成長と無縁になったのは、バブルの後遺症として欲望を控えめにしなければならないと考えたせいでもある。欲望は、事業ではアニマルスピリッツの源泉であり、消費においても資本主義を支える重要な要素だ。欲望の扱い方は難しい。そこで、欲望の取り扱い方を変えた場合、日本はどのような道を歩むことになるだろうか?

3つの場合を想定してみよう。

① 欲望を解放すること
経済的には「レッセフェール」の世界、あるいは、新自由主義的、国家の介入を少なくした自由放任の世界を望む生き方だ。しかし、「万人の万人に対する闘争」にならないようにするためには、自ずと欲望の実現にも、前もってルールが必要となる。従って、欲望を開放するのは、個人的な問題の次元であり、組織や社会では、一定のルールが必須となる。しかし、欲望を解放すると、経済成長は果たせるかもしれないが、社会に大きな格差が生じるのは、アメリカなどの例を見ても明らかだ。このような社会は、日本では成立しづらい。

② 欲望を制限すること
これは規制の強い権威主義社会か、あるいは横並び意識が強い日本社会が相当する。自由を捨てるか、もともとの欲望を抑えるような態度、あるいは自然に老いてゆく社会で、欲望が次第に低下する場合を指している。欲望を抑えた社会は、大きな争いはないが、その分活力もない社会となる。日本がこのような社会に陥る可能性は高い。このような状況は、日本のみでは成立するが、他国との関係では難しい問題が生じる(円安や安全保障の問題)。

③ 欲望は解放するが、その結果引き起こされる格差を防ぐ考え方
この考え方は、言うまでもなく、ジョン・ロールズによる、「格差原理」から引用した考えである。このような考えは、北欧の経済社会政策に表れている。企業活動に対して、あるいは、消費行動に対して規制は少なく、自由意思が奨励される。その為、経済活動は活発となる。しかし、結果的に事業会社の倒産も多い。その反面、高い社会保障や税の負担によって、失業給付等の最低保証が手厚く行われる社会である。この社会の問題点は、保証を手厚くすれば国民負担が大きく、税と社会保障費用は概ね国民所得の50%以上となることだ。ジョン・ロールズが示したように、(原初状態で)自分が最低の階層に落ちる可能性を想定すると、多くの人は、生活が破綻することはないことの保証を求めるようになる。格差原理では、社会が横並びを取らないときには、最下層に転落する危険が常にある社会を想定しているし、現に、その可能性がある社会構造を見ている。つまり、アニマルスピリッツを元にして、欲望を解放し、積極的な事業を起こした結果、失敗し、最下層に転落しても、尊厳を持って生きていくことができ、再度チャレンジできる社会をめざしているのだ。

ジョン・ロールズの格差原理は、「原初状態(自分の能力が不明で、将来どうなるかも分からない状態)」において多くの人が選択するのは、最も不幸な人を救うような制度であることだ。反対に、現在の状態から意見を求められた場合、人は現在の状態をもとにして意見を述べる。満足している人は現状を変えたくないし、不満足な人は改革を期待する。結果的に、単純な現在の利害関係(例えば、補助金を貰いやすいとか、制度的に有利であるとか)は別にしても、現状の地位や社会関係にとらわれた意見を持つものだ。従って、格差原理を元にした社会制度を作るためには、じっくりと腰を落ち着けた議論が必要となる。

公益財団法人橋本財団 理事長、医学博士橋本 俊明
1973年岡山大学医学部卒業。公益財団法人橋本財団 理事長。社会福祉法人敬友会 理事長。特定医療法人自由会 理事長。専門は、高齢者の住まい、高齢者ケア、老年医療問題など。その他、独自の視点で幅広く社会問題を探る。
1973年岡山大学医学部卒業。公益財団法人橋本財団 理事長。社会福祉法人敬友会 理事長。特定医療法人自由会 理事長。専門は、高齢者の住まい、高齢者ケア、老年医療問題など。その他、独自の視点で幅広く社会問題を探る。
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