日本は1993年の技能実習制度設立以降、2017年に技能実習制度、2019年に特定技能制度を創設し、国内の労働力不足の対応として、外国人労働者を積極的に受け入れ始めた。昨今、GDPの比較的高い国を中心に移民労働者の受け入れを拡大している国が多くある中、今後の日本が労働者を受け入れるにあたって、環境がどのように変化していくのか不透明である。橋本財団ソシエタス総合研究所では、現地の視点から日本の労働者の受け入れシステムを調査し、将来の予測や現システムの改善の提言を行なうことを目的として、インドネシアの送り出しに関するシステムの調査活動を開始した。今回は、現地の送り出し機関を中心としたインタビュー調査から明らかとなった「インドネシアにおける来日者向け日本語教育の実態と、特定技能プログラムの導入による日本語教育への影響」について述べる。
日本語教育と特定技能制度の影響
インドネシアにおいて、日本への海外就労の主流は技能実習生の送り出しである。技能実習制度では、介護分野を除き、入国時に日本語能力の資格が求められてない。インドネシア人技能実習生の候補者は出国前に3-6ヶ月間で日本語をゼロから学ぶ。送り出し機関で主に利用されている教材は技能実習制度開始から使われている東京国際日本語学院編集の「みんなの日本語」である。そして、日本語講師は帰国した技能実習生および大学の日本語学科・日本学科の卒業生が担っている。これまで、技能実習候補者の日本語教育は各送り出し機関の方針や日本語講師個人の能力に依存し、統一したカリキュラムがなかった。また、早めに人材が欲しいという日本側の受け入れの要求に対応し、候補者が十分な日本語を習得しないまま出国することさえもあった。
2019年に開始された特定技能制度は、日本語能力試験(JLPT) N4またはJFT-BASIC A2の資格が条件となっているため、一部の送り出し機関に今までの技能実習候補者に対する日本語教育では不十分だという認識が広がった。そのため、これまで使用されてきた「みんなの日本語」だけでなく、国際交流基金の教材である「MARUGOTO」や「IRODORI」も利用され始めた。
インドネシア政府は、特定技能制度の開始以降、日本への移住労働者の送り出しの拡大を見据え、2022年12月にインドネシア共和国労働大臣令2022年第238号を発令。日本語教育のインドネシア国家職業能力基準(Standar Kompetensi Kerja Nasional Indonesia・SKKNI)の策定に関する法律を定めている。この大臣令による日本語能力基準は、特定技能の条件である日本語能力試験(JLPT) N4またはJFT-BASIC A2の範囲となっており、各送り出し機関の方針に任せられていた日本語教育の統一カリキュラムが策定された。このカリキュラムの導入により、インドネシアから日本への海外就労が一層促進されることが期待されている。
統一カリキュラムの策定は、インドネシアの人材送り出しにおいて、これまで空白だった日本語教育の基盤となり、一定の評価を得ている。内容に関しても、日本語の文法や表現のみならず、市役所または銀行などの公共の場でのマナーや電話での対応も盛り込んでいる。しかし、新しいカリキュラムに適応している送り出し機関が限られているうえに、新しいカリキュラムや教材の導入だけでは効果的な日本語教育を行なうことは不十分である。これらを活用するためには、同時に日本語講師に対する再研修も必要不可欠だ。しかし、全ての送り出し機関にその余力があると限らない。さらに、日本で技能実習制度の廃止および新制度の「育成就労」の創設が議論されている中で、現状維持や様子を見ている送り出し機関も多い。
また、このカリキュラムは就労分野ごとの専門用語には対応できていない。就労分野の専門用語については、これまで同様、日本語講師として勤務している技能実習生あるいは留学生の帰国者の経験に依存している部分が多い。帰国した技能実習生は日本語に加え、日本での就労経験や文化・習慣などを候補者に教えることができるため、送り出し機関にとっては「日本語講師」として望ましい存在である。しかし、彼らの経験に依存しているため新しい状況に対応できていないものも多く、教育方法の個人差もある。そして、特定技能制度が開始すると、インドネシアで日本語講師として活躍している一部の帰国技能実習生は再び日本に行くことを望んだ。実際に来日就労している状況もある。そのため多くの送り出し機関は日本語講師の不足に悩まされている。
特定技能プログラムの開始はインドネシアにおける来日希望者向けの日本語教育の実践に多数の影響を与えている。一つ目は、利用している教材の多様化である。二つ目は、各送り出し機関およびインドネシア政府による入国条件に対応するための新しいカリキュラムの創設である。三つ目は、教育実践そのものではないが、特定技能プログラムの導入がインドネシアにおける日本語講師の担い手不足にもつながっている。
特定技能労働者向けの日本語試験と課題
特定技能候補者が主に受験する日本語試験は、国際交流基金による「日本語基礎テスト」(以下JFT Basic)である。JFT Basicの特徴は、コンピュータ・ベースド・テスティング(CBT)方式であり、結果は受験直後に分かる。もう一つは、日本語能力試験(JLPT)であるが、こちらは年に2回しか行われないため、年間6回実施されるJFT Basicのほうが特定技能候補者にとって好都合である。インドネシアでは、首都のジャカルタに加え、ジャワ島にはスラバヤ、スマラン、およびバンドンの4カ所で実施されている。ジャワ島以外では、北スマトラ州の首都であるメダンとバリ島のデンパサルで試験が開催され、全国6ヶ所で受験できる。
インドネシアにおけるJFT Basicは、他の送り出し国よりも会場数は多いものの、受験希望者の人数が定員を超えているため、受験番号の取得が非常に困難である。ジャワ島だけでも開催地域を増やしてほしいと声を上げる送り出し機関が少なくない。一部では、これを「チケット争奪戦」と例える声もある。また、受験番号のブローカーに関する苦情も寄せられている。受験番号を入手できなかった候補者は、受験番号を販売するブローカーを利用せざるを得ない。ブローカーを介することによって手数料が発生し、渡日前の追加費用につながっている。このような状況に対処するため、決済後に受験番号の受け渡しが可能となっている現行システムの改善が急務だとの声があがっている。
JFT Basicなどの日本語試験の受験申し込みが困難であるため、受験番号を取得したからには運試しで試験を受ける特定技能候補者もいる。このような不確定な状況は、日本語講師および候補者が日本語学習の進捗を見据えて試験に応募するという計画が困難となっている。結果的に、来日者向けの日本語学習プロセス全体に影響を与えていると考えられる。そして、来日希望者が特定技能労働者ではなく、日本語能力要件がない技能実習プログラムを選ぶ一つの要因にもなっている。日本政府は、特定技能労働者の受け入れを拡大しようとするなかに、要件となる日本語試験の受験手続きや受験の公正性とアクセス性を向上させるための措置が至急に必要だろう。
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