移民の管理は誰が行うべきか

地域的に格差がある場合、その格差を解消するため「物」や「人」が移動するのはごく自然のことである。これは一つの国の中でも、国の境を超えても同様だ。しかし、国家が成立すると、国境を超えての物や人の移動は、制限を受けるようになる。まず、「物」の移動制限が起こるのは、外国から安いものが大量に入ってくると国内の生産が妨げられるからだ。産業革命で、インドはイギリスの安くなった綿製品を輸入した。結果、インドの繊維産業が壊滅的な被害に遭った有名な事件がその例としてあげられる。食料はこの種の「物」の代表だ。日本でも米の輸入は制限されているし、その他の農産物も輸入に対して関税をかけるか、あるいは、国内の生産に補助金を提供するかを行い、国境を超えた安い農産物の流入に対して、国が規制を行っている。消費者にとっては、「物」の自由貿易は歓迎すべきことであるが、生産者にとってはそうではない。

一方で、「人」の移動に関しては物の移動とは正反対に、生産者にとっては、自由な移動が望ましいが、一般消費者つまり国民一般の立場からは、移民の流入には懐疑的となる。この理由の多くは、外国からの安価な労働力の流入によって、「国内の仕事が失われるから」あるいは、「賃金の低下を招く」と信じられているからだ。その結果、アメリカ、ヨーロッパをはじめ、多くの国で移民の流入を口実に、極右的な政党が、勢力を伸ばしている。しかし、この経済的な理由は、いずれも成り立たないことが実証されている。

この問題に対して、アビジット・バナジーとエステル・デュフロは、「絶望を希望に変える経済学」の中で、移民がなぜ、移入国の雇用を悪化させないのか、賃金の低下を招かないのかについて、4つの要因を上げている。それらは次のようなものである。

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① 新たに流入した移民は生活するためにお金を使い、地域での需要が増えるため経済が拡大する。その結果、労働者の雇用減少や賃金の低下は見られない。その証拠に、国境近くの住民が外の国で仕事をするが、住まいは元の国にある場合には需要が増えないことが確かめられている。ただし短期滞在の労働者はこの限りではない。つまり、経済的には、労働力だけでなく、生活者としての移民が必要なのだ。

② 低賃金の労働者の流入は、機械化を遅らせる。機械化が進まないために、結果的に労働需要は減少しなくなる。この傾向はもともと機械化が難しいサービス業に顕著である。

③ 流入した労働者を使うために、企業は生産方式を変える。移民は、それまでになかった役割を充てられるとともに、自国の労働者は管理職に移り、コミュニケーションが必要な仕事に移る。その結果、良い意味で労働流動性が高くなる。

④ 移民が自国の労働者と競合しないで、補完する役割を担うこと。自国の労働者がやりたがらない仕事を移民が引き受けることによって、労働の役割が変わること。

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などがその理由である。

むしろ、一般に考えられていることとは逆に、低技能移民よりも、高技能の移民の場合は、移民の原則には入らないかもしれない。高技能の移民は、産業のレベルを向上させることに貢献するかもしれないが、それに伴って、自国の高技能者との競合が起こり、高技能労働者の賃金を低下させ、雇用を減らすかもしれない。

しかし、物と違い、移民を受け入れる国の多くの住民は、移民に対してあまり友好的でない。先に述べたように経済的には、移民は悪い影響を及ぼすことはない。受け入れる住民の否定的な態度は、文化的な面が大きい。異文化が自分たちの社会に混入し、アイデンティティ・クライシスを引き起こす問題と捉えている。従って、経済的な側面を考えるよりも、文化的な融合をどのようにするかが移民問題の本質と言えるだろう。特に労働力が今後激減する日本では、(短期滞在労働者でなく)移民の導入は必須の問題なので、文化的な融合をどのようにするかについては、国家的な第一の課題として対処しなければならない。もしも、文化的な衝突が発生するような事態に陥ると、日本社会は悲惨なことになるだろう。そのためには、「計画的」な移民導入政策を今から準備する必要がある。

まずは、移民省あるいは移民局の創設である。それに携わる人員を大幅に増やす。そして、今後50年間に渡って、移民の数をどのようにするかを日本の出生率と照らし合わせて計画しなければならない。その上で、移民の導入を円滑にするために、送り出し国が行う日本語の習得、技術の習得に対して、多大な援助を行う必要がある。移民の受け入れの管理は、それぞれの民間エージェントが行うにしても、状態の報告義務を課し、政府が一元的に管理しなければならない。渡航に伴う費用も、送出国及びその国民にとって、受け入れられる範囲で設定しなければならない。その費用を移民本人に背負わすのでなく、ある程度以下の負担で済むように、日本政府と送り出し国が、定期的調査及び管理を行う必要がある。いわば、リクルートの支局をそれぞれの国に作るのだ。これらも、政府の管理のもとに置かれる必要がある。

公益財団法人橋本財団 理事長、医学博士橋本 俊明
1973年岡山大学医学部卒業。公益財団法人橋本財団 理事長。社会福祉法人敬友会 理事長。特定医療法人自由会 理事長。専門は、高齢者の住まい、高齢者ケア、老年医療問題など。その他、独自の視点で幅広く社会問題を探る。
1973年岡山大学医学部卒業。公益財団法人橋本財団 理事長。社会福祉法人敬友会 理事長。特定医療法人自由会 理事長。専門は、高齢者の住まい、高齢者ケア、老年医療問題など。その他、独自の視点で幅広く社会問題を探る。
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