教育の力が大きいことは、多くの現場で証明されている。例えば、朝鮮戦争で捕虜となった米軍兵の多くが、中国の共産主義教育によって、中国政治体制の信仰者となったこと。そして同じく中国で、紅衛兵運動が当時の政府高官を打倒したことも有名だ。ナチスドイツがドイツ国民を熱狂させたのも、全体主義国家思想の教育的効果であると言える。今でも多くの国で非民主的国家主義的体制が取られ、それを強化するための国家主義的教育が行われ、ある程度の成果を収めている。これらはいずれも非民主的教育が国民を誘導した悪しき例として挙げられる。
これに対して、19世紀にアメリカを訪問したアレクシ・ド・トクヴィルが述べているところによると、1950年代までのアメリカは、教育的公正さが整っていて、多くの若者が中等教育を受けていた。その結果、産業の発展とともに、生産性の向上がもたらされた。欧州がアメリカの教育基準に達し、生産性もアメリカの基準に達したのは、20年から30年遅れてからである。しかし、中等教育が普及したアメリカでも、その後の高等教育、つまり大学教育に至ると、公的支出よりも、個人的支出が求められ、裕福な子弟が数多く有名大学に入学するようになった。結果的に教育格差から社会格差が生じ、中等教育の成果は捨て去られた。つまり、かつては教育費用の大部分が、公的支出でカバーされていたものが、高等教育に至ると公的支出が行き届かなくなったのだ。これがアメリカの格差増大の理由の一つと言われている。
各国において、中等教育の大部分は公的資金で賄われているが、高等教育になると、国ごとに大きな差異がある。アメリカでは高等教育に関する費用の60-70%が民間資金(つまり自己負担)、同様にイギリス、カナダ、オーストラリアでも60%近くを民間資金で賄っている。それに対し、フランス、イタリア、スペインでは30%程度、ドイツ、オーストリア、スウェーデン、ノルウェーでは、民間資金は10%に過ぎない。欧州は、高等教育の公的支出がアメリカよりもずっと多いのだ(※1)。高等教育を民間資金に頼っている国では、教育が社会格差を増幅している。
教育の動向によって、支持政党も変わる。教育が行き届かない時代では、(教育を受けている)富裕層は、右派を支持し、教育を受けていない低所得層(労働者層)は左派を支持していた。しかし、それから50年経って高等教育が普及すると、高等教育を受けた人たちは穏健な左派を支持する一方で、教育を受けていない層は、左派を支持していない状態となった。50年間で支持層が逆転する構図となったのだ。貧困層は左派に見捨てられたと思っているようだ。これには、能力主義社会(メリトクラシー)が大きく影響している。
左派、右派双方とも容認している能力主義社会を前提とした場合、最も大切なことは、お金や繋がりで、高等教育が受けられるかどうかが左右される事態を防がなければならない。そうしないと、階層間の移動が乏しくなり、貧困層は高等教育を受ける機会を失い、見捨てられた気分になるのだ。それを防ぐ為には、高等教育予算を公的資金で賄う必要があるのだ。アメリカのように高等教育が自費なら、明らかに富裕層が恩恵を受けやすくなり、能力主義的格差を助長する。従って、公平な能力主義を行うためには、高等教育の多くは公費で負担すべきであろう。
日本においては、高等教育の補助を検討する前に、初等教育についても改革が必要だ。子ども予算よりも教育予算、特に、3才児からの幼児教育についての改革と予算の増額が必要となる。幼児教育の目標も改善しなければならない。幼児教育の最初の目標は、「国語・算数の成績を上げること」ではなく、「社会での子どもたちの立ち位置を教えるもの」とするべきだ。そして、子ども自身が社会での立ち位置を確立し、その基盤となる考え方である民主主義を根本から教えることから始めなければならない。つまり、倫理教育だ。世界で民主主義の危機が起こっているのは、幼年期の民主主義教育の不完全さに起因する。しかし、日本では、未だに自由と人権、民主主義を教えること自体に賛否があり実行することが難しい状態である。
※1 トマ・ピケティ「資本とイデオロギー」
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