1.成熟社会の実現に向けた「移民」の受け入れ
2023 年 6 月、有識者による政策提言組織「令和国民会議(令和臨調)」は、「人口減少危機を直視せよ」と題した呼びかけを公表し、今後の人口減少が確実なことを前提にして、海外からの移民問題も含めた議論を進めるように訴えたi。
2020 年の日本の生産年齢人口は約 7,500 万人(総人口比 59.5%)であったが、2070 年には約 4,500 万人(総人口比 52.1%)となり、この 50 年間で約 3,000 万人が減少すると推計されている。日本人は約 3,400 万人減少する一方で、外国人は約 450 万人増加すると推計されることからiiiii、外国人の受け入れは労働力の確保につながる。
また、外国人の受け入れは経済成長にも寄与する。外国人労働者による潜在成長率へのプラスの効果は、2023 年の時点で+0.10%から、2070 年には+0.24%までにも高まり、日本の潜在成長率に与える影響はかなり大きいという評価があるiv。日本の生産年齢人口の減少が予測される中、外国人の受け入れは今後の経済成長にとって重要である。
その一方で、日本政府が掲げるシナリオから 2040 年の目標 GDP を 704 兆円と設定した場合、この GDP を達成するために必要な 2040 年の外国人労働者数は42 万人も不足するという推計がある。この推計では、送り出し国から来日する可能性のある外国人労働者数を、現行の受け入れ方式のまま試算しているv。しかし、外国人労働者はこれまでと同様に働く先として日本を選ぶのだろうか。現在、世界的に人材獲得競争が激化しており、「(日本は)外国人に選ばれない国になってしまうかもしれない」viという危機感を抱く人たちがいるのも事実である。
このように、外国人の受け入れについては、労働力の確保や経済成長をいかに実現すべきかという文脈でのみ専ら議論されてきた。本稿のテーマである「日本は移民を受け入れるべきかどうか」を論じるにあたっても、これは外すことのできない重要な視点である。
では、「移民」と「外国人」との違いとは何か。日本政府は、「『移民』や『移民政策』という言葉は様々な文脈で用いられており、それらの定義(中略)について一概にお答えすることは困難である」viiとして、公式に「移民」の定義を示していない。
その一方、2016 年の自民党の政策文書の中では、「『移民』とは、入国の時点でいわゆる永住権を有する者であり、就労目的の在留資格による受入れは『移民』には当たらない」viiiという記載がある。また、2018 年の党首討論では、「例えば、国民の人口に比して一定程度のスケールの外国人及びその家族を期限を設けることなく受け入れることによって国家を維持していこうとする政策」ixと当時の安倍元首相が移民政策の定義に言及している。これらを踏まえて、本稿では、「入国の時点で在留期間の定めがない外国人やその家族」を「移民」と定義する。
「移民」としての受け入れになれば、日本での長期的な人生設計がしやすくなる。当然、「移民」は日本に定着しやすくなり、日本は「移民」の労働力を長期的に確保しやすくなる。また、「移民」の受け入れ人数次第では、潜在成長率をより高めていくことが可能になる。
そこで、今後の日本が目指すべき社会像を図 1 のように区分した。図 1 では、「経済成長を目指す・目指さない」を縦軸とし、「移民を受け入れる・受け入れない」を横軸とする。
図 1:今後の日本が目指すべき社会像
第二象限の「低迷社会」は、バブル崩壊後の日本である。バブル崩壊後の日本は経済成長を目指してきたが、「失われた 30 年」ともいわれる長期の経済低迷から抜け出せずにいる。この間、外国人は期間限定の労働者などで原則的には受け入れられてきた。
しかし、近年の日本の方針は変化しつつある。たとえば、2023 年には特定技能 2 号の対象分野が 11 分野に拡大されたx。特定技能 2 号は、「在留期間の更新回数に上限がなく、家族の帯同が認められて」xiおり、就労目的の外国人に対する「事実上の移民政策」xiiともいわれる。特定技能 2 号の在留期間や家族帯同の条件であれば日本に定着しやすくなり、労働力の安定した確保につながる。第一象限の「成長社会」を目指すためにも、事実上の「移民」の受け入れは進み始めている。
その一方で、日本経済の成長には限界が予想される。日本の GDP は 2022 年に世界第 3 位であったが、2050 年には第 6 位となり、2075 年には第 12 位になるという予測があるxiii。この予測を踏まえれば、終わりのない経済成長を目指すことなく、第四象限の「成熟社会」を目指すことが選択肢に出てくる。「成熟社会」とは、「人口および物質的消費の成長はあきらめても、生活の質を成長させることはあきらめない世界であり、物質文明の高い水準にある平和なかつ人類(homo sapiens)の性質と両立しうる世界」xivのことである。
たとえ「成熟社会」を目指す場合であっても、「移民」の受け入れは必要になる。なぜなら、「移民」をまったく受け入れなければ、潜在成長率は低下し続け、将来的な生活水準の低下も予想されるからである。そこで、「移民」を受け入れる目的を一定の経済成長による生活水準の維持としつつも、生活の質の向上も目指す「成熟社会」が一つの選択肢になる。
第三象限の「衰退社会」は、「移民」の受け入れをせず、経済成長も目指さない。生活水準が大幅に低下するため、日本で暮らす人々が「衰退社会」に理解を示すとは考えにくい。
このように整理していくと、第四象限の「成熟社会」が現実的な選択肢として浮かび上がってくる。今後、日本は「成熟社会」の実現に向けて「移民を受け入れるべき」である。
2.「移民」の受け入れで最も重要な論点
では、今後、日本が「移民」を受け入れていくにあたり考慮すべき論点はいったい何か。「移民」が、その一生涯を日本で暮らすと想定した場合、次の 3 つの論点が出てくる。
一つ目は、「移民」に対する支援の充実である。たとえば、外国人高齢者の中には認知症の影響で第二言語の日本語を忘れてしまい、母語でしか意思疎通ができなくなる人もいるxv。「移民」一人ひとりに寄り添いながら、医療、介護、子どもの教育など一生涯にわたる支援の充実が必要になる。
二つ目は、「移民」が活躍できる労働環境の整備である。まずは、「移民」の労働者が日本人労働者と同等の扱いを受けることは言を俟たない。さらに、「移民」がその多様なバックグラウンドを生かせるよう、日本の労働環境を整備していくことが必要である。たとえばアメリカでは、「移民」の発明家はアメリカ生まれの発明家よりも、生産性が高い。また、発明家が共同研究を行う場合、「移民」の発明家と共同研究を行う場合には、アメリカ生まれの発明家と共同研究を行う場合よりも、高い生産性という利益をもたらすxvi。
「移民」は、日本の労働力不足を補うだけの存在ではなく、「移民」ならではの独特な知識や生い立ちがイノベーションの種となる。「移民」の多種多様なバックグラウンドを生かせる労働環境の整備は、日本の経済にとっても大きなメリットになる。
三つ目は、「移民」が地域に根差した地域住民になることである。「移民」の受け入れは、単にその労働力を受け入れることだけにとどまらない。「移民」は、企業の労働者になるだけではなく、地域社会の「生活者」にもなる。
また、日本の高齢化率は 28.6%(2020 年)から 38.7%(2070 年)に上昇すると予測されておりxvii、高齢者の日本人が地域社会に増加していくことになる。つまり、今後の地域社会の人口構成は、高齢者の日本人と若者の「移民」になることが予想される。
この点を踏まえると、「移民」が地域に根差した地域住民になることが、三つの論点の中で最も重要といえる。その理由は、「移民」が地域社会に増加してくれば、「移民」に偏見を抱く原因となる生活トラブルは増加しやすくなる一方で、その生活トラブルにより高齢者の日本人が一度抱いた偏見を低減する機会は無いに等しいからである。
偏見の低減方法として有効性が高いと考えられているのは、相手に接触することである。この方法は社会心理学の「接触仮説」に基づいている。「接触仮説」とは、「偏見は相手への無知や誤解に基づくものであり、接触機会を増やし、真の姿に触れれば、おのずと偏見はなくなる」xviiiという考え方である。
では、「移民」が日本に増加した場合、「移民」と日本人はどのような場合に接触できるのだろうか。たとえば、「移民」の子どもが学校に通ったり、「移民」が職場で働くようになれば、両者の接触する機会が自ずと増加する。たとえ何かのきっかけで偏見を抱くことがあったとしても、その偏見を低減させるための十分な機会を日常生活の中で確保できるのである。
それでは、定年を迎えた高齢者の日本人ではどうだろうか。職場に行くこともなくなっては、当然、人と会う機会も減る。あまつさえ、「移民」と出会う機会など皆無に等しい。たとえ接触する機会があったとしても、それは地域社会に限定されてしまうのである。
「移民」が地域社会に増加してくれば、後述の通り、日常の生活トラブルは増加しやすくなる。そうすると、日本人住民が「移民」にあえて関わろうとはしなくなるため、日本人住民の抱いた偏見を低減させることも難しくなる。
2070 年には、高齢者の日本人が総人口の約 4 割を占めると予測されている。となれば、総人口の約 4 割もの日本人が、仮に偏見を抱き強い拒絶の意思を示せば、「移民」の受け入れは暗礁に乗り上げてしまう。
つまり、「移民」に偏見を抱く原因を増やさない地域づくりこそが、「移民」の安定的な受け入れには不可欠なのである。だからこそ、「移民」が地域に根差した地域住民になるということが、三つの論点の中で最も重要といえるのである。
3.地域社会で起き得る二つの問題
では、「移民」が地域社会に増加してくると、どのような問題が起き得るのだろうか。この問題を論じるにあたって、本稿では埼玉県川口市にある UR 川口芝園団地(以下、芝園団地)の事例を取り上げる。
芝園団地がある芝園町の人口は約 4,600 人(2023 年 1 月時点)であり、そのうち約 2,600 人(総人口の約 56.0%)が外国人住民であるxix。その年齢構成は、外国人住民では 30 代以下の若者が多く、日本人住民では 70 代以上の高齢者が多い。よって、芝園団地は地域の多文化化と日本人住民の高齢化が進展してきた、いわば「将来の日本の縮図」ともいえる場所である。
かつて外国人住民が芝園団地に増加していく過程で、生活トラブルなどの様々な問題が増加した。つまり、ここで取り上げる芝園団地の事例は、「移民」が増加した地域社会で起き得る問題を理解するのに適しているのである。実際に起きた問題は 2 つに大別されていた。一つは「迷惑な隣人」の問題であり、もう一つは「見知らぬ隣人」の問題である。
①「迷惑な隣人」の問題
芝園団地がある芝園町では、1990 年代後半から外国人住民が顕著に増加し始め、2003 年 9 月には 1,000 人を超え、2009 年 8 月には既に 2,000 人を超えていた。外国人住民の増加当初、目立った生活トラブルはなかった。しかし、2000年代の半ばにもなると、生活トラブルが日常的に目立ち始めた。代表的な生活トラブルは、ごみ問題、騒音問題、料理のにおいという 3 つの問題に大別される。
ごみ問題では、未分別のごみ袋が増加したり、ごみ捨て場以外の場所にごみが捨てられたり、ベランダから階下へのごみの投げ捨てが増加した。
騒音問題では、共有スペースなどが夜遅くまで騒がしくなっていた。たとえば、団地中央にある広場では、子どもの遊ぶ叫び声が夜 11 時になってもとまらない。あまりにもうるさ過ぎて、テレビの音が聞こえないこともあるほどであった。
料理のにおいの問題では、異国のにおいが苦手といった話である。芝園団地では、共用廊下に沿ってそれぞれの部屋の換気扇排気口が並んでいる。共用廊下を介して、隣家からの強烈なにおいが自分の部屋にまで届いてしまう。個人の好みによっては、苦手なにおいとなる。苦手なにおいが毎日のように充満すれば、それを苦痛に感じる人がいるのは当然だろう。
こうして両者が近接して暮らせば、日本と母国との生活習慣の「ちがい」が表面化しやすくなる。日本人住民は別の習慣を持ち込まれる立場になるため、「迷惑な隣人」が増えてきたとより一層感じやすくなる。
では、外国人住民が来日してから地域で住み始めるまでの間に、日本と母国との生活習慣の「ちがい」を理解する機会はどの程度あるのだろうか。たとえば、ごみの分別方法を例に考えてみる。
まずは、日本に着いて入国審査や税関を通過する際、当然、ごみの分別方法の説明を受けることはない。
次に、居住先の市区町村では、転入手続きがある。たとえば、埼玉県川口市では「外国人生活入門ガイドブック」をこれまでに配布してきた。ごみの分別方法については見開きで 2 ページが割かれ、多言語による記述の配慮もなされている。しかし、外国人住民にとってはすべてが初めてのことである。一読しただけでガイドブック通りに対応できるとも限らず、口頭で個別に説明を受ける機会もない。ごみの分別方法が、大まかにはわかっても複雑な部分まで十分に理解できないのである。
最後の機会は、自宅となる住居の契約時である。通常、賃貸物件の業者がごみの分別方法を詳しく説明することはない。
こうして、外国人住民はごみの分別方法を十分に理解する機会がないまま、地域社会で暮らし始めることになる。当然、外国人住民は母国と同じように生活し始める。仮に、「ごみの分別ができていない」と指摘されても、外国人住民には何が悪いのかも分からずただ困ってしまう。その一方で、ごみが正しく分別されていなければ日本人住民が困ってしまう。つまり、現在の受け入れ体制では外国人住民が「迷惑な隣人」となりやすく、互いに不幸となる状況が来日時点で既に決まってしまうのである。
②「見知らぬ隣人」の問題
高齢者の日本人と若者の外国人は、たとえ隣近所に住んでいても「顔見知り」になることは難しい。
通常、保育園、幼稚園、小学校や中学校では、子ども同士が仲良くなることで、親同士の間にも関係を築く機会が生まれる。しかし、世代の「ちがい」があれば子どもを通じて関係を築くことは難しくなる。
また、芝園団地にある外国人が店主のアジア物産店を例に挙げてみよう。高齢者の日本人は「いまさら、新しい食材や香辛料を使いたいわけでもないしね」と言って、この物産店を利用する人は極めて少なかった。地域の個人商店は隣近所の住民が顔をあわせる場にもなり得るはずだが、ここでも世代の「ちがい」や好みの「ちがい」により顔を合わせることもなく、ひいては関係を築く機会など生まれようがない。
公民館のサークルは、共通の趣味を通じて関係を築く機会になる。しかし、両者が一緒にできるスポーツや文化活動は少なく、出会いの場とはなりにくかった。
自治会などの地縁団体は、地域住民が関係を築くきっかけになる一方で、外国人住民はなかなか自治会に入会しなかった。やはり、外国人住民は母国に無い制度にはなかなか入会せず、両者が関係を築く機会とはなりにくかった。
それでは、地域の日本語教室はどうであろうか。日本語教室に関わる日本人住民はほんの一部であるし、日本語教室に学びに来る外国人住民もほんの一部である。つまり、地域の日本語教室には、出会いの場としての機能はあっても、その効果は極めて限定的である。
このように整理していくと、両者の間には「見知らぬ隣人」となりやすい構造的な要因があったのである。
4.居住地域の隔離が引き起こす問題
たとえ「移民」が地域社会に増加しても、生活トラブルさえ増加しなければ「迷惑な隣人」と感じることはない。とすれば、高齢者の日本人が「移民」に偏見を抱く原因も増えず、「移民」の受け入れに強い拒絶の意思を示すこともないだろう。
では、生活トラブルを増加させないためにはどのような方法があるのか。その方法の一つに、「移民」と日本人との居住地域を隔離することがある。両者が日常生活の中で関わることがなければ、生活トラブルが起きるよしもない。しかし、両者の居住地域を隔離してしまえば、「平行生活」と「言語習得」に関する別の問題がもたらされてしまう。
①「平行生活」の問題
「平行生活」とは、次の状態のことを指す。居住地域が物理的に隔離されたことで、別々の教育施設、働く場所、宗教施設などを利用する集団同士が、日常生活の中で接触することもなく、交流することもない状態のことであるxx。
「平行生活」の結果、イングランド北部の諸都市では、アジア系の若者と白人系の若者の衝突に端を発した暴動が起きた。2001 年 7 月のブラッドフォード暴動の負傷者は 300 人以上、被害総額は最大 1,000 万ポンド(約 18 億円)にまで及んだというxxi。
当時、ブラッドフォードでは、アジア系の移民労働者が都市の中心部に集住していた。その都市の中心部の外側にドーナツ状に隣接した地域には白人の労働者層が住んでおり、そのさらに郊外の周縁地域には白人の富裕層が住んでいたxxii。このように、各グループの居住地域は、都市の中心部から同心円状に三層構造の隔離が起きていたのである。
こうした居住地域の隔離は、学校、社会生活、宗教施設など、日常生活の隔離をも引き起こしてしまう。その結果、互いの存在を見かけることはなく、あっても地方新聞の紙面上くらいになっていた。さらに、アジア系住民の失業率が高かったこと、警察による差別的な対応などが重なったりして、最終的に既述の暴動が起きてしまったxxiii。
これら暴動に関するイギリス政府の報告書には、居住地域の隔離によって別の集団に接触しなくなると、お互いの集団に対する無知は恐怖心に変化してしまう。その恐怖心は、少数派の集団を悪者扱いしようとする過激な人たちによって時に助長されてしまう、という指摘があったxxiv。つまり、居住地域を隔離することは、日常の生活トラブルとは比較できない不測の事態を引き起こす可能性がある。
②言語習得の問題
居住地域の隔離によって「移民」の集住が進めば、「移民」にとっては便利で快適な住環境が形成されていく。たとえば、芝園団地の敷地には埼玉県一の広さともいわれる大きなアジア物産店がある。他にも、中国の伝統舞踊が習える教育施設や主に外国出身者が利用する保育施設もあり、中国人住民が「中国人にやさしいまち」と表現するほどである。
その反面、「移民」の集住が進めば、現地の言葉である日本語への学習意欲は低下する。
たとえばアメリカでは、「米国に同胞がほとんどいない移民は、流暢な英語などより広い世界における社会的・経済的交流で必要とされる技能を習得することに対して強いインセンティブを持っている。対照的に、同胞が温かく迎えてくれる大きな居住地区を持つ移民は、こうした技能を習得する必要性に乏しい」xxvとの指摘があり、「民族居住地区の規模」と「最初の 10 年間における(英語の)流暢さの改善度」との間には、負の相関関係があると指摘されているxxvi。
また、たとえば日本では、東京都江東区にある UR 大島六丁目団地には、インド出身者が集住している。同団地自治会のインド人役員は、「大島団地もインド人が多いし、インド人以外に話しかけたくないんですよね」xxviiと話した。
このように、母国出身者による地域コミュニティがあると、日本語を使わずとも十分暮らせてしまう。「見知らぬ日本人」とまではわざわざ関係を築く必要がなくなり、「移民」は日本語の学習意欲を低下させていくのである。
日本語の学習意欲が低下するとどうなるのか。「移民」が現地の言葉である日本語を習得しなければ、その収入は低いままに維持されてしまう。外国人正社員の賃金に関しては、就労経験年数や学歴はもとより、日本語能力の高さも賃金を高める要因となっているxxviii。
つまり、居住地域を隔離すると、「移民」は日本語の学習意欲を低下させ、その習得ペースが遅くなる。習得ペースが遅くなると、「移民」の収入は低いまま維持されるのである。
これらの問題を踏まえると、「移民」と日本人との居住地域を隔離せずに、それでもなお生活トラブルを増加させない対策が肝要である。
そこで、両者が共に同じ居住地域で暮らせるよう、既述の「迷惑な隣人」と「見知らぬ隣人」の問題に対策を打つことが求められる。
5.「迷惑な隣人」と「見知らぬ隣人」の問題への対策
「移民」は日本と母国との生活習慣の「ちがい」を理解しておらず、悪気なく生活トラブルを起こすことがある。そこで、「迷惑な隣人」の問題に対しては、日本の生活習慣を理解する機会の確保が必要になる。
また、様々な「ちがい」がある地域住民の間では「顔見知り」となる機会自体が少なくなっている。そこで、「見知らぬ隣人」の問題に対しては、多様な人々が交流する場づくりを進めていくことが必要になる。
5.1 日本の生活習慣を理解する機会の確保
第三章で紹介した通り、日本の生活習慣を理解する機会が十分にないまま、「移民」は地域社会に住み始めている。「移民」が「迷惑な隣人」となりやすいのは、現在の受け入れ体制に問題がある。
では、どのような受け入れ体制であれば、日本の生活習慣の情報をタイミングよく提供できるのだろうか。来日直後の「移民」は次の 3 つの機会、すなわち、①市区町村の転入手続き、②雇用企業による生活オリエンテーション、③賃貸物件の契約時、であれば日本社会との関わりを持ちやすい。
また、日本の生活習慣が定着すればこそ、「移民」は日本での暮らしに適応していくことができる。そこで、上記 3 つの機会を生かして、繰り返し説明していくことが必要である。
①市区町村の転入手続き
来日直後の「移民」に必要な行政手続きといえば、市区町村の転入手続きがある。しかし、第三章で紹介したように、多言語版の生活ガイドブックを配布するだけでは、日本の生活習慣を細かいところまでは理解できない。
そこで、「移民」の転入者に対する情報提供に関しては、静岡県磐田市での取り組みが一つの参考になる。磐田市の市役所では「外国人情報窓口」を設置している。その窓口では多言語対応可能な職員を配置しており、外国人転入者に磐田市での暮らし方を口頭で個別に説明している。ごみの分別方法の説明だけで約 20分間割いている。前半の 10 分間では説明用の動画を見てもらい、後半の 10 分間ではクイズを出しながら動画の理解度を確認している。
各市区町村が同様の受け入れ体制を構築すれば、来日直後の「移民」が日本の生活習慣をより理解しやすくなり、生活トラブルが増えにくくなる。
②雇用企業による生活オリエンテーション
雇用企業は「移民」を「労働者」として活用している。しかし、その「労働者」である「移民」は、同時に地域社会の「生活者」でもある。仮に、「移民」が隣近所との生活トラブルを抱えてしまえば、地域社会に定着できなくなる。それがもとで「移民」が転職や帰国せざるを得なくなれば、別の従業員を採用する手間が掛かり、従業員の教育は一からやり直しになってしまう。このように整理していくと、地域社会は「移民」の安定雇用にとって重要なステークホルダーの一つといえる。
そこで、雇用企業による生活オリエンテーションの一環として、来日直後の「移民」にごみの分別方法などを詳しく説明すれば生活トラブルは増えにくくなる。
もし、このような機会に一切の説明がないまま、「移民」が生活トラブルの苦情を受けたとしよう。「移民」にしてみれば知りもしないことで突然怒られたと感じるだろう。外国人雇用企業の社長は、「(生活トラブルの)問題が起きてから自治会のクレームが来るんで、そうすると、企業はお前何やってんだって外国人従業員を怒る。怒られた人は、何も知らされずに怒られている。そんな感じで、どんどんと心が離れていく」xxixと指摘していた。
日本の生活習慣を理解する機会がなければ、「移民」側も会社側も地域側も不幸になる。そしてそれが「移民」の来日時点で既に決まってしまうのである。
そこで、雇用企業が日本の生活習慣を詳しく説明すれば、地域社会では「移民」も日本人も暮らしやすくなり、雇用企業では、「移民」を安定的に雇用可能となる。つまり、雇用企業による情報提供は、各関係者に良い効果を発揮するのである。
③賃貸物件の契約時
「移民」が隣近所で生活トラブルを抱えれば、長期的に同じ部屋を借りることが難しくなり、ひいては地域社会に定着しにくくなる。
実際、2022 年には「住居探しの困りごと」として、外国人の 16.9 %が「国籍等を理由に入居を断られた」と回答した調査結果が公表されているxxx。このような入居差別が起こるのは、不動産業者や賃貸物件のオーナーが入居後の様々なトラブルや保証人に対する不安などを抱くことで、外国人の入居を敬遠しているからと考えられるxxxi。
そこで、賃貸物件の契約時に日本の生活習慣を詳しく説明すれば、生活トラブルは増えにくくなり、「移民」は地域社会に定着しやすくなる。また、不動産業者や賃貸物件のオーナーにとっても「移民」に部屋を貸し出しやすくなる。将来的には入居差別の解消にもつながるだろう。つまり、賃貸物件の契約時の情報提供は、「移民」にも不動産業者や賃貸物件のオーナーにも良い効果を発揮する。
このように、「移民」が地域社会で暮らし始めるまでの段階で、日本の生活習慣を確実に理解することができれば、「移民」と日本人との間に生じる無用な生活トラブルを避けることができ、ひいては「互いに静かに暮らせる関係」である「共存」を築くこともできる。このような受け入れ体制を構築すれば、「迷惑な隣人」の問題を改善できるのである。
5.2 多様な人々が交流する場づくり
上記のようにして、たとえ「移民」と日本人との間に「共存」を築けたとしても、第三章で指摘した通り、両者の間には「見知らぬ隣人」となりやすい構造的要因があるため、自然と「顔見知り」にはならない。そこで、両者がまず「顔見知り」となるためには、直接交流と間接交流の場づくりに取り組むことが必要である。
①第三者による直接交流の場づくり
地域の夏祭りは交流イベントといわれたりもするが、夏祭りの場で普通は「見知らぬ人」に声をかけない。これと同様、一般的な地域の交流の場でも、「見知らぬ隣人」が声をかけあうことはなく、新たに「顔見知り」になることもない。
一方、一般的な地域ではない様々な「ちがい」がある地域の場合は、ただでさえ日常生活の中で関係を築く機会が少ないため、「顔見知り」になることはさらに難しい。
そこで、高齢者の日本人と若者の「移民」が「顔見知り」となるためには、意図的に交流の場をつくることが必要である。
しかし、交流の場づくりの担い手は、地域住民の中から現れにくくなっている。なぜなら、両者の間にはあまりにも大きな「ちがい」があるため、あえて互いに関わろうとする動機がないからである。
そこで、交流の場づくりには地域の第三者による支援が効果的である。地域の第三者が両者の間に立って大きな「ちがい」を埋める働きをする。
たとえば、芝園団地では、学生ボランティア団体「芝園かけはしプロジェクト」が、「多文化交流クラブ」と呼ばれる住民交流の場をつくってきた。「多文化交流クラブ」では、参加者同士が話したり、作業したり、考えたりする必要性をあえてつくる工夫をしながら、高齢者の日本人と若者の外国人が「顔見知り」になるきっかけをつくっている。地域の第三者である「芝園かけはしプロジェクト」の学生たちは、高齢者の日本人と若者の外国人である両者の「橋渡し役」となって、大きな「ちがい」を埋めてきた。
「多文化交流クラブ」が回を重ねるに従い、両者の中には自然な人間関係を築く人たちが出てきた。「顔見知り」になる機会があれば、互いの関係が徐々に深まっていくこともある。そうすれば、外国出身者であっても、自治会に入会したり、役員を担ったりする人たちも現れてくる。
外国出身の自治会役員は 2014 年度に 0 名(役員合計 7 名)であったが、2023年度には 5 名(役員合計 8 名)にまで増加した。実に役員の 60 パーセントが外国出身者である。また、新規入会の自治会員(2014 年度~2022 年度)のうち、外国出身者の割合は約 30 パーセントにまで増加した。
もう一つの事例として、外国人が集住している三重県四日市市の「笹川地区」を挙げる。四日市市では「笹川地区」に「多文化共生サロン」を開設し、「多文化共生モデル地区担当コーディネーター」を 2 名配置したxxxii。
「多文化共生モデル地区担当コーディネーター」は、住民交流の取り組み「ふれあい講座」の企画として「弁当づくり」を開催したことがある。日本人参加者がブラジル定番の食材「ケール」に驚くと、近くのブラジル人参加者が「ケール」の説明を始めるなど、参加者同士の会話は弾んだ。この場で「顔見知り」になった人たちは、別の機会でも自然と会話するようになっていったxxxiii。このようにして、「多文化共生モデル地区担当コーディネーター」は、両者の「橋渡し役」となって、大きな「ちがい」を埋めてきた。
これら二つの事例に共通することは、地域の第三者が両者の「橋渡し役」となって大きな「ちがい」を埋めつつ、直接交流の場づくりを支援してきたことである。高齢者の日本人と若者の「移民」との間に「顔見知り」となる機会があれば、「互いに静かに暮らせる関係」である「共存」だけでなく、次の段階に相当する「互いに協力する関係」である「共生」を築くことも可能になってくる。
②情報を介した間接交流の場づくり
芝園団地において直接交流の取り組みを進めていくうちに、隣近所の住民に対する捉え方が、図 2 のように区分できると分かってきた。図 2 では、「隣人に対する好き嫌い」を縦軸とし、「隣人との日常的な接点の有無」を横軸とする。
図 2:隣近所の住民に対する捉え方
この図に従って、日本人住民が外国人住民をどのように捉えているのかを整理する。
外国人住民と日常的に挨拶する人は、外国人住民を第一象限の「好ましい隣人」と捉えている。
日常的に関わる機会はないが外国人住民に関心のある人は、第二象限の「気になる隣人」と捉えている。大抵の場合、これら二つの象限で外国人住民を捉えている人が、地域の交流イベントに参加している。
日常的に関わる機会はないが外国人住民の悪い噂を耳にした人は、第三象限の「疎ましい隣人」と捉えている。
外国人住民との生活トラブルの渦中にある人は、第四象限の「迷惑な隣人」と捉えている。当然、これら二つの象限で外国人住民を捉えている人は地域の交流イベントに参加しない。
さらに、この 4 つの象限に区分すらできない捉え方があった。それが、「見知らぬ隣人」である。隣近所の住民が外国人であれ日本人であれ関心がなく、ただの「見知らぬ隣人」と捉えている人が実は一番多いのである。
これらの事実を踏まえると、直接交流の取り組みに参加するのは、日本人であれ外国人であれ、一部の住民に限られてしまう。仮に、直接交流の機会に参加することのない日本人住民が外国人住民に偏見を抱いてしまうと、「接触仮説」に基づいて偏見を低減させることはできない。いずれは、その偏見が、外国人住民に強い拒絶の意思を示すまで悪化することも想定される。
たとえ偏見を低減させる機会が限られていたとしても、そもそも偏見を抱く原因が増えさえしなければ問題にはならない。しかし、芝園団地は日本人住民が偏見を抱く原因が増えやすい環境なのである。外国人住民の入れ替わりはとても激しく、短ければたった数週間で引っ越してしまう。隣近所の外国人住民があまりにも激しく入れ替わる様を見るうち、日本人住民は不安に思い、「不気味な隣人」と感じ、最終的には偏見を抱くに至る。また、外国人住民との間に生活トラブルがあったという悪い噂を聞いたり、今度は実際に自分が生活トラブルを抱える番になったりすると、外国人住民に対する偏見はますます強くなる。
そこで、このような不都合を避けるべく、芝園団地では「接触仮説」以外の方法でも偏見の低減に対してアプローチすることにした。日本人住民の偏見を低減させる取り組みの一環として、外国出身役員を自治会広報紙で詳しく紹介することにしたのである。この取り組みは社会心理学の「拡張接触仮説」に基づいている。「拡張接触仮説」とは、次のような考え方である。
偏見の対象となっている集団の構成員と自分自身とが直接的な接触をもつことがなくても、自分と同じ集団に属している内集団 in-group の成員、あるいは自分と近しい人物が、偏見対象となっている集団の構成員と接触をもち、その接触を通じて親しい関係性が構築されている場合には、その集団に対する偏見が低減されるxxxiv
つまり、人と人が直接会うことなく、外国出身役員の活躍ぶりを見聞きするだけでも、日本人住民は外国人住民全般に対する偏見を低減させていくのである。
情報を見聞きするだけなので、人と人が直接的に交流はしていない。しかし、「交流」という言葉を大辞泉(小学館)で調べると、「互いに行き来すること。特に、異なる地域・組織・系統の人々が行き来すること」とある。人と人とが行き来せずとも、情報と情報とが人々の間を行き来するだけで、人と人とが情報を介して交流している。つまり、情報を見聞きすることは、情報を介した間接的な交流の機会といえるのである。
間接交流の場づくりによって、日本人住民が外国人住民全般に対する偏見を低減させていけば、直接交流の取り組みへも関心が高まる可能性がある。間接交流の場づくりは、直接交流の場づくりを進めていくための土台づくりにもなる。
直接交流と間接交流の場づくりを同時に進めていくと何が起こるか。高齢者の日本人と若者の「移民」は「見知らぬ隣人」から「顔見知り」となり、「共生」を築く人たちも現れてくる。このように、「見知らぬ隣人」の問題は、多様な人々が交流する場をつくることによって、少しずつ改善されていくのである。
6.「ゆるやかな共生」の構築による「成熟社会」の実現
「見知らぬ隣人」が「顔見知り」になれば、「近隣の関係において少なくとも会ったら挨拶する程度の関係を保つだけで近隣騒音問題はかなり減ることが予想される」xxxvことから、「共存」を築くことにも一定の効果が期待できる。
「共存」を築いていくことによって生活トラブルが減少すれば、さらには「共生」へ向かって取り組みを進めやすくなる。つまり、「共存」と「共生」の取り組みを同時に進めていくことは、「移民」と日本人とが地域社会の中で関係を築くための「車の両輪」になるのである。
このような対策を打つ適切なタイミングについて、「外国人入居率が 1 割未満の段階から外部支援も含めて具体的な取組に着手することが望ましく、少なくとも 4~5 割に達する以前、おそらく 3 割くらいまでに対応することが有効であろう」xxxviと推察した研究結果がある。つまり、「共存」と「共生」の取り組みを進めるにあたっては、地域社会の「移民」の人数が少ない段階から、外部の第三者と共に取り組むことが効果的といえる。
本稿では、これまで「見知らぬ隣人」を「移民」と日本人との関係に限定して論じてきた。しかし、「見知らぬ隣人」の問題は本質的に国籍に関係がない。隣近所の人が日本人であれ外国人であれ、その人とどのような関係を築きたいのか、という問題が根底にあるのである。
とすれば、隣近所の住民と築く関係は「共存」までで十分という意見がある。そこで、「共存」だけを望む人たちが暮らしやすいよう、まずは日常生活の最低限の土台として「共存」を築くことが求められる。
一方、隣近所の住民とは「共生」したいという意見だってある。しかし、様々な「ちがい」がある地域住民の間では、日常生活の中で関係を築きにくいこともある。そこで、「共生」を望む人たちが暮らしやすいよう、多様な人々が参加しやすい交流の場づくりが求められる。
よって、「共存」だけを望む人たちも住みやすく、かつ「共生」を望む人たちも住みやすい住環境を整備していけば、隣近所との関係を自分の意思で選択できる「ゆるやかな共生」を築けるようになる。地域住民一人ひとりの考え方が多様であることを踏まえ、隣近所との関係構築では「共存」や「共生」という「選択肢」を自由に選べることこそが大事である。
「共存」を築けば、高齢者の日本人が「移民」に偏見を抱く原因を基本的に取り除ける。しかし、すべての原因を取り除くことは難しい。そこで、「接触仮説」に基づいた直接交流の場づくりと、「拡張接触仮説」に基づいた間接交流の場づくりを同時に進めることにより、仮に互いに偏見を抱いたとしても、その偏見を低減させる機会を確保していく。そうすれば、高齢者の日本人が「移民」の受け入れに強い拒絶の意思を示すことなく、「移民」の受け入れも安定的に行うことが可能になる。
このように、「移民」の安定的な受け入れの土台となる「ゆるやかな共生」の構築を前提にしつつ、日本は「成熟社会」の実現に向けて安定的に「移民」を受け入れていくべきである。
■参考・引用文献
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