経済動向を見る際に、経済学の助けを借りて、数値的、論理的に判断することが正しいとされている。しかし、ジョン・メイナード・ケインズは、近代経済学の巨人であるが、その代表的著書である、『雇用・利子および貨幣の一般理論』に、次のような記述がある。
「投機による不安定性のほかにも、人間性の特質に基づく不安定性・・・おのずと湧きあがる楽観に左右されるという事実に起因する不安定がある。・・・その決意のおそらく大部分は、「アニマルスピリット」と呼ばれる、不活動よりは活動に駆り立てる人間本来の衝動の結果として行われる行動であって、・・・・・・企業活動が将来利益の正確な計算にもとづくものでないのは、南極探検の場合と大差ない。もし血気が衰え、人間本来の楽観が萎えしぼんで、数学的期待に頼るほか、われわれに途がないとしたら、企業活動は色あせ、やがて死滅してしまうだろう。」と。簡単に言えば、企業を経営しているのは人間であって、人間は冷徹な計算だけではなく、「不活動よりは活動に駆り立てる人間本来の衝動性質」があり、そして、成功する可能性を見る楽観主義が人間には備わっている。この様な楽観主義が経済を引っ張る力となるのだ。もし、「血気が衰え、数学的期待に頼るほか、われわれに途がないとしたら、企業活動は色あせ、やがて死滅してしまうだろう」となるのだ。
日本での30年にわたる長期停滞を表すのは、おそらくこのアニマルスピリットの低下によると考えるのが妥当だろう。アニマルスピリットを引き下げたのは、①人口減少に伴う、平均年齢の上昇(高齢化)・・・多分これが最も大きい ②日銀による長期の金融緩和による政府・企業の甘え ③政府の企業保護政策 ④安全・安心重視の風潮 ⑤1990年代バブルの後遺症 などが挙げられる。この30年間日本では、悲観主義が蔓延し、安心・安全が最優先事項となり、そのために、企業は新規の投資を恐れ、銀行の融資に不信を持って、手元に現金を置きたがるようになった。
この様な素因があり、安心・安全が最も大切であるとの神話が形成され、負の悪循環に巻き込まれていった(安心・安全から逸脱するとマスメディアから非難される風潮も強い)。人間が本来持っているとケインズが指摘した「不活動よりは活動に駆り立てる人間本来の衝動の結果」が存在するなら、はたして、今後の日本の社会は、何らかのきっかけで、再び活動的な衝動が復活するのか、あるいは、日本人以外の人達によって、活動に駆り立てられるのだろうか。
しかし、一方でアニマルスピリットと格差拡大とが同時に進行する可能性があることを忘れてはいけない。アニマルスピリットが真価を発揮するための障害は各種の規制である。しかし、規制なき市場は、能力主義万能の社会であり、必然的に格差を生じさせる。
経済合理性を超えた、アニマルスピリットなしには、資本主義経済は進化しないが、同時に、それによって拡大する格差を生じさせない手立ても必要となる。その狭い道を上手に進んで行かなければならない。「自由の命運」で、ダロン・アセモグル, ジェイムズ・ A ・ロビンソンは、国家と社会との関係を座標に示し、国家の力と社会の力の相対的な関係を明らかにしている。
ダロン・アセモグル等の説を図示すると以下のようになる。
「自由の命運」より転写
この図は国家と社会を対比させ、進むべきはその間に示される隘路を示しているが、この対比を、規制とアニマルスピリットとの関係に応用しても良い。
いずれにしても、その関係の上での良策は、図において、中央に示される、限られた狭い道となる。教条的なイデオロギーにとらわれず、しかも、規制とアニマルスピリットの間を縫って、政策を作り上げる必要がある。しかし、日本に再び、ホンダ、ソニー、京セラ、ユニクロ、ソフトバンクのようなアニマルが登場する日が来るのだろうか?
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