「強い人間」とは、どのような人だろうか?
意志が強く、周りに惑わされることがない。実行力があり、必ず目標を達成する。その反面、協調性に欠けるようなところもあるのでは? 「強い親、強い子供」という講演会のテーマにしっくりしない思いを抱きながら、ある日私は息子の中学校へと足を向けた。
ドイツの小学校は4年生までなので、次の学校(日本の中高校にあたる)には、5年生から12年生までの子供たちが通うことになる。この年齢差は大きい。彼らが直面する問題も年齢によってかなり異なる。従って学校が主催する講演会は、各年齢に応じたテーマで、学年ごとに開かれる。今回は「強い親、強い子供」というテーマで、5年生の親が招待された。
講演会の講師は、学外から招かれる各方面の専門家である。今回の講師は、青少年育成に数十年来携わっている男性と女性だった。「子供を強い人間に育てることは、私たち大人の共通の望みだと思います。皆さんは日頃お子さんと接する上で、どのような点に気を付け、何を重視していますか? 体験談などありましたら、どうぞご自由にお話しください」と言いながら、講師は40人程集まった私たち保護者をぐるりと見渡した。
あるひとりの父親が手を挙げた。彼は息子と一緒に一年余りかけて、庭の大木にツリーハウスを作った体験を語った。そして最後に、この体験が息子に自信をつけたと述べた。もうひとりの父親は、子供たちとの自転車旅行の体験を語った。自転車にテントや寝袋等を積んで1週間走ったそう。数人の体験談が語られた後、「ではどうしたら子供が自信を持つようになるか?」という趣旨で議論が進み、様々な意見が述べられ、2時間後に閉会となった。
この講演会は私に、ドイツ社会では「強い人間」を求めていることを教えてくれた。大人は子供に自信をつけさせることに一生懸命になっている。自信は強い人間をつくると。日本でも子供に自信を持たせようと、親は頑張る。しかし「強い人間」を求めているだろうか? ここで私は、ドイツ社会で求める「強い人間」という人間像を自分は正しくとらえていないのでは、と思った。以来、私は「強い人間」について考えるようになった。
「子育て」という仕事は、いろいろな人と知り合う機会を与えてくれる。子供たちの友達及び彼らの親、先生方、講演会の講師、子供の活動に関わる人たち。彼らとの会話を通じ、私は彼らの見方、考え方を知った。また、子供たちの生活の場を観察したことから、多くの示唆を得た。幼稚園の日常場面、小学校の授業、クリスマス会、サッカーの試合、子供たち同士の会話等々。
私の子供たちが通った幼稚園の庭には、高さ3メートル近くあるツリーハウスがあり、そこから下にあるハンモックに飛び降りられる仕組みになっていた。私はそれを見た時、3歳の子供には危なそうに思い、園長先生に聞いてみた。すると彼女は答えた。「あそこから飛び降りることをやってみるのは、大体5歳頃の子供です。子供に試させる場所を与えなかったら、一体どこでやれるのでしょう」
幼稚園の先生たちの子供に対する接し方も印象的だった。まず同じ目線で会話をする。子供の言い分に耳を傾け、物事の是非を子供自身に考えさせながら、正しいことをわからせる。最初からどうすべきか指示を与えるのではなく、子供自身が物事を考える機会を与えている。
幼稚園内部も実に工夫されていた。一つの部屋を本棚などの家具で仕切り、幾つかの小さな場所を作る。「くつろぎの場」には、クッションとブランケットがあり、「遊びの場」にはミニキッチンがあるという具合。子供の状態は日々異なる。気分がすぐれない時もあれば、悲しい時、慰めが必要な時もある。子供がその時必要なものを小さな場所と先生が補っているように見えた。
小学校の授業を見た時も驚いた。先生の質問に、子供たちがうれしそうな表情で競うように手を挙げている。そして指名された子供は、「えっと、なんだっけ?」と実は答えを知らないことが判明。それに対し先生は特に注意することなく、別の子供を指名して授業が進んでいった。私が昔抱いていた「間違ったら恥ずかしい」という感情がない印象を受けた。「間違えてもいい」という安心感を子供が持っているのだろう。
ドイツ社会で子供が成長する様子を観察しながら、私はよく自分の子供時代を思い起こした。当時の私は、こんなにのびのびと生きていなかった。すでに幼稚園時代から「同じことをしなければいけない」という重荷を感じていた。
小学校では、これがますます顕著になった。「できない」という選択肢はなかった。「〇学年ならできるはず」と思われ、「頑張れ」と言われた。マラソン大会は苦痛以外の何物でもなかった。中高校では「規則」が生徒を統制した。髪型や服装を決め、「生徒を守る」という名目で、学外の行動まで制限した。
生徒の進路は試験の結果で決まる。従って生徒は、試験勉強に多くの時間を費やす。しかしその内容は暗記物が多い。特に日本史はすさまじい。日本史特有の単語に始まり、あらゆる年代まで覚えなければいけない。頭の中は年代と日本史の単語と英単語でいっぱいで、じっくり考える余地も時間もなかった。
「強い人間」とは、自分で物事の是非を考え、判断できる人だと思う。自分の価値観を持ち、自分を認めているから他人も認めることができる。自分の限界を知っているから、限界を超えてまで頑張り続けることもない。人にはできることとできないことがあることを認識しているから、他人に無理を強いることをしない。自分の言動は自分で決めるから、責任の自覚がある。
日本社会の大人がまず子供とすべきことは、会話である。大人が子供と同じ目線に立ち、子供が小さい時から会話をする。自分の目の前にいる子供を真剣に受け止める。子供の言い分に耳を傾け、「皆がそうするから」「規則だから」と答えるのではなく、大人も自分の意見を言う。そして子供自身に考えさせ、答えを出させる。時には間違いもし、失敗もする。しかし人生に失敗はつきものである。間違いをし、その間違いを自分で正すことを子供は学ばなければいけない。子供の失敗はたかが知れている。失敗をせずに大人になることの方が恐ろしい。
大人同様、子供にもできることとできないことがある。子供が「できない」と言うなら、「頑張れ」と強いてはいけない。子供を「できないもの」も含めて、そのまま受け止めるべきである。「できなくてもいい」と思えるようになると、子供は安心感を得られる。
学校も子供がひとりひとり異なることを認識し、子供に選択肢を用意する。マラソン大会であれば、子供に走る距離を選ばせることも可能である。
中高時代の子供たちが学ぶべきことは、教科書を暗記することではない。物事を自分で考え、生徒及び大人と議論をしながら別の見方や考え方を知り、自分の価値観を形成していく大切な時期である。語呂あわせの本を出版して商売している大人の姿は、虚しい。ちなみにドイツの高校生の歴史やドイツ語の試験内容は、ある史実やテーマについて説明や意見を求めるものである。2時間の試験時間で3、4つの問題に取り組む。
子供は躾けるものではなく、育てるものである。固定観念に縛られていない子供との会話から、大人も学ぶものが多いであろう。
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