アルツハイマー病治療薬が、久々に厚労省によって承認された。米国FDA(アメリカ食品医薬品局)で2023年1月6日承認されていたレカネマブは、厚労省でも2023年9月25日に承認された。これは、日本の報道機関で大きく取り扱われ、製薬会社エーザイの株価も大きく上昇した。これ以前に米国では、2021年6月7日、アデュカヌマブが承認されている。これらは、いずれもアルツハイマー病の原因であるとされている、アミロイドβに対する抗体の作用を持ち、アミロイドカスケード仮説に基づいたメカニズムによって、アミロイドβを消失させ、アルツハイマー病の治療を目指すものである。アミロイドカスケード仮説とは、脳内にアミロイドの沈着があり、このアミロイドが原因で認知症を発症するという説である。
アミロイドカスケード仮説
市村幸美 認知症専門ナースケアマネより
これに対して、ピッツバーグ大学のカール・へラップ教授は、「アルツハイマー病研究、失敗の構造」の中で、警鐘を鳴らす。その根拠は、これらの薬が拠り所としている、「アミロイドカスケード仮説」に異議を唱えるものである。1990年代にアミロイドカスケード仮説が唱えられてから、多くの製薬会社がアミロイドを除去する薬の開発を目指したが、すべて失敗した。今回のレカネマブでも、成果は絶対的とは言えず、むしろ疑問を呈するものである。
レカネマブの臨床第Ⅲ相検証試験(※1)では、早期アルツハイマー病当事者1,795人(レカネマブ投与群:898人、プラセボ投与群:897人)を対象とした。主要評価項目は、全般臨床症状の評価指標であるCDR-SB1(Clinical Dementia Rating Sum of Boxes―臨床的認知症尺度)の投与開始から18カ月時点におけるベースライン(投与前の状態)からの変化であるとしている。主要評価項目である投与18カ月時点のCDR-SBスコアのベースラインからの平均変化量(悪化)は、レカネマブ投与群、プラセボ投与群はそれぞれ1.21、1.66であり、その変化量の差は-0.45となり、レカネマブ投与群はプラセボ投与群と比較して27%の全般臨床症状の「悪化抑制」を示した((1.66-1.21)÷1.66=0.27)。
この成果に対して、カール・へラップ教授は、CDR(臨床的認知症尺度)での変化で、投与群、非投与群いずれもCDR(臨床的認知症尺度)は悪化している、つまり症状が悪くなったことに変わりがないこと、ただ、レカネマブの悪化の程度が0.45小さかったために、それが改善とされた事を問題にする。彼の考えでは、この差は「統計的」に有意な進行抑制であっても、「生物学的」にはほとんど実質のない差であることを示しているのだ(見た目にはそれほど改善しているとは言えない)。そして、その上治療に対して三分の一近くで脳の腫れや出血があること、さらには、治療コストが法外に高くなることを上げている。そして、アルツハイマー病の取り組みを一度リセットすべきであると述べている。
最近の研究でも、次のことが分かっている。
1. ヒトでもマウスでも、健康な脳にアミロイドを加えたからと言って、アミロイドカスケードが作動することはない。つまり病気が発症するとは言えない。
2. ヒトの場合、アルツハイマー病患者の脳からアミロイドを除去しても病気の進行は止まらない。
これらはいずれも、アミロイドカスケード仮説の信憑性を疑うものだ。そして、結局のところ、高齢者の30%は、脳に老人斑があっても認知症状はなく、15%は、認知症状があっても老人斑がない事実は、アミロイドβはアルツハイマー病の決定的原因とはなり得ず、また、家族性孤立性のアルツハイマー病と、老化から発生する認知症とは区別するべきであると述べている。レカネマブやアデュカヌマブなどの、アミロイドβに対する抗体作用を持つ薬は、少なくても家族性孤立性のアルツハイマー病に適応を限定し、老化からくる認知症状を示す高齢者には適応外とすることが望ましい。
※1;薬の承認の過程は、第1相試験(副作用をみるもの)、第Ⅱ相試験(小規模のグループで効果を見るもの)、第Ⅲ相試験(大規模のグループで効果を見るもの)を経る。
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