前回日本で出版されたトマ・ピケティ著『21世紀の資本』(2014年出版)から、10年近く経って出版された待望の新著である。1000ページに近い(本文で931ページ)大著だ。大きさもA5版、厚さは5cm以上、重さも相当だ。まるで、持ち運びすることを拒否しているかのようでもある。前著作(21世紀の資本)では、格差拡大の実態を、r>gという数式、つまり、資本収益率 r が経済成長率 gを上回るようになった結果、格差が大きくなっている実態を示していたが、今回は、格差の歴史的進展と、その解決方法を提示しようとしている。
三機能主義(※1)が存在していた時代から(17世紀のイギリスでの革命まで)、フランス革命によって、貴族と聖職者の特権を廃止し、領主の司法権を終らせ、平等性を成し遂げることが出来る中央政府を構築したことは、つまらない成果ではない。しかし、平等性実現についてみると、所有権の集中(財産権主義※2、所有権主義)が、三機能主義終了後の19世紀ずっと、20世紀に入っても続き、特に第一次大戦前に最も大きくなった(ベル・エポックの時代※3)と言う事実は、革命との大いなるギャップを物語っている。結局のところ、フランス革命は、社会を三機能主義から、財産権主義に変えたと言える。富の集中は、ベル・エポックの時代、イギリスでは上位10%の人は、民間資産の92%を所有している。スウェーデンではそれが88%であり、フランスでは85%だった。格差は著しく大きかった。財産権主義は、私有財産に対する絶対的な保護の提供を根本的な目的とする政治イデオロギーである。これは資本主義の要となる(三機能主義の時代は、私有財産でも簡単に没収されることがあった)。この財産権主義は、19世紀から20世紀初頭(1914年まで)に最も強く社会に影響した後にも、今日まで社会に根を張っている。財産権は個人情報と密接に関係するので、むしろ、日本でも財産権の不可侵性が強いとも言えるだろう。
しかし、財産権万能社会の状態は、1914年の第一次大戦を経て、急速に変化し、1945年までには、上位1%の資産は70%から20%に減少(イギリス)した。この様な減少は、戦争によって起こされたとも言えるが、その内容は、著しい所得及び資産に対する累進課税のためである。所得に対しての累進率の最高は90%(イギリス)となり、資産では特に相続に関連して、70%程度となっていた(アメリカ、イギリス)。この様な高率の税が容認されたのは、大量の労働者が戦争で死亡したことを、資産家も見過ごせなくなったためである。また、同時に共産主義革命が1917年ロシアで発生し、ヨーロッパに拡大することを資産家は恐れた。その代償として、高率の累進課税も容認されたのだ。
ところが、1980年代になると、多くの国で採用されていた社会民主主義的政策は壁にぶつかった。この理由は、高学歴化による能力主義の拡大、そしてそれに伴う格差の増大、またグローバリゼーションの進展もこれに関与したと考えられる。この時代に脚光を浴びた「新自由主義」で表されるように、財産権社会は社会民主主義社会にもしぶとく生き残った。高学歴化による能力主義中心社会への移行、グローバリゼーションによる国境を超えた取引の増加、それに加えてソ連邦の崩壊が、累進税率を撤廃させ、保守革命の登場に対して社会民主主義を低下させたのだ。
図1
ピケティの格差の歴史の認識は、上記(図1)の社会構造で表される。現代のハイパー資本主義やポスト共産主義の社会において、社会民主主義が挫折した要因を理解すべきである。現在、格差は人々を新しい分断、つまり、かつての階級的な分断(貧富や地位によるもの)から、アイデンティティ的分断つまり、人々が帰属を感じる政治コミュニティの境界、民族、宗教的起源やアイデンティティについてのものに移っている。それは、ナショナリズムを始動させ、移民の排斥や民族の分断を助長する。格差は、決定論的な要因つまり、経済の必然的流れから起こるのでなく、あくまでもイデオロギー的なものであることを認識しなければならない。従って、格差を縮小することによって、アイデンティティの分断は回避することが出来る。
その為には、第一に、権限共有と、ドイツやスウェーデンで見られる企業の社会的所有の新しい形(※4)を導入する試みが必要だ。第二に、教育と知識、特に高等教育への平等なアクセス。第三に、資産の累進課税に対する社会、民主主義的な考え方を広める必要がある。目標は、財産権主義を克服し、私有財産を超克することが出来る、新しい形の社会的所有権と、企業の意思決定についての議決権共有や共同参加を作る出すことだ。ただし、公正な社会とは均一性や平等性を前提とはしない。所得と資産の格差があっても、それが願望や生活選択の違いであれば許される。このためには、あらゆるメンバーの参加による、集合的な熟議が必要だ。そのための熟議は手段でもあり目的でもある。
※1 三機能主義;僧侶と貴族と平民の分類をもとにした身分社会。領主の司法権が大きかった。
※2 財産権主義;資本主義の基本として私有財産の保護を求めること。私有財産の絶対性を求める。個人情報の保護にも関係する。
※3 ベル・エポックの時代;主に19世紀末から第一次世界大戦勃発までのパリが繁栄した華やかな時代に対して用いられる言葉である。産業革命が進み、百貨店などに象徴される都市の消費文化が栄えるようになった。1900年の第5回パリ万国博覧会はその一つの頂点であった。
※4 企業の社会的所有の新しい形;ドイツでは500人以上の企業では取締役会(監査役会)の半数を労働者の代表にすることが求められている。スウェーデンでは、取締役の三分の一を、労働者の代表にしなければならない。
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