大学入試の騒動はどこの国でも共通している。ではなぜ、良い大学へ入りたがるのか? それは、能力が高いと判定されることを目指しているからである。ハーバード大学出身、あるいは東京大学出身など、多くの国で、有名大学のブランドがあれば、いい会社に入れる可能性が高い。大学の優劣を競うのは、社会的ルールが、封建的な世襲社会から、能力主義社会に移ったからである。このような能力主義社会は、今や誰もが当然と思っている社会構造である。しかし、かつてはそうではなかった。日本でも150年前までの封建社会では、生まれや血縁が社会的地位を約束していたのである。能力がいかに優れていても、生まれた階級が低いと、社会で認められなかった。それに比べると、努力すればその成果が表れる能力主義社会は大いなる前進であると言えるかも知れない。
しかし、この能力主義社会―メリトクラシーと言う―には大いに疑問がある。大学受験の不正はいわゆる、バックドアといわれ、世間の非難を浴びるが、正面からの入学、いわゆる、フロントドアでも多額のお金を必要とすることが知られている。塾や習い事などの多額な出費、あるいは私学の場合の入学寄付金などである。その結果、どこの国でも上層階層の子弟は、良い学校に入る比率が高く、階層ごとの移動性が少なくなっていると指摘されている。中世の世襲社会に近いことが、能力主義社会にも起こっているらしい。
能力主義社会を否定するわけではない。しかし、注意すべきは、能力主義社会で成功した人が、自分の能力や努力で地位や富を勝ち取ったと考えていることだ。自分の成功は「神」の恩寵、あるいは運が良かったなどと考える人は今では少ない。むしろその反対に、成功しなかった人は、たまたま運がなかったとは考えないで、自分の努力のなさや才能の不足で、成功しなかったと考える。それは、屈辱と怒りに満ちている。これに比べると、かつての世襲社会では、成功するかどうかも自分が所属する階級に依存していたので、自分自身の責任ではなかったのだ。
能力主義社会は、封建社会と異なり、建前としては、下層から上層へ移動することが出来るのである。アメリカン・ドリームもこの一種だ。しかし、現在では、階層は次第に固定化されている。その上、能力主義が完全に公正に行われても、能力主義の倫理は、勝者の間にはおごりを、敗者の間には屈辱と怒りを生み出す。公正な能力主義の創造を過度に強調する事は、世の中の成功あるいは不成功の解釈の仕方に腐食作用を及ぼす。つまり、能力主義社会で成功したのは、彼ら自身の手柄であり、彼らの美徳の尺度だと考えるようになり、そして、彼らがより運に恵まれていない人々を見下すようになる。
能力主義は一般に有用性と公正さで魅力的だ。上昇志向を受け止めることが出来ることでも魅力的である。しかし、マイケル・サンデル※によると、かつて、神が多くのことを仕切っていた、わずか500年前までの社会では、豊作は善行に対する神からのご褒美だし、干ばつや疫病は罪を犯した印であった。また、船が嵐の海に出くわせば人々は、乗務員のうち、誰が神を怒らせたのかと問うたのだ。良いことは個人の力から出ているとはあまり考えなかった。
現代でも、能力が高く幸運な人生を送る事が出来た人たちは次のように考えなければならない。自らの不幸を想像して能力主義神話(自分の能力や努力で地位を勝ち取ったこと)を乗り越えなければならないし、そして各個人は自らが愛するものを手に入れる過程が、いかに気まぐれで予想不能なものかを認識すべきであると。自分で獲得したように思えるものでも、実は幸運と周囲の環境の為せる役割が大きいのである。
※『実力も運のうち 能力主義は正義か?』マイケル・サンデル著
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