大学生と生活保護制度-大学進学は「ぜいたく」なのか?

現代社会において大学へ進学することは、「ぜいたく」なことなのだろうか。現在の生活保護制度では、大学生は適用対象外となっており、生活保護を受給したままの大学進学は認められていない。その根拠は1963年に当時の厚生省通知にある。通知が出された1960年代当時の大学進学率(短大・高専含む)は15%程度であり、2022年現在の大学(短大・専門学校含む)への進学率は83.8%と、当時と比べても大学への進学率は著しく上昇しており、現代社会において大学へ進学するということは広く一般的なものになりつつある。しかし、2022年12月、5年に1度の生活保護制度の見直しを行う社会保障審議会にて、論点の一つであった大学生への生活保護支給に関して、引き続き認めない方針が踏襲された(山陽新聞 2022.12.13)。

なぜ大学生は適用対象外なのだろうか? 現行の制度運用では、大学などに通いながらの生活は憲法の保障する「最低限度の生活」ではないとしている。制度上の受給要件として稼働能力の活用が不可能な状態にあることを証明する必要があるが、大学生は稼働能力の活用を満たしていない、つまり働ける能力はあるのに働こうとしていないため生活保護の要件を満たさない、という扱いである。保護の適用は、夜間大学に通いながら日中に働いている場合、または、出身世帯がなく、病気や怪我等で働けない場合に休学の手続きをした上でのみ適用が認められている。働いていることが証明できる場合を除き、病気や怪我、その他の事情により働けず生活保護を受給したい場合は大学へ通うことを一時中断する必要があるのだ。これは、基本的人権である「教育を受ける権利」の侵害にあたるのではないだろうか。

生活保護を受給している世帯の子が大学へ進学するには、自身を生活保護の支給対象から外す「世帯分離」をし、自分の学費や生活費を稼ぐ必要がある。しかし、一般世帯の大学進学率が8割である一方、生活保護受給世帯の進学率はわずか4割にしか満たず、大学中退の理由として最も多いのは経済的困窮となっている。困窮世帯の進学率の低さは「貧困の連鎖」の主要因の一つとなっており、経済的困難を抱える子どもが、教育を受けるという人間として基本的で重要な権利と機会を保障されないまま社会に出ることは、その後の社会的排除のリスクや貧困の再生産へと繋がるリスクを高めている。本来であれば、個人が教育を受ける権利は、当人が生活保護を受給している世帯出身か否かという問題とはまったく関係なく誰しも等しく保障されるべきものである。

この論争を巡って神奈川県横須賀市では、親からの虐待から避難した学生が体調を崩しバイトができなくなり単身生活で困窮に陥ったが、大学に通うか、大学を辞め生活保護を受給するか迫られることになる(生活保護を受給するために大学を辞めるよう言われる)という現状を受け、訴えを受けた市が生活保護と同等の金額を支給する独自の支援制度を設けることで救済にあたったという事例がある。また、別の事例では、熊本県で祖父母と同居している孫が専門学校入学の際、世帯分離をしたが、その後准看護士になり収入が増加したことを理由に県は世帯分離を解除し、祖父母世帯の生活保護を廃止した。この事例では後に地裁判決にて県のこうした対応処分は違法であるという判決が出されている(その後県が控訴し、現在は控訴審で係争中)。これらの事例は市の救済措置や違法判決によって、救われた事例であるが、実際にはこれまでも多くの困窮した学生が大学進学を断念したり、中途退学を選択せざるを得ない状況があることが予想される。

近年では困窮世帯の学生への授業料減免や奨学金などの制度が広がりつつあるが、国としては現在でも一貫して生活困窮者の最後のセーフティネットとなる生活保護の受給は認めず、大学で教育を受けることは最低限の生活要素ではなく「ぜいたく」のものとみなす方針を見せている。この問題に関しては世論でも意見が分かれると思われ、「大学進学したいのであれば働いてお金を貯めてから通えば良いのでは」、「バイトしながら自分で学費を稼ぐべきだ」というような意見も見られる。果たして国として個人の教育を受ける権利をどこまで保障するべきなのかは論争が分かれるところではあるが、教育の機会が保障されている場合とそうでない場合にその後の本人に及ぼす影響の大きさを鑑みると大学での教育は、先に述べたように個人がどのような世帯に生まれたかという問題とは完全に切り離した上で、最低限誰しもが平等に保障されるべきものであり今一度制度の見直しが求められる。

ソシエタス総合研究所 研究員松田 郁乃
研究・専門分野:社会福祉政策・制度、貧困政策、生活困窮者政策
沖縄県出身。琉球大学(教育学部特別支援教育専攻)卒業後に、韓国へ渡り大学院進学。韓国の韓信大学大学院修士課程で障害者のリハビリテーション学専攻、韓国の社会サービスに関する量的研究を行う。その後、韓国の崇實大学大学院博士課程へと進み社会福祉政策を専攻、日本の生活困窮者自立支援制度受給者の経験に関する質的研究を行う。博士卒業後は大阪府立大学の研究室にて内閣府の委託研究で沖縄県の子どもの貧困調査の主研究員として報告書をまとめる。2020年4月~橋本財団ソシエタス総合研究所の研究員として勤務。
研究・専門分野:社会福祉政策・制度、貧困政策、生活困窮者政策
沖縄県出身。琉球大学(教育学部特別支援教育専攻)卒業後に、韓国へ渡り大学院進学。韓国の韓信大学大学院修士課程で障害者のリハビリテーション学専攻、韓国の社会サービスに関する量的研究を行う。その後、韓国の崇實大学大学院博士課程へと進み社会福祉政策を専攻、日本の生活困窮者自立支援制度受給者の経験に関する質的研究を行う。博士卒業後は大阪府立大学の研究室にて内閣府の委託研究で沖縄県の子どもの貧困調査の主研究員として報告書をまとめる。2020年4月~橋本財団ソシエタス総合研究所の研究員として勤務。
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