コロナ禍が遺したもの-3.“ face to face “

コロナ禍が遺したものとして、大きな視点から2回投稿してきました。今回は、「遺したもの」というよりは、今回の経験で「再確認されたもの」を書いてみたいと思います。
今回の新型コロナウイルス感染症(以下、コロナ)は、わが国には2020年早々に上陸してきたわけですが、感染対策の立場から、いろいろな方策が講じられてきました。その一つに、病院や高齢者施設において、入院患者さんや入所者さんとご家族との面会をお断りするという処置がありました。当院でも、感染症法に基づく処置である以上、従わざるを得なかったわけですが、2023年5月8日から、コロナの行政上の取り扱いが「5類」へ変更1)されたことで、改めて、ある事実を再確認したことでした。

1)5月8日からの変更に先立つ3月13日に厚生労働大臣の諮問機関である厚生科学審議会でもう一つの「変更」が検討されたと報じられました。それは「新型コロナウイルス感染症」の名称を「コロナウイルス感染症2019」に変更するというものでした。会議では、「日本だけが『新型』を残す必要はない」ということから議題になったようですが、最終的には「名称変更によって今後、感染対策は行わなくてよいと受け取られないように配慮する必要があると判断して変更はしない」ことになったそうです。個人的には、最初の命名の経緯や過去にこうした事案で名称を変更したことがあるのか気になるところですが、名称変更などより、5類に変更後の具体的な対策を示して欲しいと思ったことでした。大々的に報道されずじまいでご存じない方が多いかもしれませんが、税金と時間の無駄遣いと考えるのは私だけでしょうか。

その再確認した事実とは、「人は、お互いの顔を直接見て話すことが重要である」という事です。聞けば単純に「当たり前のこと」と言われそうなことであり、平時には気にしないままでいたかもしれないことだと言えそうです。そのため、当初は深く考えないままに「感染防止のためには致し方ない」と受け入れていたことではありましたが、今更ながら、医療、とくに緩和ケアを行う現場では、医学的な行為よりも余程大切なものではないかと再確認したという次第です。
 こうした規制の中ではありましたが、実際には少し前からいくつかの条件付きで、終末期の患者さんに限って「ターミナル面会」といった短時間の面会を許可していました。また、最期の看取りの際には同席していただくように変更してはいましたが、やはり5月7日までは原則として面会禁止で運用してきました。このため、患者さんやご家族の「残された時間に顔を見られなくなる」という理由で、本来なら入院のうえ緩和ケアをして差し上げたいと思う患者さんが入院されず在宅ケアを選択することになっているのが実際であったわけで、医療者として残念な気持ちでいたことでした。

この問題は、コロナが日本に入った当初、コロナで亡くなられた患者さんのご遺体の取り扱いで顕著になりました。このことでもガイドライン2)が作成されていましたが、コロナで亡くなった方のご遺体は「納棺袋」に入れたうえで棺に入れ、すぐに火葬するということになっていました。このため、ご家族は亡くなった身内の顔も観ることが許されず、火葬が済んでお骨になってからの対面(と言うのでしょうか)となったことでした。先日、私の檀那寺の和尚さんと話す機会があったのですが、コロナが始まった当初にそうした事例があったそうで、ご遺族は「亡くなったと知らされただけで死に顔も観ておらず、亡くなったことを受け入れられないままでいます」と話しておられたそうでした。人は、家族を失った悲しみにある時、一方で、その亡くなったご家族のお顔やご遺体を観ることで、自分に「納得」、「覚悟」をつけさせるものではないかと考えるようになってきていますが、家族の最後の「生前の姿」との「別れ」(まさに、究極の” face to face “)さえ奪ったガイドライン(というかコロナと言う疫病)については、感染対策上やむを得ない処置とはいえ、無常というより非情なことであったと改めて感じています。

2) 「新型コロナウイルス感染症により亡くなられた方及びその疑いがある方の処置、搬送、葬儀、火葬等に関するガイドライン」という長い名前のガイドラインです。この中で、コロナで亡くなられた方のご遺体の取り扱いについて事細かく決められていました。実際には、コロナが出始めた頃は葬儀屋さんも引き受ける所がなかったようで、こうしたガイドラインを作ることで「安全を確保する」と言わざるを得ず、当時はご遺族のお気持への配慮をする余裕もなかったのではないかと推察しています。

 

 今回のコロナに対するいろいろな規制からは、「終末期」においても重要なことが改めて見えてきたように感じています。今回の” face to face “もその一つということになりますが、今回のコロナという厳しい状況下での規制が反面教師となったのではないでしょうか。きっと、過去にも、我々はそうして進歩してきたのだろうと考える時、今回の惨いとまで感じさせる規制があったからこそ、本当に大切なものに気付かされたともいえ、今後にこの経験を生かしていく責任があるように思われます。

 

ところで、4月末に政府が有識者の会議の結果を受けて「5類への変更」を最終決定したとの報道があり(と言うことは、それまでは仮決定だったということのようで)、やっと、変更後の対応に関する通達が出されてきています。ただ、今回書いてきた面会については、「現場で個別に決めろ」的な話しか聞こえてきておらず、国の関心事がすでに「コロナ」にはないのではないかと思われ、私だけかもしれませんが、少しだけがっかりしています。

医療法人 寺田病院 院長板野 聡
1979年大阪医科大学を卒業後、同年4月に岡山大学第一外科に入局。
専門は、消化器外科、消化器内視鏡。
現在の寺田病院には、1987年から勤務し、2007年から現職に。
著書に、「星になった少女」(文芸社)、「伊達の警察医日記」(文芸社)、「貴方の最期、看取ります」(電子書籍/POD 22世紀アート)、「医局で一休み 上・下巻」(電子書籍/POD 22世紀アート)。
資格は、日本外科学会指導医、日本消化器外科学会指導医、がん治療認定医、三重県警察医、ほか。
1979年大阪医科大学を卒業後、同年4月に岡山大学第一外科に入局。
専門は、消化器外科、消化器内視鏡。
現在の寺田病院には、1987年から勤務し、2007年から現職に。
著書に、「星になった少女」(文芸社)、「伊達の警察医日記」(文芸社)、「貴方の最期、看取ります」(電子書籍/POD 22世紀アート)、「医局で一休み 上・下巻」(電子書籍/POD 22世紀アート)。
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