『収奪された大地』は400ページをこす大著である。1971年、エデュアルド・ガレアーノによって書かれたものだ(日本語版は1991年新装版が出版されている)。アメリカ大陸、特に北米以外のアメリカ大陸がこの500年の間、どの様な歴史を辿ったかを記している。記述された情報量は膨大である。同時に、新興国に対して、先進国がいかに「収奪」を繰り返したかについても克明に描いている。ただし、完読するにはかなりの忍耐と興味を必要とする。現代においても参考になるのは、「自由貿易」が、先進国、新興国双方に歴史上どの様な影響を与えたかを述べている点であり、先進国の建前とは別に、「自由貿易」が新興国に対して起こす影響、特に悪い影響について重要な事実を指摘している。
アメリカ大陸、特に中央アメリカから南米に渡っての収奪は、15世紀末コロンブスがイスパニョーラ島(現在のハイチ、ドミニカ)に到達してから始まった。それまでのアメリカ文明(北米を含む全土)の代表は、メキシコのアステカ文明、中央アメリカのマヤ文明、南米のインカ文明だったのである。いずれも肥沃で豊かな地域だった。これらに対して16世紀から18世紀にわたって、収奪が行われた。驚くべきことに、ヨーロッパ人が来る前のこれらの地域のインディオと言われる人たちの人口は、約7000万人と推測されるが、その後200年を経るとその人口はなんと350万人にまで減少する(ただしこの中には、感染症の影響も含まれる)。
鉱山での過酷な労働、プランテーションでの奴隷に近い労働によって、人口は激減した。鉱山の代表は現在のボリビアにある「ポトシ」銀山である。採掘は過酷な状況で行われ、多くの死者を出している。採掘した銀の多くはスペインに運ばれ、スペイン王室の財政を潤したが、現地にはほとんど還元されなかった。銀を始めとする豊富な鉱物資源に加え、豊かな土壌を使っての、プランテーション栽培も盛んになった。現地インディオとアフリカからの奴隷によって、砂糖、コーヒー、タバコ、バナナなどの商品作物の栽培が行われた。奴隷の三角貿易は、北米を含め、16世紀の初めから19世紀末まで行われ、人数は500万から600万人、あるいは1300万人に及ぶと言われる。その結果、これらの地域は、商品作物のみの栽培となり、現地では食用の穀物や野菜栽培が減少し、現地の農民は食べるものに不自由することになった。
一方で、北米の13植民地は不運という幸運を持っていた。この地域には金属も肥沃な土地も、豊富な労働力もなかった。収奪するものがなかったのだ。支配したスペインとイギリスとの違いではない。その証拠に小アンティール諸島はイギリスの植民地であったが、スペインの植民地と同じ様な経過を辿った。
(キューバからベネズエラまでを大アンティール諸島、大きなキューバ島、イスパニョーラ島、プエルトリコ等を除く地域を小アンティール諸島という)
外国資本が商品作物のプランテーションを経営した結果、現地では生活に必要な穀物や野菜も自分で栽培することが出来なくなり、金を払って手に入れることになる。その他の日用品でも、工業製品は外国から購入し自国の産業が発達する余地が少なくなっていた。
この地域では、自由貿易という名目で、現地を搾取したことは確かだ。現代でも通用することであるが、自由貿易の弊害について著者は指摘している。先進国は、新興国の発展を目指しているのでなく、自国の産業の製品の売り先、あるいは、工場の移転先としての役割を新興国に求める。自由貿易で外国の商品が大量に入ってくると、その結果、新興国の自国産業は衰退し、必要なものを外国から輸入することになる。そして、外国からの投資についても、安い労働力を使用するのみが目的となる場合が多く、技術移転は行われない。国内の産業を駆逐する場合もある外国からの投資は、場合によると必要ではあるが、技術をどのようにして自国に定着させるかが問題となる。新興国において、先進国からの投資で得られる収益の多くは、地元の有力者や政治家の懐に入ることが多い。結果的に、一般民衆は貧困に陥り、社会の不安定を来すのである。しかし、新興国は自国の産業を守るための関税を課すことに、国際社会(IMFと中心とした)からの大きな圧力を受けるのである。
外国からの資本の投資と、自国の産業育成のバランスをとることは非常に難しい。特に、政治的グループ(かつての東西対決、現在の米中対立)に巻き込まれ、大国の勢力争いの中では特に難しい。日本は自由貿易を強要された明治維新を乗り切ったが、現在のアジア、アフリカ、南米諸国は自由貿易優先の環境の中では難しい舵取りを迫られている。
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