岡山県に居住、勉学して -ベトナム人留学生 Aさん(22歳女性)の話-

1 私の生い立ちと日本に興味を持った理由

私は、ベトナムのハノイ市生まれで生まれてからずっとベトナムに住んでいました。海外といえば、姉が留学していたシンガポールに数回旅行した程度でした。そんな私が何故留学先に日本、それも岡山県を選んだのかについてお話したいと思います。

そもそも、日本に興味を持ち始めたのは日本のアニメがきっかけでした。「名探偵コナン」 (以下「コナン君」と言います)この作品に出合わなかったら今の私は絶対にないと思っています。最初は、ベトナム語に翻訳されたコナン君の漫画本を読み始め、その後コナン君のDVD を借りるなどしてますますコナン君にはまっていきました。コナン君を通じて日本の風俗習慣や文化を知ることができました。そのころから「留学するのなら日本がいいな」という漠然とした気持ちが芽生え始めました。

コナン君は探偵物の漫画だったので、今度は日本文学とりわけ探偵物を読んでみたいという衝撃にかられ、東野圭吾さんの小説を読み始めました。幸い東野圭吾さんの小説はベトナム語に翻訳されていたので、難なく東野さんの世界に浸ることが出来ました。東野さんの小説を通じて、さらに日本の文化、暮らしぶり、経済状況などを知ることができ、日本行きの情熱は益々募るばかりでした。

ベトナムの高校を卒業して、「さあいよいよ大学進学」という段になって私の中では選択肢は日本一本に絞られていました。豪州やニュージーランドでもなく、米国英国でも無い、日本しか頭の中にありませんでした。しかし、ふと「日本の何処で留学をしようか」という考えが頭をよぎりました。私の中での最優先順位は、私自身が女性でもあることからまず「安全第一」の都市であること。それは犯罪発生率などもさることながら、地震や台風などの自然災害ができるだけ少ない地域であることが優先されるべき条件でした。ベトナムでは地震が余り無く、地震で被災することは何よりも怖いと思ったからです。

そして、次のプライオリティーは都会ではなくて人が余り集中していない「暮らしやすい都市」でした。私自身ベトナムの都会ハノイでずっと暮らしてきたことから、都会暮らしにはすくなからず飽き飽きしていたところもあり、すこし地方の都市の方が良いなという漠然とした希望もあったことは事実です。

以上の条件をふるいにかけて、日本全国の都市から消去法で考えたとき岡山県以外の選択肢は私の中にはありませんでした。

岡山県は、
(1) 近畿地方や四国へのアクセスも良いし新幹線「のぞみ」が停車する交通の要所であること。
(2) 岩盤が強固であり、これまでに大きな地震に見舞われたことの無い災害が少ない県であること。
(3) 人口が約 190 万人で東京大阪などの大都会に比べると適度の数で暮らしやすそうな点。
(4) 奨学金に関して岡山県所在の IPU(環太平洋大学)が年間の学費のうち30%を奨学金で補填してくれるという情報を得ていた点。
これらを総合するとこれはもう岡山以外の選択肢はないなという結論に達したわけです。

2 岡山に住んでみて思ったこと、大学で学んだこと

私が岡山県に着いたのは 4 年前の 10 月でした。ベトナム生まれの私にとって日本とりわけ岡山の冬は冷たく、また寂しさも相まって非常に心細い思いをしたことを思い出します。最初は、IPU の寮に入寮して岡山での生活の基礎を身に着けることにしました。大学は山の中にあることから周りにはこれと言った商業施設もありませんでしたし、生活に不便さも感じ始めたことから、半年後には岡山駅近くの下宿に移動しました。

通学は JR を利用しました。下宿から岡山駅までは自転車で行き、そこからは JR 山陽本線で岡山駅から東岡山駅まで行きます。そこからは、大学の無料シャトルバスが頻発していたのでこれを利用しました。JR の便も思ったよりも時間内の本数が多く、とりわけ通学の時間帯には数多くの列車が行き来していたので、全く不便さは感じませんでした。

岡山の良い点の一つとして(これは日本の地方都市に共通する利点かもしれませんが)下宿の周りにアルバイト先が数多く点在し、アクセスが良いということです。また、両備バスや岡電バスなどのバス網も発達していてどこに行くにも非常に便利な公共交通機関が利用できるということも欠かせない魅力の一つです。下宿から至近距離であれば自転車を利用するのですが、若干遠い場所に移動するときは常にバスを利用します。バイト先の一つとして問屋町にある外国人技能実習生の監理団体での通訳業務があるのですが、ここにはいつもバスで通っています。本数もそこそこあるので、不便さを感じたことは全くありません。バスの中は、痴漢や他の犯罪者も全くいませんでしたから安心して利用することができます。治安の良さも岡山の良いところのひとつかと思います。

日本に来てから 4 年が経過し、たまに東京や大阪などの大都会にも観光や友人訪問などで出かけることも多々あるのですが、東京・大阪から岡山に戻ると「ホッとする自分」に気づきます。私の中では岡山は第二の故郷と呼んでもよいくらい心の中に根付いています。

大学では経営学部現代経営学科に属し、経営学においてマーケティング、簿記、財務会計、組織管理、など様々な単位を取得しましたがとりわけ「経営戦略」について学びました。具体的には卒業論文テーマではネットフリックス、フールのような動画配信企業の配信戦略を取り上げ作成しました。そしてこの春には、無事に IPU を卒業することができ次のステップである大学院に進学することに決めていましたが、進学先は私の中では岡山以外には無く自ずと岡山大学の大学院に願書を提出していました。

コナン君から始めた日本語も毎日それこそ血のにじむような努力を重ねることにより、大学在学中に合格率が極めて低い JLP1級を無事に取得することができました。日本語は外国人にとって非常に難しい言語のひとつですが、コナン君と東野さんに導かれ日本語を学ぶ楽しさと魅力に魅了されている毎日です。

お陰様でこの達者な日本語を基に、前述の監理団体での通訳業務に加え知り合いから紹介していただいた岡山県警察本部の犯罪通訳にも登録してただくことになり、益々活躍の場と人生経験の機会が増えそうで、今からワクワクしています。

岡山県に来て良かったことそうでなかったことについて少しお話させてください。

◎ 岡山(日本)に住むうえで困ったとこと

交通:岡山市内であれば交通が便利なものの、岡山市から離れた場所へ移動する共通交通はあまり便利だと言えません。そのため、車がなければ、美星天文台、湯郷温泉のような岡山の有名地までアクセスすることはかなり難しいです。

買い物:一般的に、生活用品、化粧品、ファッション関係アパレルなどの服装、百貨店の品揃えが大都会に比べて劣るため、若い女性にとっては魅力が半減する気がします。

お店の営業時間:ほとんどの薬局の営業時間が平日だと 10 時から 18 時までしかなくて、24時間の薬局がないため軽い病気、たとえば流行り風邪などで必要な薬品があっても直ちに薬を買えない場合もありました。ショッピング・モールやいわゆる「遊ぶ場所」が数少ない上に、閉店時間が早いのでこの点でも若者にとって寂しい気がします。もっともこれは治安の良さにつながるし、光熱費など資源に優しいという面もあり、非常に良いことだと思いますが、最初岡山に来たときに、少し悲しかったです。夜遊びが好きな人や若者にとっては魅力のない街なのかもしれません。

◎ 岡山の人々

大都会、あるいは旅人が多く来訪する地域では、多様な国々から来た人たちがたくさん往来するため、文化も国際化され、そこの地方の人もある程度オープンマンドで、コミュニケーションをとりやすいと感じたのですが、岡山は英語が喋れる人が多くなく、初めて日本にきて、日本語ができなかった頃にはコミュニケーションが取れず非常に困りました。また、外国人のことを知りたいとか接触したいと思う人も少ないと思います。

私が受けた岡山の人々の第一印象は、方言などのイントネーションもあるのでしょうが「きつい言い方」というものでした。特に初めて出会う人々から岡山弁でまくしたてられるとその語気とパワーに圧倒されてしましました。がしかし、岡山の人々は一旦仲良くなると非常に親身になって相談にも応じてくれること、そしてまた皆さん大変正直な方ばかりであることが少しずつ分かってきました。

私の周りには幸いにも暖かいハートの持ち主も多く、今では日本語で冗談も言い合える仲にもなりました。これは、大都会では経験できない人と人とのつながりではないか?岡山県人の持つ特徴の一つではないかと思っています。

今では留学先として岡山県を選んだことに間違いはなかったと確信しております。あと数年間ですがこの慣れ親しんだ岡山の地でもう少しお世話になり、更なる成長を遂げた後に母国ベトナムに帰国してこれまで日本・岡山で培った知見・知識・技能を愛すべき母国のために反映させていけたら良いなと思う今日この頃です。

私がもし母国ベトナムの知人から
「日本に留学したいのだが、どこがいいかな?」
と相談されたら迷わず
「岡山県が良いよ!」
と正直に薦めることができます。

最後になりましたが、私がこれまでお世話になった留学先の学校関係者の方々、バイト先で面倒を見てくれた人々に対してこの機会を利用して心から感謝の意を表したいと思います。そしてこれをお読みの皆様、これからもしばらくどうぞよろしく願いします!皆様の益々のご健勝とご発展を祈念しつつこの稿を締めたいと思います。有難うございました。

Hiro山下行政書士国際法務事務所 代表山下裕司
元警察官、元外交官(在米大、在オマーン大)、元貿易会社社長で現在は入管法専門の行政書士と職業紹介業代表。外国人との多文化共生及び日本での定着支援などを行うNPO法人「メンター・ネット」理事長を務める傍ら、日本・オマーン協会事務局長としてファジアーノ岡山U-13のオマーン遠征友好親善試合をプロデュース。2022年12月の訪問時には通訳兼案内として若きサッカープレイヤーと共にオマーンを訪問予定。
元警察官、元外交官(在米大、在オマーン大)、元貿易会社社長で現在は入管法専門の行政書士と職業紹介業代表。外国人との多文化共生及び日本での定着支援などを行うNPO法人「メンター・ネット」理事長を務める傍ら、日本・オマーン協会事務局長としてファジアーノ岡山U-13のオマーン遠征友好親善試合をプロデュース。2022年12月の訪問時には通訳兼案内として若きサッカープレイヤーと共にオマーンを訪問予定。
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