日本は経済成長なしでやっていくことが出来るのか?

250年前からの産業革命以来、それぞれの国で経済成長は当たり前だと思われていた。しかし、近年先進国では成長率は低下し、3%以下となる場合が多いが、それでも経済成長は国を運営する前提となっている。ところが、この30年間、日本では、色々の改革が行われてきた(と思われる)にも関わらず、経済成長率は平均1%を下回っているし、円安の影響でドル換算のGDP(国内総生産)はさらに低下している。そこで、「成長なき経済」の可能性をめぐる議論が起こっている。はたして、経済成長なき国家運営は可能なのだろうか。結論から言うとそれは可能である。ただし、現在の富や便益を得ている階層から、大幅な富や便益の移動を行う条件での話だ。

2000年からの実質GDPは下図のようなものだが、各年度の成長率は前年対比なので、成長率が低い年度の翌年は高い成長となり上下のブレが大きい。

内閣府資料

では、平均的な成長はどの程度か? ここでは、潜在成長率を調べることが日本の平均的実力を示すものとなる。

日本銀行調査資料

上図のように、日本の潜在成長率は、1990年までは3%以上を示していたが、その後低下し、リーマンショックまでは1%前後(赤線)、2015年以降は0.5%以下(赤破線)となっている。

日本銀行調査資料

潜在成長率を決める要素は、TFP(全要素生産性)、資本ストック、労働時間で構成される。上図で、それぞれの要素を見ると、TFP(青色線)は緩やかに継続的低下を示し、労働時間(灰色線)は生産年齢人口の減少と同じように1995年以降、持続的にマイナスとなっている。特に注目されるのは、資本ストック(投資)(オレンジ線)が急低下していることだ。つまり、これはアニマルスピリッツの低下を表している。

今や日本は「経済成長がない世界(1%以下の成長率)」に入っていると言ってもよい。注意すべきは、この20年間(成長率が1%以下になった時期)ひたすら成長率を引き上げる政策が取られた結果であり、1%以下の低成長を前提とした政策が取られていたわけではないことだ。金利の引き下げと大量の国債を発行して、なんとか成長率を高めようとした結果なのである。振り返ると、この事実は、過去10年間日銀の「超」金融緩和でも、覆らなかったほど「確実」な低成長であったことだ。従って、冒頭の「日本は経済成長なしでやっていくことが出来るのか?」の問いは適当でなく、日本は経済成長なしでやっていくにはどのようにすればいいのか?」と問わなければならない。

現在の政治は、低成長を否定し、あたかも経済成長が期待できる手立てがあるかのように振る舞っている。日本の経済成長低下の原因は、一時的な経済政策ではなく、アニマルスピリッツの低下と、人口減少によるものだ。この2つは、出生率が上がったとしても、当面なくならない。そこで、低成長を前提とする国家運営が必要となる。前提が変わりさえすれば、現在行っているような「無理」な経済政策は不要となる。

しかし、現在行われている政策は「経済成長がある」世界を前提として考えていることを指摘したい。つまり、社会を良くしたいと考える人は、よりよい世界になるために色々のことがなされなければならないと考える。その欠点を補うために、経済成長があれば、色々の政策を行うことが出来る。たとえ、それが非効率であり(航空機製造やGX投資に失敗することなど)、社会的な問題を解決することが出来なくても(貧困率が髙いままであっても、少子化が止まらなくても)、そのうち良くなることが期待できるのだ。しかし、経済成長がない世界はそうではない。次のようなことを前提とする必要がある。

① 成長なしの場合は、富や便益の再分配を行い、現在富や便益を得ている集団からそうでない集団への移動を行う。
② 再分配が出来ない場合、増税が必須だが、増税は成長をさらに引き下げる。
③ 再分配も増税も出来ない場合、借金(国債)の発行に頼ることになる。しかし、借金は限度を超えると、金利の上昇を伴い、はげしいインフレを招く。あるいは著しい円安を招く。

経済成長がない世界での方法は①-③までの、3通り。①は何かを行う場合、他の何かを「犠牲にする」、②は犠牲にするものが見当たらないときには、収入を増やすために増税を行う、③は、犠牲にするものがなく、全般的な増税もしない時には、借金(国債発行)を行う、以上3通りの方法だ。1990年代からの低成長に対して、結果として、①を避け、②の消費税増税を行い、③の国債の大量発行に至っている。成長を前提とした政策の継続は、結局のところ、たまたま実行された消費税の増税を除くと、大量の国債発行でしか補えないようだ。しかし、大量の国債発行は一時的な方法であることは、すべての国民や学者は認識している。国債の大量発行を続けると、問題はいつ、破滅的状態に至るかである。

経済成長がない世界は、富や便益の再分配が必須となる。これは過去30年間ほとんど行われていない。その結果、消費税の増税と国債の大量発行という結果となった。富や便益の再分配が成長なき世界の前提となるが、はたして日本では実現できるのだろうか? それとも、やはり成長は必須のことで、この呪縛から免れることは出来ないのだろうか?

公益財団法人橋本財団 理事長、医学博士橋本 俊明
1973年岡山大学医学部卒業。公益財団法人橋本財団 理事長。社会福祉法人敬友会 理事長。特定医療法人自由会 理事長。専門は、高齢者の住まい、高齢者ケア、老年医療問題など。その他、独自の視点で幅広く社会問題を探る。
1973年岡山大学医学部卒業。公益財団法人橋本財団 理事長。社会福祉法人敬友会 理事長。特定医療法人自由会 理事長。専門は、高齢者の住まい、高齢者ケア、老年医療問題など。その他、独自の視点で幅広く社会問題を探る。
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