企業と大学に蔓延るイノベーションを阻害する経路依存性

居と勤務先を関東地域に移して以来、大企業出身者が多数を占める中小企業診断士のコンサルティング企業数社と多くの接点を持つようになった。「企業と大学の課題」について、彼我で意見交換を行なってきた、その内容を整理の上、以下に述べたい。

1)江崎見解 ①
実務家の経験がなく大学という象牙の塔に長くいた教員の多くは、一般論として専門に閉じており、社会人としての見識が乏しいとの指摘が多い。一方、政府、大学とも少子化18歳人口減少と高齢化社会でのリカレント教育として社会人大学院を強化し、実務家出身教員の採用を促進している。社会人大学院は、専門学校ではなく、「HowでなくWhatを考える場」であり、同じ志を持つ異業種の方々との出会いの場の提供でもある。
しかし、欧米と日本の制度の違いは、日本では産学交流が少なく、また、日本の中高年のビジネスパーソンの多くが、自身が学んだ時代の大学、つまり大学では勉強をしない時代をそのままだと思っている。

2)中小企業診断士見解 ①
社会人大学院学生の数は、ここ数年頭打ちで増えておらず、むしろ減少傾向にある。つまり、一般のビジネスパーソンは、リカレントの意識が高くないように思える。私は、企業教育専門家のコンファレンスである米国のATD(Association for Talent Development)に数回出席したが、日本人の出席者数は少なく、また出席したとしても、物見遊山で来ていた人が多いように思えた。一方、韓国企業は多数の専門家を送り込んでおり、意欲も高く、圧倒された記憶がある。
企業内教育・人材育成の日韓の差を感じたが、思うに、日本の一般のビジネスパーソンの多くは、社会人大学院に行かなくても、つまり専門的な学び直しをしなくても、仕事が出来るため、わざわざ行かないのだと思われる。
前職での経験で言うと、2009年以前は、人間関係の調整と従来の延長線上での多少の工夫で仕事が出来たため、殊更学び直しをする必要がなかった。それが、2009年に就任したK社長の改革以降は、研修担当にも、急にグローバルな知識、戦略的思考、インストラクショナルデザインなどの知識など真の専門実務知識が求められるようにダイナミックに変化した。つまり、トップの経営のやり方が変化して、学び直しをせざるを得ない状況になったのである。現在、前職企業では、各職務の成果や能力用件を明確にしたジョブ型に移行しつつある。
そう考えると、日本企業の国際競争力を高めるには、単に社会人大学院の教育を施すだけでは効果がないと思われる。その根幹にある企業の経営のやり方そのものを変える必要があると思われる。そうなると経営者や幹部の意識を変えることが重要であり、そこに江崎さん指摘の教育の意義があると思われる。 

3)江崎見解 ②
筆者の企業勤務時代、通信機器の海外戦略を担当していたこともあり、なぜ欧米企業や東アジア企業と比較して、日本の大手電機メーカーが「失われた30年」と称されるバブル経済崩壊後の30年間に凋落したのかが基本的なリサーチクエスチョンであった。
 この研究の一環として大手電機メーカー各社の文献調査と関係者よりのインタビューを通じて調査をしてきた。 日立と東芝、ソニーとパナソニック(三洋、シャープ)、富士通とNECの差は何であったか・・突き詰めると経営者の能力と覚悟であった感がする。
 いずれにせよ、大企業および中小企業を問わず多くの経営者の意識改革が必要であろう。このままでは日本企業や日本経済は沈む一方かも知れない。補助金、助成金頼りの政府の産業政策と企業の場当たり主義を改めるべく政府や企業経営者へ進言するのが大学の役割ではないだろうか。

4)中小企業診断士見解 ②
前職におけるK社長改革以降の企業文化は一定程度変化したと思っている。例えば、各事業部の教育委員会で教育内容の審議を行う際も、以前は、管理者教育やスキル教育の企画案を提示するだけで十分であったが、「そのような教育が、どのように事業部の戦略遂行に寄与するのか」が厳しく問われるように変化した。そうなると、教育担当者には、単に教育の知識だけではなく、事業戦略の知識や戦略的思考、人的資源管理の知識などが求められるようになったのである。
つまり、学び直し、リカレント教育が必要となり、大学院で勉強したい人も増えてきた。ただ大企業なので、一定の「ぬるさ」はなかなか変化しないのかもしれない。その際、企業文化を変えるドライブになるのは、グローバル化ではないかと思われる。江崎さんの論文の中にある、鉄道事業のトップがイギリス人に代わった事例だが、自動車部品事業のトップもスイス人に変わった。トップが外国人に代わったことで、今まで日本人トップではなかなか変化しなかったことが、かなり変化したと聴取している。
日本企業のリスク回避思考を改めるには外圧、特に資本市場が有効なのではないかと思われる。H社のK社長も、外国人株主との真摯な対話を通じ、かなり意識が変化したと聞いている。東京証券取引所の改革も「手ぬるい」ので、苛つくが、それでも様々な圧力によって少しずつ変化していくと思われる。

5)まとめとインプリケーション
以上の意見交換を踏まえ、以下にまとめとインプリケーションを述べたい。

(1)2000年以降の日本経済の停滞
欧米諸国や中国、アセアン諸国が経済成長する中で、日本だけが経済停滞となっている。多々要因はあるが、最大の要因は、構造改革ができないことである。政府、企業、そして日本人が現状に満足し過去のサクセスストーリーに浸り、リスクテイクが出来ず現状維持から衰退へ向かっていることである。技術だけではなく経営全般の革新である「イノベーション」が必要であることを学生、社会人学生そして企業幹部に説くことが大学教員の役割であろう。

(2)日本の長寿企業の多さとその弊害
日本は、世界に誇れる老舗企業大国という事実は、日本の最大の強みだが、それゆえに同時に大きな弊害もある。世界的にみた経済情勢の中では日本企業は団結力があり長寿だが、国内市場で留まってしまう企業が多いのも事実である。さらに、諸外国と比較し、日本は中小企業が多く、また日本国内を主な市場としている。日本では少子高齢化人口減および国内場縮小の中、グローバルとDXがキーワードだが、一部の大企業以外まだ道半ばである。

(3)外部市場の変化
東大などの有名大学学生の就職人気企業先として多くの外資企業が挙がっている。能力とやる気がある若者は、官僚や伝統ある大企業ではなく外資を目指しているのである。このような外部市場の変化に、政府、企業そして大学の関係者が、どこまで真摯かつ深刻に捉えているかが課題であろう。

(4)イノベーションを阻害する経路依存性という病
 著名なコンサルタントの冨山和彦は、「経路依存性 (※1) を脱して社内体制を改革してイノベーションを起こし、これからの時代を生き残れる会社は2割くらいだろう」と指摘している (※2) 。正解はわからないが、1~2割しか生き残れないのは想定できる。これは企業だけでなく大学も同じであり、経路依存性を脱しイノベーションを起こすことが喫緊の課題である。 

※1 歴史的・時間軸的な経緯が、現在の決定を合理的でないにもかかわらず制約することである。
※2 出所 https://100years-company.jp/column/article-000533/

大東文化大学国際関係学部・特任教授 高崎経済大学経済学部・非常勤講師 国際ビジネス・コンサルタント、博士(経済学)江崎 康弘
NECで国際ビジネスに従事し多くの海外経験を積む。企業勤務時代の大半を通信装置売買やM&Aの契約交渉に従事。NEC放送・制御事業企画部・事業部長代理、NECワイヤレスネットワークス㈱取締役等歴任後、長崎県立大学経営学部国際経営学科教授を経て、2023年4月より大東文化大学国際関係学部特任教授。複数の在京中堅企業の海外展開支援を併任。
NECで国際ビジネスに従事し多くの海外経験を積む。企業勤務時代の大半を通信装置売買やM&Aの契約交渉に従事。NEC放送・制御事業企画部・事業部長代理、NECワイヤレスネットワークス㈱取締役等歴任後、長崎県立大学経営学部国際経営学科教授を経て、2023年4月より大東文化大学国際関係学部特任教授。複数の在京中堅企業の海外展開支援を併任。
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