平均年齢が上昇する日本

「It's the economy, stupid」(経済なんだよ、愚か者めが)、これは1992年のアメリカ大統領選挙でよく使われたフレーズだ。つまり、なにかの原因を考えると、色々思い当たるが、しかしその根本は何かをしっかり掴まないと「愚か者」、になると言うことだ。

日本経済あるいは、日本社会の低迷について、その原因がいろいろと挙げられている。しかし、この30年間を俯瞰してみると、次のような力学が日本に影響していると考えられる。一つは、アニマルスピリッツの低下に示されるような、行動する活力の低下である。二つ目は、労働力自体の大きな減少だ。これらはいずれも、人口減少(生産年齢人口減少)が原因となる。グラフのように、最近40年間の生産年齢人口の減少率は、人口の減少率よりも著しい(図参照)。

冒頭のフレーズを借りると、日本の低迷は「人口減少なんだよ、愚か者めが(It's the population decline, stupid」となる。人口減少とは、国民の平均年齢上昇を意味する。1950年の平均年齢は22.3才、70年後の2020年は48.3才(世界一)だ。

平均年齢が低く、戦後復興に伴っての活力がある時代は1950年代から1980年代だった。この時代には、労働争議や学生運動が盛んで、社会が騒然としている一方で、企業活動も盛んであり、日本から世界へと進出する企業が多かった(政府に反抗する企業も多かった)。一方で、1990年代からの活力の低下によって引き起こされるのは、企業の行動力の低下、社会の活力の低下、そして、購買力の低下に伴う需要の伸び悩みである。労働争議や学生運動はもはや見られない。企業のイノベーションの低下もある。人口減少のうちで特に15才から65才までの「生産年齢人口」の減少が、生産活動や購買意欲に影響を与えている。今後いろいろの出来事が起こったとしても、平均年齢が上昇しつづけている日本に、今以上の活力が再び沸き起こってくることは難しいだろう。

同じく人口減少から引き起こされる直接的な影響として労働力の減少がある。生産年齢人口の減少は行動力や消費の面に影響を与えるが、労働力の絶対的な減少は生産面に大きな影を落とす。労働力の減少は1990年代から現れたが、日本では女性、ついで高齢者の非正規労働によって生産年齢人口減少による労働力不足を補った。女性と高齢者の労働力補充が限界に達する2020年以降、労働力の不足が顕在化する。アニマルスピリッツの減少、購買力低下と労働力の減少は、お互いに相互作用の結果、現在見られる現象を引き起こす。

労働力の減少、需要の低迷は、製造業において、海外への生産移転と、国内での省力化を誘導する。国内では、機械化が一層促進され、無人工場が多く登場するだろう。従って、国内の労働力が規制を受けなければ、労働力は製造業からサービス業へとシフトする。また、機械化によって製造業の生産性が高まると、賃金の上昇が期待できる。一方サービス業において、特に、対人サービス業では、生産性の向上は期待できないので、労働力の受け皿になるためには、単純に賃金が上昇し、製造業からの人員を吸収できれば良い。例えば、医療、介護、保育、教育などは、ボーモルの「コスト病」を引き合いに出すまでもなく、一定の人的サービスを前提としていて、近い将来での生産性の向上は難しい。従って労働者数が減少すると、さらに労働者は製造業から対人サービス業へと大きく移動しなければならない。

しかしこれらのサービス業の現場の多くは、いずれも過剰労働と低賃金の状態である。過剰労働を解消するためには、大幅な「人員増」を必要とする。医師、弁護士、教師などである。一方で対人サービスである、介護職員・保育職員・看護師、などの低賃金の職場では、大幅な「賃金増」が必要となる。現状は必ずしも労働者の移動が起こってはいないがそれは、労働者移動の規制と賃金上昇がないためだ。過剰労働はそのままであり、介護職員・保育職員・看護師の低賃金は解決していない。従って、労働力の移動は思い通りには行かない。その為には、サービス価格の大幅な引き上げが必要だ。サービス価格を引き上げる場合には、公的サービスであれば多額の社会保障費や教育費の増額も必要となる。その原資は製造業の効率化による資金だろう。

今まで述べた説明で抜けているのが、外国との関係だ。つまり、生産の海外移転と外国人労働者の国内への流入だ。今まで日本が生産年齢人口の減少にもかかわらず、なんとかやってきたのは、生産の海外移転によることと、女性、高齢者を使った低賃金(非正規社員)、外国人労働者の流入による。この傾向は国内の人口減少が止まらない限り、更に加速する。

焦点は、出生率が反転するかどうかになるが、遺伝子操作によって、現在の受精、出産、育児のやりかたが変わらない限り、いくら子育てに予算を振り向けても、出生率は現在の1.3から1.5程度にまでは上昇するが、それ以上(人口ピラミッドを変える程度まで)は、もはや上昇することはない。結果的に、一部の生産を除き、生産の海外比率は増加する。そして、外国人労働者の流入も加速し、現在とは全く異なる日本社会が出現することになる。

公益財団法人橋本財団 理事長、医学博士橋本 俊明
1973年岡山大学医学部卒業。公益財団法人橋本財団 理事長。社会福祉法人敬友会 理事長。特定医療法人自由会 理事長。専門は、高齢者の住まい、高齢者ケア、老年医療問題など。その他、独自の視点で幅広く社会問題を探る。
1973年岡山大学医学部卒業。公益財団法人橋本財団 理事長。社会福祉法人敬友会 理事長。特定医療法人自由会 理事長。専門は、高齢者の住まい、高齢者ケア、老年医療問題など。その他、独自の視点で幅広く社会問題を探る。
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