感染症、先天性障害、事故以外の多くの疾患は、年齢と共に衰える臓器の機能障害である。例えば、血管の動脈硬化によって引き起こされる脳卒中や心筋梗塞などはその代表だ。すべての器官が年齢とともに次第に衰える運命にある人間は、機能低下はすべての臓器に及ぶ。今まで病気(一時的病的変化)とみなされていた状態の多くは、老化による機能障害と考えてもよい。しかし、老化による機能障害を所与のものとして受け入れることが当然であった時代から、現代では老化による機能障害も克服すべきものとして考えられるようになった。その限界は当然あるのだが・・・。
それに対して、廃用性障害は普通の生活をしているときには余り目立つことはない。病気や事故による入院や、障害のために活動性が低下し、社会との関わりを持たなくなると際立ってくる。例えば、筋肉は1日使わないと1~3%減少すると言われる。病気になって、長期間寝たきりになると、高齢者以外の人でも、大幅に筋力が低下して、もとに戻るためには長い期間が必要だ。現代人は多くの道具に囲まれているので、手の動作、立つ姿勢、歩行すること、走ることなどの動作を昔の人間よりも行わない。その中でも、重力の影響が比較的少ない手の動作は廃用性の影響が余り目立たないが、立つこと、歩くこと、走ることをしなくなった場合、重力による負荷が少ないことによって、移動動作にかかわる機能に障害を被ることになる。具体的には、腰の痛み、膝の痛み、転倒しやすさなどである。これらは一種の廃用性障害と言える。もちろんこの様な廃用性障害が際立ってくるのは、寿命が伸びた結果であることは当然である。
老化に伴う機能障害と、使わないことによる廃用性障害は、活発に活動している青年~壮年期には判別することが出来るが、老年期になるとこの2つの判別が困難になる。そして、多くの場合、廃用性障害も老化による機能障害に分類される場合がある。例えば、腰痛、関節痛などの運動機能、そして、脳の認知機能がその代表格である。老年期になると機能障害は、身体的な部分のみならず、精神的なものにも及ぶ。どちらも多くは年齢とともに衰えることに加え、社会との交わりが少なくなったせいである。運動機能では、使わないときの筋肉量の低下は老年期にはそれ以外の時期よりも大きいとされる。従って、老年期には年齢による筋肉量の低下と、使わないための筋肉量の低下が同時に起こることになる。ある程度の低下は容認するとしても、この2つは判別が難しいし、これら2重の攻撃をかわすことは結構な努力を必要とする。
下半身の老化による機能障害、使わないための廃用性障害が起こることと同じように、機能の低下が起こるものとして、認知症が上げられるだろう。認知症の原因の多くを占めるアルツハイマー病の原因は、アミロイドカスケード仮説が有力だった。アミロイドカスケード仮説とは、脳の中で順に起こる、APP形成⇒βアミロイド形成⇒老人斑⇒タウタンパクの増加⇒神経原線維変化などの一連の変化によって病気が起こるというものだ。これらは、老化に伴っての機能障害に分類され、その説に従って多くの薬が開発されているが、いまだ効果のはっきりしたものはない。そこでこの説が疑問視されてきた。また、西欧諸国では、以前の予測よりも、近年認知症の代表であるアルツハイマー病の有病率が低下している。つまりアルツハイマー患者が少なくなりつつあることも奇妙な事実である。この傾向は、老人ホームを廃止するようないわゆる「エイジングインプレイス」(障害があってももともと住んでいた場所で生活する)政策と関係するのかもしれない。多くのアルツハイマー病とされた患者が、その原因がアミロイドカスケード仮説でなく、脳を使わなくなったための廃用性障害によるものとの可能性が注目される。
つまり、認知症の多くは、老化に伴っての機能障害である軽度認知障害のために社会との関係を切られて、あるいは、何らかの原因で社会との関係が少なくなったために、認知障害の増悪を来したのかもしれない。そうすると、一部の急速に進行する患者あるいは、比較的若年で発症する患者(両方でアルツハイマー病の10%程度を占める)を除く、大部分の認知症患者は、アミロイドカスケード仮説による、老人斑の沈着などの機能障害が認知症の原因というよりも(それもあるが)、社会との関係が少なくなったための脳の廃用性障害が原因であるとも言えるのだ。
身体の筋肉量が高齢とともに減少することと同じように、脳細胞も年齢とともに減少する、老化に伴う機能障害が起こることは確かだろう。しかし、危険なことを避けさせたいとの社会的合意のもとに、高齢者に調理をさせない、車の運転をさせない、一人での外出を禁止するなどの社会との関係を断つことは廃用性の認知障害の進行を加速する可能性もある。普通の日常生活を行うことは、脳の老化を防ぐ訓練と称して、幼児が行うゲームまがいのものを老人ホームで行えという意味ではない。脳の廃用に伴う機能低下を防ぐためには、普通の生活、つまり「危険に満ちた」日常生活を送ることが必要なのである。歩行能力の低下が社会との関係を絶った高齢者により大きく現れることと同じように、高齢になり脳細胞が少なくなることに加えて、社会との関係を断ち、自立した生活を送らなくなることが認知症の発症に大きな影響を与えることは、日本と欧米との認知症の増加程度が異なることを反映しているのかも知れない。
東 大史の記事を見る
池松 俊哉の記事を見る
研究助成 成果報告の記事を見る
小林 天音の記事を見る
秋谷 進の記事を見る
坂本 誠の記事を見る
Auroraの記事を見る
竹村 仁量の記事を見る
長谷井 嬢の記事を見る
Karki Shyam Kumar (カルキ シャム クマル)の記事を見る
小林 智子の記事を見る
Opinions編集部の記事を見る
渡口 将生の記事を見る
ゆきの記事を見る
馬場 拓郎の記事を見る
ジョワキンの記事を見る
Andi Holik Ramdani(アンディ ホリック ラムダニ)の記事を見る
Waode Hanifah Istiqomah(ワオデ ハニファー イスティコマー)の記事を見る
芦田 航大の記事を見る
岡﨑 広樹の記事を見る
カーン エムディ マムンの記事を見る
板垣 岳人の記事を見る
蘇 暁辰(Xiaochen Su)の記事を見る
斉藤 善久の記事を見る
阿部プッシェル 薫の記事を見る
黒部 麻子の記事を見る
田尻 潤子の記事を見る
シャイカ・サレム・アル・ダヘリの記事を見る
散木洞人の記事を見る
パク ミンジョンの記事を見る
澤田まりあ、山形萌花、山領珊南の記事を見る
藤田 定司の記事を見る
橘 里香サニヤの記事を見る
坂入 悦子の記事を見る
山下裕司の記事を見る
Niklas Holzapfel ホルツ アッペル ニクラスの記事を見る
Emre・Ekici エムレ・エキジの記事を見る
岡山県国際団体協議会の記事を見る
東條 光彦の記事を見る
田村 和夫の記事を見る
相川 真穂の記事を見る
松村 道郎の記事を見る
加藤 侑子の記事を見る
竹島 潤の記事を見る
五十嵐 直敬の記事を見る
橋本俊明・秋吉湖音の記事を見る
菊池 洋勝の記事を見る
江崎 康弘の記事を見る
秋吉 湖音の記事を見る
足立 伸也の記事を見る
安留 義孝の記事を見る
田村 拓の記事を見る
湯浅 典子の記事を見る
山下 誠矢の記事を見る
池尻 達紀の記事を見る
堂野 博之の記事を見る
金 明中の記事を見る
畑山 博の記事を見る
妹尾 昌俊の記事を見る
中元 啓太郎の記事を見る
井上 登紀子の記事を見る
松田 郁乃の記事を見る
アイシェ・ウルグン・ソゼン Ayse Ilgin Sozenの記事を見る
久川 春菜の記事を見る
森分 志学の記事を見る
三村 喜久雄の記事を見る
黒木 洋一郎の記事を見る
河津 泉の記事を見る
林 直樹の記事を見る
安藤希代子の記事を見る
佐野俊二の記事を見る
江田 加代子の記事を見る
阪井 ひとみ・永松千恵 の記事を見る
上野 千鶴子 の記事を見る
鷲見 学の記事を見る
藤原(旧姓:川上)智貴の記事を見る
正高信男の記事を見る
大坂巌の記事を見る
上田 諭の記事を見る
宮村孝博の記事を見る
松本芳也・淳子夫妻の記事を見る
中山 遼の記事を見る
多田羅竜平の記事を見る
多田伸志の記事を見る
中川和子の記事を見る
小田 陽彦の記事を見る
岩垣博己・堀井城一朗・矢野 平の記事を見る
田中 共子の記事を見る
石田篤史の記事を見る
松山幸弘の記事を見る
舟橋 弘晃の記事を見る
浅野 直の記事を見る
鍵本忠尚の記事を見る
北中淳子の記事を見る
片山英樹の記事を見る
松岡克朗の記事を見る
青木康嘉の記事を見る
岩垣博己・長谷川利路・中島正勝の記事を見る
水野文一郎の記事を見る
石原 達也の記事を見る
野村泰介の記事を見る
神林 龍の記事を見る
橋本 健二の記事を見る
林 伸旨の記事を見る
渡辺嗣郎(わたなべ しろう)の記事を見る
横井 篤文の記事を見る
ドクターXの記事を見る
藤井裕也の記事を見る
桜井 なおみの記事を見る
菅波 茂の記事を見る
五島 朋幸の記事を見る
髙田 浩一の記事を見る
かえる ちからの記事を見る
慎 泰俊の記事を見る
三好 祐也の記事を見る
板野 聡の記事を見る
目黒 道生の記事を見る
足立 誠司の記事を見る
池井戸 高志の記事を見る
池田 出水の記事を見る
松岡 順治の記事を見る
田中 紀章の記事を見る
齋藤 信也の記事を見る
橋本 俊明の記事を見る