政治は市民生活を静かに見守ることはできないものか?

原油価格が上がると、補助金の要求が出る。要求をすること自体には問題はない。しかし、政府が国民すべての要求に答えると言えばそれは問題だ。しかし、現に政府はできるだけ多くの要求を受け入れようとしている。また、円安で、多くの品物の値段が上がると、補助金を出すことが当然と思われ、すべての政党が賛成し、いかに早く実行するかが競われる。補助金の範囲は広いほうが好まれるが、さすがに、あまり広すぎると予算が膨大となり、予算上の制約から、多少の抑制は政府が効かせるようだ。要求する与党、あるいは野党は、制限はかけない。補助金に反対する政党はなく、せいぜい沈黙している程度である。結果的に、日本の予算額は2022年の当初予算として110兆円足らずであるが、補正予算の連発で、このところ膨大な量に膨れ上がって140兆円に達している。今年度も60兆円をこえる国債が発行され、政府の借金は今や1200兆円を超えている。この様な膨大な債務は、将来いつか国家財政の破綻を招く可能性はあるが、とりあえずは負債に対する懸念が表面化していないので、各政党共にこの問題には口を閉ざしている。

このような状態に国民は一抹の不安は抱いているが、眼前の諸問題に対しては、何らかの対策を要求し、対策が立てられないとその政府は無能であるとの烙印を押される。今回の岸田内閣による「新しい資本主義」による補正予算も、資源価格の上昇、円高対策、国防費の増額、生産性向上を狙った温暖化対策、デジタル化投資など多彩である。これらの財源の大半は、税で賄われず、新規国債発行で賄うようだ。この風景はこの10年間続いているし、次第に額が増えている。

経済はもともと不安定であり、景気の波はかならずある。これを克服しようとした共産主義社会は成立しなかった。資本主義陣営で、その対策として考えられたのがいわゆるケインズ政策である。政府の景気に対する関与が必要であるとの考えだ。しかし、政府の経済に対する介入は、「ハーベイロードの前提」※が建前であると言われる。つまり、不況時には景気刺激策を行うが、好況時にはその反対に景気鎮静策(金利を上げたり、増税をすること)が行われる事が前提となる。しかし、現実には、好況時にも何かと理由をつけて経済対策、つまり補正予算をつけることが横行している(ハーベイロードの前提を逸脱している)。当然景気を沈静化させる策、つまり、金利を上げ、増税する政策は行われない。その結果、いつも何らかの予算措置が必要であるとの考えが一般的になりつつある。

現在の資本主義社会は必ずしも理想的な社会ではないが、資本主義社会以外に選択がなければ、少しでも良くしなければならない。共産主義に対する対抗策としての資本主義陣営の秘策である社会保障制度は、資本主義社会の欠点、すなわち格差が生じることを是正するために作られたものである。その結果、政府の規模は大きくなっていき、社会保障費は政府の存在意義そのものとなっているかのようである。社会保障費の考え方で見ると、国民生活を支えるような国家予算は必須であると考えられるようになった。しかし、バラマキ資本主義を前提とすると、将来のいずれかの時期に経済は破綻し、国民生活に大きな影響がある。なぜならバラマキを行っている政府が、危機の可能性があるからと言って、バラマキを止めることはないからだ。そこまでいかなくても、いずれ予算の制約が生じ、同じく国民生活が圧迫される。

18~19世紀の社会は、政府(政権)が民間に干渉することを、どのようにして、排除するかが問題となっていた。政府の干渉は、ある一握りの人達の利益のために(普通貴族や地主階級など)なされることが多かった。しかし、17世紀からの「市民革命」によって、より多くの人に対して平等な政府が存在し、不当な徴税は次第に少なくなっている。その反対に、20世紀後半から、政府は、あたかも景気を左右出来るかのように振る舞う。その程度は次第に強くなっていて、失われた30年と言われる日本で特にその傾向が著しい。

つまり、景気の悪いときには低所得の人だけでなく、多くの人に補助金や減税を行い、政府の規模を大きくする。政府は社会保障政策でなく、景気対策を名目にして予算を付ける習慣をつけたのだ。不景気が過ぎ、景気が少し上向いても、不満が残る分野に対しては補助金を続け、次の景気後退を迎える。不況対策のツケは支払われないままである。

経済は自律的に推移し、不況で購買意欲が低下すると生産が少なくなり、生産が少なくなると再び需要が相対的に増えて、生産の増大を期待するようになる。この様な自律的なサイクルによって不幸になる人(失業者)を救済するためにケインズは経済政策が必要であるといったのだ。現在のように、少しでも実入りが低下すると何らかの政府の援助を求めるようになると、果てしない膨張サイクルに陥る。政府は、今のようにすべての経済活動に干渉せず、低所得の人に対する支援のみにするような節度を持った政策が取れないものだろうか。

※ハーベイロードの前提;ケインズ理論による経済政策には、公正無私な知的エリートが、私情にとらわれずに政策を実行することが前提として必要であるということ。実際の運営にあたっては、そのような公共の利益より、圧力団体の利益などが優先して理論どおりにはいかないという批判をこめた言葉。英国の経済学者ハロッドが「ケインズ伝」の中で命名した言葉。Harvey Roadは、ケインズの生地ケンブリッジの地名で、知的エリートの象徴。

公益財団法人橋本財団 理事長、医学博士橋本 俊明
1973年岡山大学医学部卒業。公益財団法人橋本財団 理事長。社会福祉法人敬友会 理事長。特定医療法人自由会 理事長。専門は、高齢者の住まい、高齢者ケア、老年医療問題など。その他、独自の視点で幅広く社会問題を探る。
1973年岡山大学医学部卒業。公益財団法人橋本財団 理事長。社会福祉法人敬友会 理事長。特定医療法人自由会 理事長。専門は、高齢者の住まい、高齢者ケア、老年医療問題など。その他、独自の視点で幅広く社会問題を探る。
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