中国のゼロコロナ政策―その背景と日本への影響

先月来、北京、上海、広州、南京、武漢などの中国の主要都市で多くの人々による中国政府の「ゼロコロナ」政策への抗議デモの様子が伝えられた。共産党一党支配の中国で政府批判デモが全国一斉に行われることは極めてまれであり、またその様子が世界各地に報道されるのも異例であろう。欧米諸国を始め多くの国が「ウィズコロナ」政策に方針を変更しているなか、中国は依然として、厳格な「ゼロコロナ」政策をとり続けている。
これに対する中国国民の反動が抗議デモに繋がっている。「なぜ中国はこれほど頑なにゼロコロナ政策に固執するのであろうか」について、NRIが米国の医学系学術誌であるNature Medicineの公開論文を引用して論じていたので、今回その概要を紹介したい 。※1
中国がゼロコロナ政策を解除した場合の影響を分析している。 日本では、最初に新型コロナ感染が報告された2020年1月から2021年6月末までの人口1000人当たり累計感染者数と累計死亡者数が76.5人、0.25人であるが、中国ではゼロコロナ解除後の6か月で、79.58人、1.10人となると推定され、これは、人口当たりで見れば日本の約2年半分と同程度の感染者と約4倍の死亡者が僅か6か月で生じることになる。このため、現時点では、中国ではゼロコロナしかない。


では、ゼロコロナを解除した場合、なぜこれだけの感染爆発が起きるのだろうか、その理由として、以下が報告されている。                     

①中国の高齢者のワクチン接種率が低い                              
日本では、年齢が上がるにしたがって接種率が上がるが、中国では逆傾向である。多くの高齢者が地方に住み、接種会場までの移動に困難が伴うことに加え、国の基準を満たさない複数の不正ワクチンが明らかになり、政府不信・企業不信が高齢者のワクチン忌避意識に繋がっている。 
                                                
②中国で使用しているワクチンの有効性が低い                           
中国のワクチンは、自国製(シノバックとシノファーム)であるが、これらは世界で多く使われているワクチン(ファイザー、モデルナ)に比べ、Nature Medicineの論文では有効性が相対的に低く、ワクチン接種だけでは感染を抑制させる事は難しいとされる。

③中国の医療体制の脆弱性                                      
中国の医療体制を見ると、人口当たりの医師数や病床数は日欧米先進国と同等水準であるが、看護師数およびICU病床数は日本の3割程度である。

以上はいずれも解決には時間を要するものであり、中国政府が感染爆発を防ぐためには、「ゼロコロナを止めない」のではなく「ゼロコロナを止められない」、それが中国の置かれた状況であると結論づけている。

この報告内容は、米中共同チームによる研究論文 “Modeling transmission of SARS-CoV-2 Omicron in China”に依拠するものであり、米国研究機関単独の報告ではないことが注目に値する。                                               
コロナ前、日本経済が「失われた30年」の中で停滞するなかで、中国は、急激な経済成長を遂げ、今や日本の4倍ものGDP規模を有する国となり、米国に肉薄する国になったのである(最新GDP ※2 :米国25兆ドル、中国:20兆ドル、日本:5兆ドル)。中国の最近の経済政策である「一帯一路 ※3」や「中国製造2025 ※4 」などは、一党独裁国家であるが故に出来得る強力な政策である。これらの政策は、欧米諸国から非難があるものの、中国経済の急成長を担ってきたのも事実である。5Gを始め最新テクノロジーの特許数で他国を圧倒し、それが米中経済摩擦の発端となったのである。

これらと今回のゼロコロナ政策を勘案すると、日本経済にも大きな影響があることを再度認識する必要がある。以下に詳述したい。


1)インバウンド:コロナ前の2019年の訪日外国人数約3200万人の中で中国人が約960万人の30%程度を占め、また旅行消費額からでは総額4.8兆円のなかで中国消費は約1.8兆円と約38%を占めていた。現在、日本政府は外国人観光客の入国制限を大幅に緩和しポストコロナでのインバウンドの回復を期待しているが、中国がゼロコロナ政策を維持する限り、中国観光客の来日は不可能である。中国人観光客に大きく依存していた地方都市などの観光政策の見直しが必要である


2)工業生産:中国は「世界の工場」でもあり、世界の多くの企業が直接・間接的に中国の製造業に大きく依存している。エレクトロニクス産業では世界最大のEMS企業 ※5 である台湾の鴻海精密工業は多くの工場を中国内に持っている。そのため「都市封鎖」が再度中国で発生すれば、経済活動が停止し、中国から部材を輸入している日本の製造業は大きな影響を受ける。まさに、「中国の工場が止まると日本の工場も止まる」、これが日本の置かれている現状である 。※6

12月6日、林外務大臣は記者会見で「引き続き、中国における防疫措置が中国経済や市民活動などに与える影響について、強い関心を持って注視していく」と述べた。米中経済摩擦、台湾有事問題など中国との間では多くの外交上の問題を抱え、それが今回の防衛費増額の議論に繋がり、NHKの世論調査では、防衛費増額に対して過半数が賛成と答えた。
一方、日本経済は中国に大きく依存している。中国のゼロコロナ政策は中国の内政問題であるが、第一三共が来年1月に厚生労働省へ承認申請する予定のコロナワクチンや塩野義製薬が開発し承認を得たコロナ治療薬「ゾコーバ」など日本製の薬の中国政府への提供など「人道的支援」の位置づけで日中の友好関係の確立、延いては日中両国の経済効果などに繋がることを期待したい。

※1 https://www.nri.com/jp/knowledge/blog/lst/2022/souhatsu/data_view_use/0726
※2 https://eleminist.com/article/2110
※3 中国の習近平国家主席が2013年に提唱したシルクロード経済圏構想。かつて中国と欧州を結んだシルクロードを模し、中央アジア経由の陸路「シルクロード経済ベルト」(一帯)とインド洋経由の海路「21世紀海上シルクロード」(一路)で、鉄道や港湾などインフラの整備を進める構想。途上国は中国の協力で自国の経済発展が促されると期待し、先進国は自国企業のプロジェクト参入を狙っている。中国の覇権主義だと懸念する声も出ており、各国間で温度差がある。
※4 習近平指導部が掲げる産業政策。次世代情報技術や新エネルギー車など10の重点分野と23の品目を設定し、製造業の高度化を目指す。建国100年を迎える49年に「世界の製造強国の先頭グループ入り」を目指す長期戦略の根幹となる。
※5 EMSとは「Electronics Manufacturing Service」の略で、電子機器の製造を受託または請け負う企業
※6 2022年7月10日付け朝刊

大東文化大学国際関係学部・特任教授 高崎経済大学経済学部・非常勤講師 国際ビジネス・コンサルタント、博士(経済学)江崎 康弘
NECで国際ビジネスに従事し多くの海外経験を積む。企業勤務時代の大半を通信装置売買やM&Aの契約交渉に従事。NEC放送・制御事業企画部・事業部長代理、NECワイヤレスネットワークス㈱取締役等歴任後、長崎県立大学経営学部国際経営学科教授を経て、2023年4月より大東文化大学国際関係学部特任教授。複数の在京中堅企業の海外展開支援を併任。
NECで国際ビジネスに従事し多くの海外経験を積む。企業勤務時代の大半を通信装置売買やM&Aの契約交渉に従事。NEC放送・制御事業企画部・事業部長代理、NECワイヤレスネットワークス㈱取締役等歴任後、長崎県立大学経営学部国際経営学科教授を経て、2023年4月より大東文化大学国際関係学部特任教授。複数の在京中堅企業の海外展開支援を併任。
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