私には、兄弟のように育った身体障がい(筋ジストロフィー)を持つ従兄弟がいる。身内に身体障がい者がいるという事で可哀想と言われたり、差別的な事を経験したこともある。そんな私はいつか障がいを持つ人々が何も心配することなく産まれ、育ち、家族を持つ事の出来る社会を作りたいと考えていた。
私は日本で暫く医療、介護分野で働いた後、米国に留学し社会福祉学を学んだ。米国の障がい者自立生活支援センターで実習を行っていた際には、障がい者の性に関する相談の場面にも遭遇した。性の話題は教育を受ける権利や就労の合理的配慮などに比べて話しにくい話題だという事にもその時に気が付いた。自分の性という誰にも言わなくて済むような話も、障がいがある為に助けの必要性を声にしなければいけない人達がいる傍らには、その声を聴き、どう支援するのかを考える立場の人達がいた。勿論、性の事には興味がなかったり、話すことや聴く事に嫌気を感じる人もいるだろう。その両者の声を聴き、助けとなる為に私に何か出来ることはないだろうか?これが、“身体障がい者とセクシュアリティ”という研究テーマと私の出会いだった。
“現代の日本で、身体障がい者はどのようにセクシュアリティに関する経験をしているのだろう。彼らはセクシュアリティに関してどのようなニーズを持ち、それらのニーズは彼らのケア環境によってどのように支援され、あるいは制限されているのだろう?”
障がい者の性に関するこれまでの研究のほぼ90%が西洋諸国で行われていたこともあり、私は研究のフィールドとして日本を選んだ。研究を始めた当初、日本で障がい者の性というテーマを研究している人もまだ少なく、先行研究も日本ではあまり見つけることが出来なかった。また、このテーマは障がい者×性という2重のタブーの為に、研究が特に難しい領域とさえ言われていた。当時、日本でこの研究を行う事はほぼ不可能だった為、私は最終的にニュージーランドの大学に所属してこの研究を行うことになった。最終的には身体障がい者27名(男性10名、女性14名、クエスチョニング1名、トランスジェンダー2名)の声と支援者からの声(アンケートを50件、インタビューでの回答を3件)を集める事が出来た。その時に集めた皆の声は、日本からの貴重な発信となった。ここではその中から身体障がいを持つ当事者の声に絞り、彼らが性に関する悩みや相談の経験について語ってくれた一部を紹介する。
セクシュアリティに関し、男女ともに自分の体に自信を持てない、もしくは恋愛に躊躇するということを話してくれた。その理由の一つには排泄に関する問題があった。身体障がい者が自立するにあたり、とくに就職を探す際にもトイレの自立が出来るかどうかが重要な要素となっていたのだが、例えばS.T.さん(ここで使用する名前は調査参加者が選んだ仮名)は、恋愛に自信を持つ為にも排泄の問題は重要であると語ってくれた。
(1) 失禁の問題
おむつの子が多いんだよね。私の知り合い。手が麻痺しているから導尿は、女性のところに入れるのは大変だよね…もしくはカテーテルを入れっぱなしとかという子もいるけど、おむつをつけている子が多い。そうすると、女の子は臭いなんかも気になるって…まして今度、ベッドに行ったら、それ、どうするの?という話だし。カテーテル抜いてするのかだし。…女の子だったら、おむつだというそこを打ち明けなきゃいけないでしょ?…それを言うだけじゃなくて、男性でも女性でも頸椎損傷の人はいるけれど、感覚ない間におしっこでも、うんちでも出ちゃう人いるじゃない。もし、それがあったときに、どうするの?相手はどう思う?とかあるじゃん… (S.T, 女性, 視覚障害)
S.T.さんは、また、カテーテルを使用していた彼氏と性行為を行う為に、メーカーに電話してサンプルを送ってもらい、視覚に不自由を感じながらもカテーテルの着脱の練習をしたという経験も語ってくれた。障がいを持つ人をパートナーに持つ場合、性行為を行うにしてもパートナーの障がいの状態を受け入れ、支援する事が必要になるのである。
(2)補助具の存在
脳性麻痺の男性のキングさんは、性に関する質問をすることに躊躇した経験を語ってくれた。
キング(男性 脳性麻痺):昔、障害を持っている女の子と付き合ったことがあって。困ったのは、スプーンやフォークはその人に合ったのがありますよね。私は靴下を履く道具というのも持っていたんです。そんな道具を工夫して、提案して、みんなで考える環境があるにもかかわらず、私はある一つのことで本当に悩んだんです。彼女とエッチをするのに、コンドーム、どうやってつけようか、と。手が不自由なのに、どうやってコンドームつけたらいいのか、と。悩みますよね。靴下履く道具とか、フォークやらスプーンやらのアドバイザーはいるんですよ。でもこれは、誰に相談したらいいんだろう?そんなこと、聞いていいのかすらわからなかったですね。
補助器具についてアドバイスをしている人ですら性行為を行うの為の補助具の必要性が想定されていなかったのだ。性は日常生活の一部にはならないのだろうか?また、相談することも躊躇される環境の中で、支援者や当事者は一体どのようにして身体の可動域制限がある中での性行為について学ぶことが出来るのだろうか?
(3)医療従事者の態度
シホさんは、医療従事者とのやりとりの中であまり良い経験をしておらず、医療従事者は障がい者との接し方を知らないと話していた。
シホ:主治医の先生に”子宮頸がんとかの検診をしたいけど、どうですかね?“と相談したら、”分娩台にのぼれないから無理でしょう“とか”胸ないよね”って言われたりとか。
調査者:言うんですか?そんなこと。それ、何年?
シホ:去年、その前か(2015年)
シホ(女性、マッキュンオルブライト症候群)
勿論、全ての医療従事者がこのような態度を示すわけではないだろう。しかし、彼女と似たような経験を話してくれた当事者は他にも何人かいた。医療従事者に性に関する相談を恥ずかしくて出来なかったり、話をしようとしてもそのような話はプライベートなものという風に扱われてしまったという人もいた。
以上、3人のコメントを紹介してきたが、いずれにも共通するものは性をタブーな事やプライベートな事として片づけてしまうのではなく、何らかの支援や相談出来る体制が必要な課題として扱う事が当事者にも、パートナーにも、支援者にも必要だという事だ。
最後に、S.Tさんとキングさんからのコメントを以てこの文章の結びとする。
障がい者の性の情報が世の中に周知してたら…サポートが必要な当事者もタブーにせずにすむ、パートナー側も同じ境遇の方々とコツや知恵を得られるコミュニティーのような場があれば戸惑う事も解決しやすいのにと思った。(S.T, 女性, 視覚障害)
障害あるなしにかかわらず、セックスが個人同士のつながりの中で成り立つものがゆえに、情報が不足する。障害あるなしにかかわらず、こういうのをきちんと相談できる専門職が必要。その一分野として、障害を持つ場合のセックスについてある程度情報提供できる基盤は必要だと思う。(例えば道具を紹介してあげたり)相談できる場所も必要。
(キング、男性、脳性麻痺)
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