家事労働者は労働者?-住み込み家事の労災を認めない判決から-

住み込み家事の労災を認めない判決についての報道

2015年、住み込みの家事労働者として、1週間・24時間の拘束労働をしていた高齢女性が亡くなりました。亡くなったのは長時間労働が原因だとして、女性の夫が国を相手に労災認定を求めた訴訟を行っていましたが、2022年9月29日、東京地裁では、遺族側の請求を棄却する判決をしました。裁判では、家事労働者には労働基準法や労災保険は適用されないとして、過労死と認められませんでした。

報道記事によると、当該女性は、要介護高齢者向けの居宅介護支援サービスや家事代行サービスを展開する企業において家政婦として勤務を開始し、途中から訪問介護ヘルパーの仕事も行っていました。裁判では、要介護者の息子との間の雇用契約に基づき提供された家事は、会社の業務と認定せず、介護業務部分の総労働時間の1日4時間半のみを労災保険対象の労働として認定し、亡くなったことと業務の因果関係を認めませんでした。
*参照記事:勤務後に急死、住み込み家政婦の労災認めず 代理人「脱法スキームにお墨付きを与えた判決」と批判
https://news.yahoo.co.jp/articles/28577ae9c2a4bd91dd283b4413a5f0ac297a4511/comments

労働法は誰を労働者としているのか

労働法には、個別的労働関係を規定する法律、集団的労働関係を規定する法律があります。前者には、労働基準法、後者には、労働組合法、労働関係調整法があります。
労働基準法では、使用者に使用されて労働し、賃金を支払われる者が労働者として定義され、当該労働者は保護されます。ただし、労働者としての適用除外があり、「家事使用人」は適用除外とされています。

しかし、昭63.3.14基発150号の通達内の「家事使用人」について労働者としての適応が書かれた箇所を参照すると、一律の適用除外ではありません。以下の通達内容があります。

1. 家事使用人に該当するか否かは、従事する作業の種類、性質の如何を勘案して具体的に当該労働者の実態によって決定すべきであり、家事一般に従事している者がこれに該当する。
2. 法人に雇われ、その役職員の家庭において、その家族の指揮命令の下に家事一般を行う者は家事使用人である。
3. 個人家庭における家事を事業として請け負う者に雇われて、その指揮命令の下に当該家事を行う者は家事使用人に当たらない。

労働の実態に合わせ判断することが大前提であり、指揮命令の存在を考えれば、現在の家事使用人の多くは労働基準法に該当しているのではないかと考えられます。ここで問題となるのは、「法人に雇われ、その役職員の家庭において、その家族の指揮命令の下に家事一般を行う者」についてです。

ILOの家事労働者の定義

国際労働機関(ILO)では、家事労働者を労働者として規定しています。
2011年の第100回総会において、第189号条約(家事労働者の適切な仕事に関する条約)が採択され、歴史的に労働法や社会保障法の適用から除外されることが多い家事労働者に対する労働法及び社会保険法上の保護について宣言されました。家事労働者は、雇用関係が確立されにくく、密室性の高い危険な職場であるという認識があります。*1

家事労働は「一つもしくは複数の世帯においてまたは世帯のために遂行する業務」、家事労働者は、「雇用関係の枠内で家事労働に従事する者」と定義されています。この定義から考えると、個人の家庭において雇用関係の元で家事を行う家事使用人は労働者になります。
すべての家事労働者を対象とするが、散発的に時々家事労働に従事するだけの人は除外。)

家事労働者についても、安全で健康的な作業環境で働く権利、一般の労働者と等しい労働時間、休暇、賃金支払いの保護、雇用条件に関する情報の明示を受ける権利、労働組合の自由や団体交渉権といった就労に係わる基本的な権利があり、原則の尊重・促進・実現などを規定しました。2022年現在、35ヶ国が批准していますが、日本は批准していません。
(住み込み労働者のためにはプライバシーを尊重する人並みの生活条件が享受できるよう確保すること、児童家事労働者については義務教育を受ける機会が奪われないこと、移民労働者に関しては、国境を越える前に雇用契約書などが提供されることなど、追加的なリスクにさらされている可能性がある労働者についての特別保護規定も盛り込まれている。)

家事労働者の労働環境を保障することで、家事の社会化の保障を

日本の労働者の減少が話題となって久しいですが、労働者参加が困難となる背景のひとつに家事の問題があります。家事からの解放は、労働参加の門を広げます。内閣府の「家事労働等の評価について」内において、家事とは家事(炊事、掃除、洗濯、縫物・編物、家庭雑事)、介護・看護、育児に分類され示されました。*2 現在、これらのすべての家事は市場化され、社会化されつつあります。*3 家事市場は成長市場としても認識されており、家事労働者の保護が不十分の場合、家事労働者は増加せず、一般労働者の労働参加にも影響があるかもしれません。国際労働機関(ILO)の宣言以降10年以上も経過し、「家事使用人」について、労働基準法が適用されず、労働者保護がなされないことは問題であり、早急に改善が必要だと考えます。

 

参考
*1
国際労働機関(ILO)ホームページ
(日本語)2011年の家事労働者条約(第189号)
https://www.ilo.org/tokyo/standards/list-of-conventions/WCMS_240004/lang--ja/index.htm
(英語)C189 - Domestic Workers Convention、 2011 (No. 189)
https://www.ilo.org/dyn/normlex/en/f?p=1000:12100:0::NO::P12100_ILO_CODE:C189

*2
内閣府 無償労働関係 ホームページ 「家事活動等の評価について」https://www.esri.cao.go.jp/jp/sna/sonota/satellite/roudou/roudou_top.html

*3
『家事支援サービス業を取り巻く諸課題に係る調査研究(2018年野村総合研究所)

ソシエタス総合研究所 主任研究員井上 登紀子
岡山県出身。社会福祉法人敬友会 高齢者住宅研究所にて主にサービス付き高齢者向け住宅・有料老人ホーム、在宅介護サービスに関する量的・質的調査を行う。全国のサービス付き高齢者向け住宅の評価事業(旧サ住協)、高齢者住宅居住者のケアマネージメントの調査事業(大阪府)を実施。2019年~公益財団法人橋本財団 ソシエタス総合研究所に勤務。
岡山県出身。社会福祉法人敬友会 高齢者住宅研究所にて主にサービス付き高齢者向け住宅・有料老人ホーム、在宅介護サービスに関する量的・質的調査を行う。全国のサービス付き高齢者向け住宅の評価事業(旧サ住協)、高齢者住宅居住者のケアマネージメントの調査事業(大阪府)を実施。2019年~公益財団法人橋本財団 ソシエタス総合研究所に勤務。
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