冒頭の図は、社会保障給付費の膨張を示す根拠として、おなじみのものである。1970年代から急速に年金・医療・介護での支出が増加して現在では130兆円にも登る。1970年代からの膨張のきっかけとなったのは、田中内閣当時の老人医療費無料化政策である。この政策が、高齢者を特別と見る社会の習慣から起こったものなのか、あるいは、この政策によって、より高齢者を特別として見る習慣が強くなったのかはわからない。しかし、日本の現状を見ると、高齢者を特別として見る視点が色々の歪を生んでいることは確かである。高齢者を尊敬し優遇することは、公的サービスや公的年金のない時代、身体的に若者よりも弱い存在である高齢者を守る意味で、どの社会にも存在した。しかし、現在は、身体的力が社会的優劣を決めることがなく、高齢者向けの年金、サービスも整っている。この状態で、高齢者優遇、あるいは高齢者保護政策は、逆に「エイジズム」の一面として見る事ができる。従って、社会保障政策の改善にあたっては、高齢者を特別と見るのか、あるいは、高齢であってもそうでなくても、一般の障害者と同じように、生活上の障害がある場合のみ援助の対象となるのか、その区別をつけることから始めるべきだろう。
社会保障政策上での高齢者の位置づけを見直す際に、年金と医療・介護とは分けて考えることが大切だ。いずれも、社会保険とみなされているが、年金には保険機能は少ない。つまり、保険機能とはいざという時に多額の出費が必要となる場合に備えて、日頃から少額の掛け金を積むことである。その点、年金は早期に死亡しない限り、全員が受け取ることになるので、保険というよりも積立金の様相が強い。そうすると、年金・医療・介護の将来はどのようになるのだろうか。
この図でしめされるように、2018年→2040年の22年間予測で、年金は56.7兆→73.2兆と16.5兆(29%)増加、に対して、医療は39.2兆→68.5兆と29.3兆(75%)も増加する。介護も額は年金、医療よりも少ないが、10.7兆→25.8兆と、15.1兆(141%)も増加する。年金は、拠出(保険料など)と給付の関係が、事務費や運用益(損)などを除くと比較的明らかである。つまり、運営について市場が関わる役割が少ないのである。従って、年金の問題は、拠出を大きくする(保険料を上げる、保険料の徴収範囲を広くする)こと、給付を少なくすること(給付額を縮小、給付範囲や時期を変えること)などの物理的作業に依存する。政府が年金の内容を公開し、わかりやすい説明を加えることができれば、納得は得やすい。「エイジズム」とは無縁の存在なのである。
それに対して、医療・介護は、保険機能と市場の関与が強い。従って、これから問題となる社会保障政策の見直しは、費用額、割合ともに上昇する医療が最も注目すべきだし、増加割合が高い介護がその次にある。医療や介護は基本的考え方を変える必要が大いにある。高齢者を年齢だけで区別するやり方を「エイジズム」と呼ぶが、未だに日本では「エイジズム」が幅を利かせている。まず、「エイジズム」を解消し、年令による区別を無くする必要がある。高齢者を社会にとってはやっかいで余分の、コストを要する存在から、自立した存在で、障害の程度に応じての違いはあるが、高齢者以外の人と同じように、社会の一翼を担う存在として認識することへの変更である。年令による区別は、介護保険では65才以上の人のみを対象としていること(例外規定はある)、医療保険では70才以上の人は2割負担、75才以上の人は2022年10月から、1割~2割負担(いずれも現役程度の収入があれば3割負担)で良いという軽減制度だ。高齢者を施設に閉じ込めずに自宅に住まわせるためには、在宅サービスの充実とともに、障害の程度を見定める方法が必要だ。つまり歳だからと言う言い訳を全てなくすることである。これは制度の改善のみならず、社会的常識の変化を伴う。介護保険は給付の対象をすべての人に拡大し(現状は65才以上の人)、医療は70才以上の人に対しての自己負担金の優遇処置を廃止し、年令に関係なく、障害や病気の程度に応じた給付や一部負担に変える必要がある。もちろん、収入や資産の少ない人に対しては、負担軽減処置が年齢にかかわらず必要となる。
この考え方を日本政府はすでに採用し、高齢者に対する負担軽減策の見直しは、医療保険、介護保険ともに少しずつ実施している。問題なのは、高齢者を特別視しない考えを表明することなしに、密かに行うやり方である。気がつくと制度が変わっていたというようなやり方から、考え方を変えることを宣言し、その考えに沿って政策を進める方法を日本政府に望む。同時に、エイジズムのもう一つの側面、つまり、高齢者差別について、高齢者の運転免許に関する問題、仕事に対しての高齢者差別、高齢者はみんな認知症であるという誤解などを解消しなければならない。
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