観光白書2022によると、2030年度訪日外国者数6000万人、訪日外国人旅行消費額15兆円を目標に掲げ、政府・観光庁を中心に推進してきたインバウンド(訪日外国人旅行者)は2012年の836万人・1兆846億円から2019年には3188万人・4兆8135億円と飛躍的に増大した。 しかし、コロナ感染拡大の影響で2020年は412万人・7446億円、そして2021年は2019年比99.2%減の25万人、97.5%減の1208億円と激減した(下図参照)。
出所:観光庁HP
出所:読売新聞2022年4月3日付け
2年半の月日を経て、今年6月から外国人観光客の受け入れが一部条件付きで再開されたが、ポストコロナで日本の観光産業は果たして復活できるのだろうか。単純に再開には3つのリスクがあるのではないかと思われる。すなわち、「観光公害」の復活による地域の反発、円安が呼ぶ客がもたらす利益なき繁忙、そして中国依存によるリスクである。
観光庁は、今年の観光白書の中で、「ポストコロナを見据え、自然環境、文化、地場産業などの地域資源を保全しながら、地域住民が観光の恩恵を感じられるよう、【住んでよし、訪れてよし】の観光地域づくりを進める『持続可能な観光』の重要性を謳っている。この取り組みとして、
①混雑やマナー違反によるオーバーツーリズムの未然防止
②自然環境、文化などの地域資源の保全と再生
③補助金頼りの一過性の取組から脱却し自走自立ができる観光地域づくり
の3つを具体的な事例として掲げていた。
特に、③に関して、観光庁では地域の活性化や訪日外国人旅行消費額の拡大を目指し、「地方における高付加価値なインバウンド観光地づくり検討委員会」を設置・開催してきたが、本年5月末付けで、「地方における高付加価値なインバウンド観光地づくりに向けたアクションプラン」が公表された。その要点を以下に述べたい。
① 訪日外国人旅行者数は2019年に3000万人を超えたが、消費額は4.8兆円であった。
訪日外国者数は2030年目標の6000万人に対して2019年は3188万人、達成率53%であったが、一方、2030年訪日外国人旅行消費額15兆円に対して2019年は4兆8135億円、達成率32%。当初案では2020年目標は8兆円であり、訪日外国人旅行消費額、換言すれば一人当たりの消費額が少なかったのである。
② 一方、着地消費額100万円/人以上の旅行者を指す「高付加価値旅行者」層は、訪日旅行者全体の約1%に過ぎないが、消費額は約11.5%を占める。ただし、地方での消費は少ない。
この2019年の高付加価値旅行者層の内訳は、中国-20.7万人(訪日客全体の0.7%)4428億円(訪日客全体の9.2%)、欧米豪-8万人(訪日客全体の0.3%)1095億円(訪日客全体の2.3%)となっており、訪日客数全体の約1%の観光客が、実に消費額では約11.5%(約5500億円)を占めているのであった。要は、10倍以上の着地消費をしているのである。
上記①②の「事実」を踏まえ、政府観光庁も訪日外国人旅行者数の増大という“量”を追うのではなく、インバウンドの本来の目的である着地旅行消費額の増大という“質”を追うという原点の方針に立ち戻った感がする。
③ 具体的な施策として以下に主な課題と施策の方向性を掲げている。
・“ウリ”:高付加価値旅行層にも訴求力のある魅力的コンテンツの発掘力・商品造成力不足
・“ヤド”:地方に上質なインバウンド宿泊施設不足
・“ヒト”:高付加価値旅行層のニーズを満たす人材(送客、ガイド、ホスピタリティなど)不足
・“コネ”:海外における有力な高付加価値旅行者誘客人脈へのコネクション力不足
地方経済活性のためにもインバウドが重要であることは言うまでもないことであるが、上記の「ウリ、ヤド、ヒト、コネ」の4つ全てが地方には不足している。企業で言うところの中期事業経営計画に相当するマスタープラン(地域の将来ビジョン、滞在価値、顧客対象の設定・明確化、宿泊施設の事業構想等)が、そもそも論としてないのである。
知己のある地方中小旅行会社の社長によると、県の国際観光を担う部門では、観光サービス業が分かる経験者がおらず机上の空論で施策を進め、現場の意見を聞こうとしない(否、できない)ことで困惑しているとのことであった。
加えて、現在、地方観光都市では、訪日外国人観光客はほぼ壊滅状態であるが、コロナ前に海外に渡航していた高校生の修学旅行が、海外渡航先の代替先として地方観光地を選び、地元観光業業界は活況を呈しており、表面上の数字が回復している。このため、ポストコロナで修学旅行ブームが終わった後の対策に力が入っていないと不平を漏らしていた。
この人材不足は、特定の地域だけなく地方に共通する課題であり、観光ビジネスに限らず中小企業の海外進出や新事業創出、コロナ禍での感染者受け入れ病床など地方に共通する課題である。
観光ビジネスの人材不足の一つの大きな要因は、年収の低さであろう。2021年度の上場企業の全業界平均の40歳モデル年収が650万円程度であるが、旅行業界が500万円前後と相当の乖離がある(出所:会社四季報業界地図2022、東洋経済新報社)。上場企業でさえこのような結果であり、地方の旅行業界の年収はコロナ禍もありかなり低いことが推認される。
マスタープラン策定などの経営戦略を担う有能な人材を確保するには、年収が高く成長性が見込まれることが必須である。このためには中小企業の再編統合や外資を含め大手開発事業者との宿泊候補地の売却や賃貸等の条件面の整理を含めたタフで専門性の高い交渉が強いられることが多い地方側にそのような人材がおらず交渉を適切に進めることが難しいと報告されている。
(出所:「地方における高付加価値なインバウンド観光地づくりに向けたアクションプラン」)
このような実態を地方行政の担当部門は果たして認識し危機感を抱いているのであろうか?
また、政府が成長戦略の柱に掲げたカジノを含む大型リゾート施設などの統合型リゾート施設(IR)構想。これは、中国人富裕層の訪問を期待して進めてきたが、地域住民の強い反対などで足元が揺らぎ、最終的に国に申請を出したのは大阪、長崎のみであった。両地域も地域住民の根強い反対やコロナ禍で電子決済によるオンラインカジノが普及してきており、新たなカジノへのニーズが果たしてあるのかなど問題が残っている。
2020年、中国政府は、中国人の海外でのカジノ観光を規制する準備を進めているとの報道がなされた。「一部の海外都市は中国人観光客をギャンブルで誘致するためにカジノを開設し、観光市場の秩序を乱して中国人の財産や安全を危険にさらしている」。中国の文化観光省は外務省や公安省と合同でブラックリスト制度を創設したと突然発表した。中国人はリスト入りした地域への渡航が規制される。背景には、習近平指導部の看板政策の「反腐敗」(汚職撲滅)を進める中、海外のカジノが犯罪の温床になっていることへの懸念があるとされる。新型コロナウイルスの影響で、カジノ利用客が世界的に減少する中、中国で唯一カジノが合法化されているマカオに愛好家を囲い込む狙いもあるとみられる。(出所:西日本新聞2021年2月24日付け)
中国政府が最終的にどのような決定を行なうかは現時点では未定であるが、THAAD配備報復で中国政府が中国人の韓国旅行を大幅に規制してきたことで韓国観光業界が大きな打撃を受けたことは記憶に新しい。中国偏重(2019年度中国人観光客数は訪日客全体の30%の959万人)でIR構想を始めわが国の観光事業を進める政府方針にも疑問が残るのである。
コロナ禍などのパンデミックリスク、ロシアのウクライナ侵攻や台湾海峡危機の地政学リスクさらにオンラインカジノや電子決済サービスのデジタル化など外部環境は劇的に刻一刻に変化しているなか、旧態依然とし変化・改革に乏しい観光ビジネスは大きく影響を受ける。行政も業界もコロナ禍前の状態に戻ることを期待せず、観光庁提案の高付加価値旅行者を対象にしたウリ、ヤド、ヒト、コネを拡充させるべく観光地域づくり法人(DMO)による観光地域マーケティング・マネジメントが速やかに機能させることを期待したい。
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