ボーモルの「コスト病」を元にした、介護の持続可能性

ボーモルは、ベートーベンの弦楽四重奏を演奏するのに必要な音楽家の数は、1800年と現在とで変わっていないということを指摘した(従って弦楽四重奏の演奏では、生産性は永久に上がらない)。自動車製造部門や小売部門のような商業部門では、技術革新によって絶えず生産性は上昇しているが、それに対して、音楽など実演芸術や看護、教育のような労働集約的な部門では、人的活動に大きく依存しているため、技術革新によってでは、生産性はほとんど、あるいはまったく上昇しない。同様に、上記に示したような分野と似ている対人サービスが主体の介護分野で、生産分野と同じような技術革新による生産性の向上を図ることは難しいことを示している。

しかし、介護など社会保障分野での予算額は高齢化と高機能化によって年々上昇している。何らかの抑制策が必要であることも明らかだ。抑制することは、人数を減らすか、給与を抑制するかのどちらかだが、給与の抑制は無理なので、当然、人数の抑制に向かうことになる。人数の抑制が必要だからといって、人間が行うことを機械でやろうとすることは、上記の弦楽四重奏をロボットで演奏することと同じようなものだ(やっても良いが、誰も聴かないだろう)。従って、このような分野で生産性を上げるためには、製造業と同じような発想でなく、技術を使うと同時に、仕組み自体を変えるような考えを基本にしなければならない。

昔から(介護保険施行前から)言われていることだが、介護分野での仕組みの見直し変更を、高齢者の居住場所の変更、つまり施設から在宅への移行としてはどうだろう。これは、同時に高齢者の希望を反映していると思われる。高齢者の介護施設から在宅への移行(施設の廃止)は、失敗の歴史があり、一筋縄ではいかない。社会の考え方を強く変えること、高齢者個人への働きかけが必要となる。社会の考え方を変えることとは、次のような考え方を基にする。

高齢者を、「社会にとってはやっかいで余分の、コストを要する存在」から、「自立した存在で、障害の程度に応じての違いはあるが、社会の一翼を担う存在」として認識することへの変更である。高齢者が「自立した存在であること」を第一とする考えに反対するのは、「依存」をよしとする考え方である。たしかに、高齢者を社会にとって余分でやっかいな存在とし、経費を発生させるものであるとの世界観からすると、援助を受ける存在である高齢者は、余計な考えを持たず、介護者の言う通りに行動する従順な存在、つまり、依存的な存在であったほうが好都合である。日本社会で高齢者を尊重することは、高齢者が依存することを前提としているのだ。従って、高齢者自身もそれに応答して、依存性を高めたのは致し方ないとも言える。高齢者個人の考え方の転換には、高齢者自身の強い意志と社会の考え方の転換が必要となる。

このような、介護者の考え方、介護される側の考え方、そして社会全体の考えかたの転換が介護におけるボーモルの「コスト病」を克服するための方法である。自立した高齢者の考えが進めば、従来の介護施設の廃止を誘導する。介護施設の廃止は、費用の大幅な削減をもたらす。そして、現在行われている依存性を高めるような介護方法を廃止に追い込むだろう。同時に、追加的な政策も必要となる。高齢者の自立を促すような取り組み、身体的、精神的リハビリテーション、それを補助するようなディバイスの開発、などになるだろう。しかし、全体の差し引きから見ると、現在よりも遥かに介護の費用対効果は高まり、社会にとっても、有用な人材を獲得することが出来るし、また、社会は多様性を獲得できるはずである。

改革を行うための肝心な点は、社会及び個人の意識の改革と同時に、ケアマネジメントの改革である。ケアマネジメントは、第一段階のアセスメント、つまり現在の身体、精神状態の把握と、能力の回復向上程度を見定めること、そして、その後に適切なケア(リハビリテーションを含む)を提供することの2段階で構成される。現状のケアマネジメントは、この2つが入り混じって混在している。日本の特徴はアセスメントの貧弱さである。公的な介護認定にアセスメントが加わってはいるが、大雑把なものである。高齢者の障害は、身体的なもの精神的なものなど多彩である。はたして、現状での障害が回復し得るようなものなのか、あるいは、回復し得ないものなのか、回復可能なら期限を決めたリハビリテーションを行い、そうでない場合には、生活のための適切な補助具あるいは人的援助が必要だ。その判定には高度の医療看護及び社会知識が必要である。このような厳密なアセスメントがあれば、その後のケアプランは、現在のケアマネでも作成することが出来る。アセスメントの適切な判定、あるいは、アセスメントとケアプランとの関係を結びつけるためには、ITを使った自動判定を部分的に取り入れる必要もある。

高齢者の社会との繋がり、及び、高齢者に対する社会参加を促し、依存的な考え方を変えること、そして、精密なアセスメントを行うことによって、単にモニタリングや、人力の代替えの機械化による生産性向上よりも、はるかに高い生産性を獲得することが出来るのだ。

公益財団法人橋本財団 理事長、医学博士橋本 俊明
1973年岡山大学医学部卒業。公益財団法人橋本財団 理事長。社会福祉法人敬友会 理事長。特定医療法人自由会 理事長。専門は、高齢者の住まい、高齢者ケア、老年医療問題など。その他、独自の視点で幅広く社会問題を探る。
1973年岡山大学医学部卒業。公益財団法人橋本財団 理事長。社会福祉法人敬友会 理事長。特定医療法人自由会 理事長。専門は、高齢者の住まい、高齢者ケア、老年医療問題など。その他、独自の視点で幅広く社会問題を探る。
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