コロナ禍では、多くの給付金がばらまかれ、国の財政状態は、更に悪化している。その場その場の思いつきで給付を行うことから脱却し、どの様な原則で給付や再分配を行うかについて、考えなければならない。現在進行中のインフレ対策は、利上げと需要の抑制であると、通り相場は決まっているので、対策と称して、国民全体に給付をばらまくことは原則に反する。例えば、補助金で石油の価格を据え置くと、再生可能エネルギーへの転換には障害となり、輸入小麦の価格に干渉すると、日本の小麦生産を妨害する。従って、インフレやデフレによる社会の混乱の際にも、自然の経済的メカニズムを尊重し、多くの党が行おうとしている中所得者向けの給付をやめ、生活に困っている人たちに限定して援助を行うべきである。ちなみに選挙の時この様な主張している党はない。なぜなら、困窮している人は全体から言えば少数なので、票にならないからだ。
これに対して、ベーシックインカムを提案している政党もある。ベーシックインカムのオリジナルな考え方は、所得に関係なく、一定の金額をすべての国民に支給しようとする考えだ。しかし、一律に一定額、例えば日本で年間10万円をすべての国民に給付すると約12兆円必要となるが、国の12兆円の支出と、一人当たり10万円の給付では、釣り合いが取れない。なぜなら巨額の支出に比べ、一人あたりの給付が低すぎるからだ。従って、この様なシンプルなベーシックインカムの考えを採用している国はない。
ベーシックインカムの考えに近い方法として、負の所得税という考えがある。これは経済学者ミルトン・フリードマンの著書「資本主義と自由」により展開された政策アイデアである。この考えは下図によって示されている。
筆者作成
グラフ上、太い実線は「実所得額」を表している。破線は再分配後の所得額である。この場合、まず普通に生活出来る最低限度の金額を設定する。例えば、年収300万円が普通に生活出来る最低限度の金額とすれば、300万円の所得で課税0とする。課税が0になるとすれば、それ以上では累進的に課税額が多くなる。これは今までの所得税の累進税率と同じである。負の所得税の特徴は、もうひとつ生きていくために必要な金額を設定する。この金額は現在の生活保護額と同じようなものだ。300万円以下では、税金を払わないのは今までと同じだが、今までと異なるのは、300万円から所得が減少するに従って、給付が次第に増加することである。所得が0になると、生きていくために必要な金額が支給される(現在の生活保護費と同じ)。
負の所得税のアイデアを実用化した制度に、給付付き税額控除の考え方がある。給付付き税額控除とは、個人所得税の税額控除制度であり、税額控除で控除しきれなかった残りの枠を現金にて支給するというものである。この場合の要点は、「税額控除」であって、「所得控除」ではない点である。例えば、納税額が10万円の人に対して、「税額控除」が30万円であれば、差し引き20万円が給付として支給される。差が大きいほど給付額は大きくなる。課税は世帯単位で行なわれる場合が多いが、その場合は、こどもの有無によって控除額が大きく違ってくることが多い。例えば、アメリカの給付付き税額控除制度であるEITCの場合、次のようになっている。
Wikipedia
この表によると、既婚の子供3人以上の世帯の場合(空色線)、所得が15,000ドル(200万円程度)から、25,000ドル(320万円程度)までは、約7,000ドル(90万円)の税額控除があり、納税額がこの90万円以下の場合、差し引いた額(90万円-税額)が、給付される。
一般的な給付付き税額控除の内容は、次のグラフで示される。
SOMPO未来研究所資料
勤労税額控除という形式で導入している国家は、アメリカ、イギリス、フランス、オランダ、スウェーデン、カナダ、ニュージーランド、韓国など10カ国以上である。ただし、多くの給付付き税額控除は働いている人を対象としたものである。
負の所得税にしろ、給付付き税額控除にしろ、不正受給がつきまとい、事務的な煩雑さもある。これらをなくするには、デジタル的な社会が前提である。例えば、マイナンバーをもとにした、給与、資産を総合的に把握する仕組みが必要だ。しかし、国民が政府に自分の所得や資産の把握をされることを好まない場合は、デジタル的な社会は作ることが出来ない。純粋なベーシックインカムは所詮不可能であり、税制面からの今後の再分配の中心は負の所得税の考えをもとにした、給付付き税額控除が基本になると考えられる。
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