安倍元総理大臣が手製の銃器で暗殺されるという、かつての日本では想像できないような事件がありました。大阪・北新地心療内科の放火殺人事件、京都アニメーション放火殺人事件、秋葉原無差別殺人事件などをみると、このような行動に至るには一定の共通点があると考えられます。そしてそれは現在の日本社会が抱え、将来に向けて解決すべき重要な問題点を示しており、それを克服しなければ同様の問題が今後とも起きる可能性があります。
フランシス・フクヤマは、「人間の行動は承認の欲求に基づいている」と述べています。その著書「identity」では政治的な行動の原点は承認欲求であると述べています。カール・マルクスは「政治的闘争は経済的な闘いを反映したものであり、つまるところ各自の取り分をめぐる闘いである」としました。アダムスミスは人間の行動は経済的な利得を求めて合理的な行動をすると述べました。このように古来より人間の行動の原点は経済的利得だとされてきました。しかしながら、人間は物質的な利己主義だけでなく、他の動機によって動かされており、この動機に目を向けることが現在のさまざまな出来事のより良い理解につながります。
フランシス・フクヤマは現在の政治を「憤(いきどお)りの政治」と呼んでいます。政治的指導者はある集団に対し、さまざまな場面でその集団の尊厳が毀損されていると訴えます。その結果集団の「憤り」の感情が燃え立ち、この「憤り」は自分が属する集団の尊厳が然るべく認められるべきであるとの要求につながります。屈辱を受けて尊厳の回復を求める集団は、ただ経済的利益だけを追求する人たちよりもはるかに強い感情を抱き、それが政治的行動につながります。ブラック・ライブズ・マター運動、ミー・トゥー運動、イスラムへの回帰を強めるI S S、あるいはアメリカ中西部白人のトランプ前大統領への支持などあまたの例がこの「憤りの政治」として挙げられます。
単に経済的利益の追求ではなく尊厳の回復による承認の欲求に基づく行動様式は集団、政治の場のみならず、個人においても存在します。近年の一連の凶悪事件の根底にはこの承認の欲求があると考えるのが妥当だと考えます。
元総理の暗殺事件の容疑者が銃撃に至るに至った動機はどのようなものだったのでしょうか? 報道では母親が宗教団体に献金を行い生活が困窮し、家族の本来あるべき生活が奪われたことへの恨みであるとされています。容疑者自身が、「親が子を、家族を、何とも思わない故に吐ける嘘、止める術のない確信に満ちた悪行、故に終わる事のない衝突、その先にある破壊」と述べています。教会に入信した母親が父親の死亡保険金や不動産の売却代金をすべて献金し、容疑者やその兄、妹が生活に困窮していった経緯を抽象的に表現したとみられ、経済的な困窮が暴力の原因とされています。
しかし元総理を暗殺することが経済的利得に結びつくとは考えられず、また、なぜ暴力の対象が元総理なのかということの合理的説明がつきません。単に経済的理由のみが行動の根本にあるのではなく、さらに経済的困窮と暴力が結びつくには他にも原因があるように思えます。
近年に見られる無差別暴力事件には共通点がみられます。
1) 相対的な経済的困窮
犯行をおこなった時点での経済的な状況は様々ですが、どの場合も経済的強者と見做される人々は見られません。
京都アニメ放火殺人事件の犯人は生活保護受給者、北新地心療内科放火殺人事件の犯人は生活保護申請したが受理されず、キャッシングによる生活費が得られなくなっていたという背景がありました。元総理暗殺事件の容疑者は本来であれば持ち得た資産を得られずに希望する大学に進学することができなかった過去があります。このように多くの無差別殺人事件において経済的弱者であることが、犯行の背景の一部を形成している事実があります。
経済的な苦しみは屈辱や軽蔑の感情と結びつく事で遥かに強くなります。しかし経済的な動機を解消するための行動は単に資産を増やすことそのものを目的とするより、経済的な利得に伴って得られる尊敬・地位の向上などによる他者からの承認を得ることを目的としていることが多いのです。現代の人間の行動を正しく理解しようとすると、単純に経済的な動機で人間を理解しようとする現状のモデルを超えて人間の行動の動機について理解を広げる必要があります。
経済的困窮は底辺に存在して行動の動機の一因をなしてはいるが、単純に経済的困窮が解消されていれば、それだけで暴力が起こらなかったかと言えばそうでもないと考えられるのです。
2) 自尊心を毀損していると感じさせる環境。
それでは経済的困窮の他にどのような原因が考えられるのでしょうか?承認への欲求です。ヘーゲルは承認をめぐる闘争こそが人類史の究極の推進力であると論じました。
いくら自尊心つまり自分の価値を自分で感じていても、他者が公にその価値を認めなかったり、侮辱してきたり、その存在を無視したりすれば承認の欲求は満たされません。自尊心は他者から尊敬されることで初めて生まれるものなのです。自尊心が高く、自己の価値や尊厳を十分に認めようとしない社会や規範から成り立つ外の世界とのギャップが大きければ大きいほど、自己の葛藤と承認への渇望は強くなります。
秋葉原通り魔殺人事件の犯人は社会から孤立しSNSに自分の安らぐ居場所を感じていたところ、そのバーチャルな空間を荒らされ自己の居場所と存在意義が侵されていると考えていました。京都アニメ放火事件では自分が着想し応募した小説が京都アニメによって知らないうちに作品化されたと主張して、社会に認められる機会を簒奪され自己の存在と権利が侵されていると考えていました。元総理暗殺事件では当該宗教の教義が自己の存在は本来悪であるという自己存在を否定する教えであったことに加え、ネグレクトにより自己の尊厳が保証されない時期が長く続いたことが明らかとなっています。一方で母に対しては顧みられなかった自分の存在を認めてもらいたいとの強い感情があったのではないかと推察されます。いずれの場合も自己の評価と他者の評価のギャップが見られ、社会に承認を求める感情が伺えます。
3) 直接的な関連のない第三者へのテロ行為。
近年の無差別殺人事件では、行動が不満の原因そのものに向かわず、関係のないと思われる人や社会に向かうという点が極めて特徴的です。この行動によって得られるものは経済的利得ではなく、得られるとすれば社会の耳目を集めること、歪ではあるものの自己の存在を社会に知らしめることができることです。社会は自分の存在を強く認めるべきだと言わんばかりに。
内面にある本物の自己にこそ本質的価値があり外の世界はそれをいつも不当に評価しているという考えが根付いたのは近代になってからです。内なる自己が社会のルールに合わせなければならないのではなく、社会の方が変わる必要があると考えられるようになったのです。悪いのは自分ではなく、自分を認めない社会である。変わるべきは自分ではなく、社会なのだ、と。
片田珠美は「不満を募らせながら孤立し続ける人が増えれば、公共の場で自己の不遇を知らしめようとする事件が今後も起こる可能性がある。就労の場を見つける再就職支援制度や地域交流の場の充実などを通じ、社会の一員であるとの意識を醸成させる仕組みを整えることが必要だ」と強調しています。
無差別殺人事件の根底には経済的困窮と承認への渇望の2つの原因があると考えられます。
次稿では、我々はその2つをどのように解決していけば良いのかという点について述べてみたいと思います。
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