アニマル・スピリッツの再興は可能か

1900年、ロンドンで行われた南極探検隊の求人募集、それは次のような内容だった。

"Men wanted for hazardous journey. Low wages, bitter cold, long hours of complete darkness. Safe return doubtful. Honor and recognition in event of success."
「求む男子。至難の旅。僅かな報酬。極寒。暗黒の続く日々。絶えざる危険。生還の保証なし。ただし、成功の暁には名誉と称讃を得る。」

この募集広告は、探検家アーネスト・ヘンリー・シャクルトンが南極探検に際して行った募集広告と言われている。彼は、三度イギリスの南極探検隊を率いた極地探検家で、南極探検の英雄時代の主役の一人である。

1900年のアーネスト・シャクルトンの広告には、無数の若者が応募し、(その応募数、なんと「5000人以上」と言われている)その当日ロンドンでは若者の姿を見ることが出来なかったと言う。

この広告を現代に置き換えるとさしずめ次のようになるだろう。

「火星探検希望者を求む。至難の旅。わずかな報酬。暗黒の長い月日。絶えざる危険。生還の保証なし。成功の暁には、名誉と世界からの称賛を得る。」

はたして、現代の募集広告に対する反応はどのようなものだろうか? 1900年の反響とはかなり違うかも知れない。

日本は1990年初頭から、この30年間にわたり株価だけは上がったが、経済成長はなく、賃金も下がり、「不況」が継続している。「不況」ための「景気刺激策」は、過去幾度となく繰り返されてきたが、その成果は殆ど見られない。近年では、コロナでの景気後退のために、さらに大規模な景気刺激策が求められ、その結果として生じた、膨大な財政赤字の言い訳として、MMT理論※も登場するようになった。しかし、衆目の一致するところ、いかに財政的なバックアップをしても、日本経済が力強く再生することは難しいように思われる。人口減少がその大きな理由であるが、人口減少に伴った、意欲の減少と変化を嫌う傾向が大きい。ジョン・メイナード・ケインズによると、これらを称して「アニマル・スピリッツの低下」と呼ぶ。

日本においては「リスク」の存在重視が目立つ。災害においては、「リスク」の多寡に応じての避難を行うことが求められるが、日常生活にも「リスク」が顔を出し、「リスク」があるものは極力やらない傾向が強くなっている。例えば、子供の遊び、進学、就職など多くの場面で「リスク」の少ない選択を行う。高齢者がリスクを嫌うことはいつでも一般的だが、社会全体が「リスク」を避けると問題が生じる。社会の活力が必要だとすれば、それは「リスク」を伴った行動を行うかどうか、に掛かっているにも関わらず、である。この様な傾向は、どこから起こり、なぜ蔓延したのだろうか? それは、日本人が昔から持っていた特徴だろうか? その原因はなかなかわからない。しかし、幼少時の教育にその原因を求める事もできる。

幼少時の画一的な教育、あるいは議論を許さない教育、そして実用的教育(読み書きソロバン教育)を優先することなどが、日本の現在を作っている一つの原因であることは明らかだろう。小学校や中学校での制服、ランドセルなど画一的なスタイル、違いが少ない同じ様な態度が求められることなどだ。では、「アニマル・スピリッツ」を育む教育とはどのようなものか? それは、こどもに自分のやりたいこと、欲しい物などの欲求を素直に表明させることだろう。あらかじめ規制をすることなく、欲求の表明をした後に、その欲求が他人の欲求、社会の規範とぶつかり合うことを体験させる必要がある。規制を廃止し、「読み書きソロバン」などの実用教育よりも、自分の欲求を表明できるように、そして、他者との関係を理解できる様な(いわゆる民主主義教育)が必要だろう。

現代のシャクルトンは、はたして希望通りの探検家を募集することが出来るのだろうか? それとも、若者は募集に際して、探検にともなう「リスク」の大きさ、探検後の就職の保障などを気にするのだろうか?

※MMT理論;管理通貨制度の下で政府が独自に法定通貨を発行している国家を前提として、政府に通貨発行権があれば、政府の決定に基づき通貨発行で支出ができる。政府が通貨発行で支出できるのだから、政府が自国通貨財源の不足や枯渇に直面することはありえない。さらに財源のために徴税が必要という理屈も成立しない。MMTは税の役割を財源として捉えておらず、財政赤字を問題としない。これは主流派経済学の見方に挑戦するものである(Wikipedia)。

公益財団法人橋本財団 理事長、医学博士橋本 俊明
1973年岡山大学医学部卒業。公益財団法人橋本財団 理事長。社会福祉法人敬友会 理事長。特定医療法人自由会 理事長。専門は、高齢者の住まい、高齢者ケア、老年医療問題など。その他、独自の視点で幅広く社会問題を探る。
1973年岡山大学医学部卒業。公益財団法人橋本財団 理事長。社会福祉法人敬友会 理事長。特定医療法人自由会 理事長。専門は、高齢者の住まい、高齢者ケア、老年医療問題など。その他、独自の視点で幅広く社会問題を探る。
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