終末期を考える-医療機関の終末期「コロナバブルの罪と罰」

2019年12月に中国の武漢で発生したとされる新型コロナウイルス感染症(以下「コロナ」)については、収束の目途がつかないままに3年目に入っています。今回のコロナの世界的流行は、パンデミックの世界史に刻まれることになりますが、わが国の歴史にも大きな爪痕を残しそうです。

今回のコロナの流行に関しては、未知の感染症に対する医療体制の構築は元より、感染者への差別(中世の魔女狩りを笑えないレベルでした)などの社会的対応についても、今後のために詳細かつ厳正に検証して欲しいと考えています。また、財政の面では湯水のごとくに提供された給付金や補助金について、その金額の多寡だけでなく使用用途の内容や妥当性が検証されるべきと考えています。私たちの医療の分野でも、医療機関に対して数兆円規模の補助金が支給されましたが、そうした医療機関がそれに見合うだけの医療を提供できたのか、そして何より国民をコロナから守れたかの評価もなされなければならないのではないでしょうか。

さて、改めてわが国での対応を振り返ってみると、当初、コロナについては経験のない未知の感染症ということで、「感染症法第2類(相当)」として厳密に対処されることになりました。さらには、当初、第1類にも似た殊更に厳しい対応も行われたようでしたが、コロナ患者を隔離することが求められ、早急にコロナ感染者を受け入れる医療施設が必要になりました。しかし、国は2015年に立ち上げた「地域医療構想」の中で、2025年までに人口減少に対処すべく病床数を削減するとしており、当時は需要が少なかった感染症病床から削減を進めていた経緯があり、今回のコロナではこのことが裏目に出ることになりました。また、コロナが発生した当初、医療機関の多くは未知なる感染症の陰に怯えたためか、患者の受け入れに消極的であったことも事実でした。このため、国は「新型コロナウイルス感染症患者等入院受入医療機関緊急支援事業補助金」(以下、「補助金」)を支給することで、患者の受け入れ病床を確保することになりました。感染患者を受け入れて下さった全国の医療施設の皆が皆、こうした補助金目当てであったとは思いませんが、結果的にリスクに見合う以上の補助金が支給されることになったことは否めず、今回の論点もそこにあるということになります。

この補助金について調べてみると、2021年10月11日に財務省から公表されている医療機関の収支データに行き当たりました。この資料は、令和2年度に緊急支援事業補助金(1床当たり最大1950万円のさらなる病床確保のための緊急支援)を支給した該当する医療機関1715施設へ厚生労働省が調査票を送り、回答があった1290の医療機関(「緊急支援事業補助実施医療機関」)のデータがまとめられたものですが、これらの医療機関が受けた補助金の総額は1.3兆円になっています。1医療機関当たりの補助金にすると平均で10.1億円となり、これらの医療機関での医業収支は平均プラスの6.4億円(要は収益)になったとありました。この資料については、2022年6月25日の「報道特集」というテレビ番組でも取り上げられ、資料の一部が映されていましたが、医療施設の関係者による「正直言ってもらい過ぎだったと感じていた」との証言も紹介されていました。今後、報道機関の立場からも、この問題が引き続き検証されていくことを期待しています。

今回、この資料の数字を見て、昨年度の公立病院のほとんどが(過去、多くが赤字であったにも関わらず)黒字になったという報道が頷けることになりました(※1)。確かに、自らの感染リスクや風評被害に晒されながら、その責務を果たされた医療機関に対しては敬意を表するものの、補助金のお陰で黒字、しかも億単位の黒字になったということになります。補助金の主旨から言えば、使わずに済んだのであれば、国に返金してもらっても良いのではないかと考えますが、「ご褒美で取っておけ」ということなのでしょうか。中には、これまでの累積赤字の穴埋めに使った施設もあるようで、そうなると返せと言われても返すお金がないということになるのでしょうか。

ここまでは、正規の制度上の話として納得するとしても、患者を受け入れないままに補助金だけをもらい続ける「幽霊病床」なる問題も出てきています(※2)。こうした不適切な処理のあった補助金に関しては返納してもらうなどの厳しい対応が必要なのではないでしょうか。「幽霊病床」ではないにせよ、支給された補助金を投融資に回して利回りを得ようとした医療機関もあったようで(分科会の関係者の施設と聞いています)、このあたりも補助金の適正な運用であったのか否か(そもそも支給されたこと自体も含めて)の検証がなされて然るべきと思われます。

こうした申告された「確保病床」には、患者が入っていなくても「空床確保料」としての補助金が国から支払われているわけですが、この金額も必要以上に高額であったと言われ始めているようです。中には初めから患者の受け入れをしない前提で補助金目当てに手続きをした施設もあったのではないかと考えられます。もしそうであれば、一般の不正受給と同様に詐欺的行為と同じ事になるわけで、厳しく罰せられるべき行為です。と同時に、こうした問題が言われはじめている現状を、国や都道府県はどのように考えているのか知りたいものではあります。

この件で、さらに調べてゆくと、「医療介護CBnews」の2021年5月24日版では「コロナバブルの過去最高益をどう考えるか 先の見えない時代の戦略的病院経営」とあり、そうした施設ではすでに今後を見据えた検討が始まっているようです。しかし、補助金頼みでの黒字であれば、コロナが一段落し補助金制度が終了すれば元の木阿弥、赤字経営に戻らざるを得ないのが必定でしょう。そうなると、一度味わった補助金の旨味を忘れられず、「コロナが収束しないで欲しい」、あるいは「新たな感染症が出てきて補助金制度が続いて欲しい」と思っている施設もあるのではないかと勘繰ることになってしまいます(こう考える己の卑しさを反省しています)。

一体、この補助金は何だったのか、2020年度の収支だけでなく、2021年度、さらには2022年度と、今後も引き続き詳しく見ていく必要があると思われます。

今回、さらに調べていくうちに、財務省が収支データの資料を出した2021年10月11日と同じ日付で、一橋大学国際・公共政策大学院教授の井伊雅子氏が、「医療機関に対する新型コロナ関連補助金の『見える化』」と題して示された資料をみつけました。同じ日の偶然にも驚きましたが、内容を見るとさらに驚きで、「補助金額の大きい緊急包括支援交付金の個別医療機関への支払いデータは、全額国負担であるにもかかわらず、都道府県が情報を公開しない限り『見える化』されない」とありました。どうやら、お国は丼勘定で良しとしているようで、このままでは、今回支給された補助金に関して大枠での記録はあるものの、どこの医療機関へいくらの補助金が支払われ、それを何に使い、その上でいくら残ったのか(あるいは残したのか)の詳細は検証できないということになるようです。

一日も早いコロナの収束を祈念していますが、それまでに、国民や医療界に「補助金依存症候群」が蔓延してしまうのではないかと心配しています。何より、今回使われた巨額の給付金や補助金は、我々国民からの税金で賄われるわけで、必ず財政面で大きな負担が掛かってくることになります。また、不正受給も含めたお金の使われ方などの倫理的問題も取り残されています。近い将来、医療界や国というシステムが、コロナそのものではなく、こうしたコロナがもたらした問題によって「終末期」を迎えるのではないかと心配しています。一方で、この心配が杞憂に終わってくれることを切に願っています。

(※1)医療サイト朝日新聞アピタル2021年12月16日版 「正直もらいすぎかも」赤字続きの公立病院、空床補償で大幅黒字に。
(※2)2021年9月6日、日テレNEWS24「病床使用率リスト入手「幽霊病床」とは」。;病床利用率が100%を超えている病院が50施設ある一方で、40%未満の病院が27施設あったといいます。中には0%という病院も7施設あったとしており、受け入れ可能と申告していながら実際は使われていない病床、「幽霊病床」と言われているとしています。

医療法人 寺田病院 院長板野 聡
1979年大阪医科大学を卒業後、同年4月に岡山大学第一外科に入局。
専門は、消化器外科、消化器内視鏡。
現在の寺田病院には、1987年から勤務し、2007年から現職に。
著書に、「星になった少女」(文芸社)、「伊達の警察医日記」(文芸社)、「貴方の最期、看取ります」(電子書籍/POD 22世紀アート)、「医局で一休み 上・下巻」(電子書籍/POD 22世紀アート)。
資格は、日本外科学会指導医、日本消化器外科学会指導医、がん治療認定医、三重県警察医、ほか。
1979年大阪医科大学を卒業後、同年4月に岡山大学第一外科に入局。
専門は、消化器外科、消化器内視鏡。
現在の寺田病院には、1987年から勤務し、2007年から現職に。
著書に、「星になった少女」(文芸社)、「伊達の警察医日記」(文芸社)、「貴方の最期、看取ります」(電子書籍/POD 22世紀アート)、「医局で一休み 上・下巻」(電子書籍/POD 22世紀アート)。
資格は、日本外科学会指導医、日本消化器外科学会指導医、がん治療認定医、三重県警察医、ほか。
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