初任期教員のメンタルヘルス維持に関する諸要因の検討【橋本財団 2019年度研究助成 成果報告】

近年、精神疾患による教師の休職や退職の増加が問題になっているが、教員の年齢構成は若年者の割合が上昇し、それに伴って精神疾患による休職者における20代の割合も増加してきている。大学における限られた経験では生徒や保護者の種々の要請や課題への対応に習熟することは困難で、「リアリティ・ショック」と呼ばれる現実とのギャップを感じることも多く、多忙な教員間の相互支援が希薄化していることも背景にある。

ところで、従来のメンタルヘルス研究では、バーンアウトやうつ傾向といった精神的不調の統制に着目したものが多く、職務への意欲などのポジティブな側面に着目したものは少なかった。しかしながら、島津・川上(2014)は、「職場のメンタルヘルス活動においては、個人や組織の活性化を視野に入れた対策を行うことが、広い意味での労働者の『こころの健康』を支援するうえで重要となってきた」と指摘し、ポジティブな側面に注目したメンタルヘルス対策の必要性を主張している。

そこで本研究では,仕事に関連するポジティブで充実した心理状態であるワーク・エンゲージメントを指標とし、多くの教員が精神的な不調に陥ることなく勤務していることに着目。初任教員における睡眠や業務従事時間といった物理的負荷、リアリティ・ショックや感情労働などの心理的要因が彼らのワーク・エンゲージメントにどのような影響を与えているのか量的質的に検討した。さらには、認知行動療法に基づくオンライン心理支援プログラムの効果についても検討を行った。

教員のワーク・エンゲージメントを構成する要因に関する数量的検討

対象はA県の小学校・中学校に採用された初任者研修受講対象者491名。研修時に調査票(年齢、校種、担任業務、講師経験年数、(平日の)就労時間(校内滞在時間)、睡眠時間、感情労働、ワーク・エンゲージメント、半月ごとの自覚的「活力」、入職時のリアリティ・ショック、ソーシャル・サポート、教師効力感の自己報告)を配布し、回答を求めた。調査は各学期1回計3回(5月・10月・2月)研修開催時に実施した。

質問紙調査によって得られた情報より、新任教員の就労時間は、1~3回の調査を通じ、平均12.51時間であり、平均睡眠時間は5.93時間であった。ワーク・エンゲージメント得点と就労状況、睡眠時間、心理社会的要因との関連についての検討からは、ワーク・エンゲージメント得点と就労状況、睡眠時間の関連は認めなかった。次に、リアリティ・ショックとソーシャル・サポートの効果について分析を行った。その結果、時期・リアリティ・ショック・ソーシャル・サポートそれぞれの主効果および、時期とソーシャル・サポートの交互作用が有意であった。後者より、ソーシャル・サポートの影響は短期的なもので、継続的なサポートを提供することが重要であると考えられた。一方、活力変化からは、6月ごろおよび10月ごろに落ち込みが見られ、佐々木・保坂・明石(2010)の述べる、2つのクライシス期を支持する形となった。

教員のワーク・エンゲージメントを構成する要因に関する質的検討

上記教員のち、面談調査に同意の得られた4名(小学校教員2名、中学校教員2名)に、オンラインによる面接調査を行った。調査の内容は、前述「教員のワーク・エンゲージメントを構成する要因に関する数量的検討」により得られた知見および職務への意欲に関する自由記述をテキストマイニングによって分析した結果にもとづき、インタビューガイドを作成の上、オンラインによる半構造化面接により実施した。

その結果、「日頃から体調を気づかう」「停滞時機や内容をとらえる」「一緒に考えたり手伝ったり助言したりする」という情緒的サポートに相当する心理的支援が、初任者のワーク・エンゲージメント維持に著効を持つことが明らかとなった。前述量的検討の結果と合わせると、このような支援が継続的に行われることの必要性が示唆された。

オンラインCBTプログラムの構成と試行

近年、心理支援のオンライン化の試みがなされている。とりわけ、認知行動療法の領域ではiCBT(internet Cognitive Behavioral Therapy)としてしばしば遠隔医療等に活用されている。そこで、本研究では、高負荷状態にある初任期教員向けのサイトを試験的に作成し、その効果について試行的に検討した。サイトは、若手教員が利用しやすいようゲーミフィケーション理論を用い、モチベーション維持、プログラムへの没入がより容易になるよう工夫され、通常のiCBTプログラムよりも簡易なオンラインマインドフルネス認知行動療法プログラムにより構成された。プログラムの構成としては、ストレスに関する心理教育に加え、脱フュージョン及び漸進的筋弛緩法を組み合わせ、6日間実施された。

その結果、プログラム完遂者においては、ストレス反応中「活力」の上昇および「無気力」傾向の抑制が認められ、ストレス緩和効果が認められた。このことは、こうしたプログラムの提供が初任者におけるワーク・エンゲージメントの維持に有効であることを示した。


上記結果より、初任者指導においては、単に授業や学級経営、学校経営の知識や技術を伝達するだけではなく、初任者のその都度の停滞感に寄り添った継続的な心理的支援が重要であることが明らかとなった。また、就労管理者は、教職員の日常的なストレス・マネジメントの方略としてオンラインを含む外部資源の提供も視野に入れた指導を行っていくべきであると考えられた。一方、本研究では、就労時間や睡眠時間とワーク・エンゲージメントとの関連は見られなかったが、教員としての使命感に依存した学校運営には限界があると考えられ、今後とも適正な職務管理は不可欠であるといえよう。

岡山大学 学術研究院 社会文化科学学域 教授東條 光彦
1987年千葉大学大学院修了。岡山大学学術研究院社会文化科学学域教授。岡山県公認心理師・臨床心理士協会会長。岡山県社会福祉審議会委員。岡山市児童福祉審議会委員長。
専門は、児童生徒や教員のメンタルヘルス、児童福祉に関わる諸問題など。
1987年千葉大学大学院修了。岡山大学学術研究院社会文化科学学域教授。岡山県公認心理師・臨床心理士協会会長。岡山県社会福祉審議会委員。岡山市児童福祉審議会委員長。
専門は、児童生徒や教員のメンタルヘルス、児童福祉に関わる諸問題など。
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