近年、精神疾患による教師の休職や退職の増加が問題になっているが、教員の年齢構成は若年者の割合が上昇し、それに伴って精神疾患による休職者における20代の割合も増加してきている。大学における限られた経験では生徒や保護者の種々の要請や課題への対応に習熟することは困難で、「リアリティ・ショック」と呼ばれる現実とのギャップを感じることも多く、多忙な教員間の相互支援が希薄化していることも背景にある。
ところで、従来のメンタルヘルス研究では、バーンアウトやうつ傾向といった精神的不調の統制に着目したものが多く、職務への意欲などのポジティブな側面に着目したものは少なかった。しかしながら、島津・川上(2014)は、「職場のメンタルヘルス活動においては、個人や組織の活性化を視野に入れた対策を行うことが、広い意味での労働者の『こころの健康』を支援するうえで重要となってきた」と指摘し、ポジティブな側面に注目したメンタルヘルス対策の必要性を主張している。
そこで本研究では,仕事に関連するポジティブで充実した心理状態であるワーク・エンゲージメントを指標とし、多くの教員が精神的な不調に陥ることなく勤務していることに着目。初任教員における睡眠や業務従事時間といった物理的負荷、リアリティ・ショックや感情労働などの心理的要因が彼らのワーク・エンゲージメントにどのような影響を与えているのか量的質的に検討した。さらには、認知行動療法に基づくオンライン心理支援プログラムの効果についても検討を行った。
対象はA県の小学校・中学校に採用された初任者研修受講対象者491名。研修時に調査票(年齢、校種、担任業務、講師経験年数、(平日の)就労時間(校内滞在時間)、睡眠時間、感情労働、ワーク・エンゲージメント、半月ごとの自覚的「活力」、入職時のリアリティ・ショック、ソーシャル・サポート、教師効力感の自己報告)を配布し、回答を求めた。調査は各学期1回計3回(5月・10月・2月)研修開催時に実施した。
質問紙調査によって得られた情報より、新任教員の就労時間は、1~3回の調査を通じ、平均12.51時間であり、平均睡眠時間は5.93時間であった。ワーク・エンゲージメント得点と就労状況、睡眠時間、心理社会的要因との関連についての検討からは、ワーク・エンゲージメント得点と就労状況、睡眠時間の関連は認めなかった。次に、リアリティ・ショックとソーシャル・サポートの効果について分析を行った。その結果、時期・リアリティ・ショック・ソーシャル・サポートそれぞれの主効果および、時期とソーシャル・サポートの交互作用が有意であった。後者より、ソーシャル・サポートの影響は短期的なもので、継続的なサポートを提供することが重要であると考えられた。一方、活力変化からは、6月ごろおよび10月ごろに落ち込みが見られ、佐々木・保坂・明石(2010)の述べる、2つのクライシス期を支持する形となった。
上記教員のち、面談調査に同意の得られた4名(小学校教員2名、中学校教員2名)に、オンラインによる面接調査を行った。調査の内容は、前述「教員のワーク・エンゲージメントを構成する要因に関する数量的検討」により得られた知見および職務への意欲に関する自由記述をテキストマイニングによって分析した結果にもとづき、インタビューガイドを作成の上、オンラインによる半構造化面接により実施した。
その結果、「日頃から体調を気づかう」「停滞時機や内容をとらえる」「一緒に考えたり手伝ったり助言したりする」という情緒的サポートに相当する心理的支援が、初任者のワーク・エンゲージメント維持に著効を持つことが明らかとなった。前述量的検討の結果と合わせると、このような支援が継続的に行われることの必要性が示唆された。
近年、心理支援のオンライン化の試みがなされている。とりわけ、認知行動療法の領域ではiCBT(internet Cognitive Behavioral Therapy)としてしばしば遠隔医療等に活用されている。そこで、本研究では、高負荷状態にある初任期教員向けのサイトを試験的に作成し、その効果について試行的に検討した。サイトは、若手教員が利用しやすいようゲーミフィケーション理論を用い、モチベーション維持、プログラムへの没入がより容易になるよう工夫され、通常のiCBTプログラムよりも簡易なオンラインマインドフルネス認知行動療法プログラムにより構成された。プログラムの構成としては、ストレスに関する心理教育に加え、脱フュージョン及び漸進的筋弛緩法を組み合わせ、6日間実施された。
その結果、プログラム完遂者においては、ストレス反応中「活力」の上昇および「無気力」傾向の抑制が認められ、ストレス緩和効果が認められた。このことは、こうしたプログラムの提供が初任者におけるワーク・エンゲージメントの維持に有効であることを示した。
上記結果より、初任者指導においては、単に授業や学級経営、学校経営の知識や技術を伝達するだけではなく、初任者のその都度の停滞感に寄り添った継続的な心理的支援が重要であることが明らかとなった。また、就労管理者は、教職員の日常的なストレス・マネジメントの方略としてオンラインを含む外部資源の提供も視野に入れた指導を行っていくべきであると考えられた。一方、本研究では、就労時間や睡眠時間とワーク・エンゲージメントとの関連は見られなかったが、教員としての使命感に依存した学校運営には限界があると考えられ、今後とも適正な職務管理は不可欠であるといえよう。
東 大史の記事を見る
池松 俊哉の記事を見る
研究助成 成果報告の記事を見る
小林 天音の記事を見る
秋谷 進の記事を見る
坂本 誠の記事を見る
Auroraの記事を見る
竹村 仁量の記事を見る
長谷井 嬢の記事を見る
Karki Shyam Kumar (カルキ シャム クマル)の記事を見る
小林 智子の記事を見る
Opinions編集部の記事を見る
渡口 将生の記事を見る
ゆきの記事を見る
馬場 拓郎の記事を見る
ジョワキンの記事を見る
Andi Holik Ramdani(アンディ ホリック ラムダニ)の記事を見る
Waode Hanifah Istiqomah(ワオデ ハニファー イスティコマー)の記事を見る
芦田 航大の記事を見る
岡﨑 広樹の記事を見る
カーン エムディ マムンの記事を見る
板垣 岳人の記事を見る
蘇 暁辰(Xiaochen Su)の記事を見る
斉藤 善久の記事を見る
阿部プッシェル 薫の記事を見る
黒部 麻子の記事を見る
田尻 潤子の記事を見る
シャイカ・サレム・アル・ダヘリの記事を見る
散木洞人の記事を見る
パク ミンジョンの記事を見る
澤田まりあ、山形萌花、山領珊南の記事を見る
藤田 定司の記事を見る
橘 里香サニヤの記事を見る
坂入 悦子の記事を見る
山下裕司の記事を見る
Niklas Holzapfel ホルツ アッペル ニクラスの記事を見る
Emre・Ekici エムレ・エキジの記事を見る
岡山県国際団体協議会の記事を見る
東條 光彦の記事を見る
田村 和夫の記事を見る
相川 真穂の記事を見る
松村 道郎の記事を見る
加藤 侑子の記事を見る
竹島 潤の記事を見る
五十嵐 直敬の記事を見る
橋本俊明・秋吉湖音の記事を見る
菊池 洋勝の記事を見る
江崎 康弘の記事を見る
秋吉 湖音の記事を見る
足立 伸也の記事を見る
安留 義孝の記事を見る
田村 拓の記事を見る
湯浅 典子の記事を見る
山下 誠矢の記事を見る
池尻 達紀の記事を見る
堂野 博之の記事を見る
金 明中の記事を見る
畑山 博の記事を見る
妹尾 昌俊の記事を見る
中元 啓太郎の記事を見る
井上 登紀子の記事を見る
松田 郁乃の記事を見る
アイシェ・ウルグン・ソゼン Ayse Ilgin Sozenの記事を見る
久川 春菜の記事を見る
森分 志学の記事を見る
三村 喜久雄の記事を見る
黒木 洋一郎の記事を見る
河津 泉の記事を見る
林 直樹の記事を見る
安藤希代子の記事を見る
佐野俊二の記事を見る
江田 加代子の記事を見る
阪井 ひとみ・永松千恵 の記事を見る
上野 千鶴子 の記事を見る
鷲見 学の記事を見る
藤原(旧姓:川上)智貴の記事を見る
正高信男の記事を見る
大坂巌の記事を見る
上田 諭の記事を見る
宮村孝博の記事を見る
松本芳也・淳子夫妻の記事を見る
中山 遼の記事を見る
多田羅竜平の記事を見る
多田伸志の記事を見る
中川和子の記事を見る
小田 陽彦の記事を見る
岩垣博己・堀井城一朗・矢野 平の記事を見る
田中 共子の記事を見る
石田篤史の記事を見る
松山幸弘の記事を見る
舟橋 弘晃の記事を見る
浅野 直の記事を見る
鍵本忠尚の記事を見る
北中淳子の記事を見る
片山英樹の記事を見る
松岡克朗の記事を見る
青木康嘉の記事を見る
岩垣博己・長谷川利路・中島正勝の記事を見る
水野文一郎の記事を見る
石原 達也の記事を見る
野村泰介の記事を見る
神林 龍の記事を見る
橋本 健二の記事を見る
林 伸旨の記事を見る
渡辺嗣郎(わたなべ しろう)の記事を見る
横井 篤文の記事を見る
ドクターXの記事を見る
藤井裕也の記事を見る
桜井 なおみの記事を見る
菅波 茂の記事を見る
五島 朋幸の記事を見る
髙田 浩一の記事を見る
かえる ちからの記事を見る
慎 泰俊の記事を見る
三好 祐也の記事を見る
板野 聡の記事を見る
目黒 道生の記事を見る
足立 誠司の記事を見る
池井戸 高志の記事を見る
池田 出水の記事を見る
松岡 順治の記事を見る
田中 紀章の記事を見る
齋藤 信也の記事を見る
橋本 俊明の記事を見る