終末期を考える-不思議なクレーム

当院の管理部長さんが、話があるのでと医局にやってきました。何事かと思って聞いてみると、患者さんのご家族からのクレームだというのです。それも、父親の医療費を支払いに来るたびに同じことを繰り返し、長時間にわたり言い募ると言うことで、さすがに困って相談に来られたのでした。

その内容は、「親父が弱って入院した時に、主治医から終末期なので急変があるかもしれないと言われて覚悟していたのに、もう2年になる。入院を繰り返すたびに終末期、終末期と言われるが、まだ生きてるってどういうことや」ということで、さらには、「子供の私に心配を掛けた主治医に謝ってほしい」と言われるとのことでした。

患者さんは、90歳を越えて認知症もあるうえに、息子さんと二人暮らしということで、在宅では十分な栄養管理ができずに衰弱されるようで、衰弱しては入院治療するということになっていたわけです。入院してしばらくすると小康状態を取り戻すということになりますが、そうなると入院費のこともあってか、この息子さんが一方的に「連れて帰る」と言われていたそうです。そうして、しばらくすると、再び弱ってきて外来へ連れてこられ入院になるということで、こうしたことを何度か繰り返して、すでに2年が経っていたのでした。

この息子さんは、中小企業の社長さんとお聞きしましたが、このご時世で経営も厳しいようだとのことでした。その上、ご家族も父親だけということで、相談や不安を打ち明ける相手もいないということのようで、当方へ不満をぶつけておられるではないかとお気の毒には思います。

ただ、先入観を持ってはいけないと思いながらも、単なるクレーマーにしてはおかしな話で、入院費や薬代の支払いの時になると先の話が出てくるようで、そこらあたりにクレームを付ける動機があるのかなと感じたのですが、管理部長さんからは、「今のところ、主治医からの謝罪以外の話は出ていません」とのことでした。

この相談を受けながら、単純に「それって、治療して長生きしてもらえているのに、文句を言われているってこと?」と思わず聞き直したのですが、対応している管理部長さんは、「元気に長生きされていて良かったですね」としか答えようがなくて困っていますとのことでした(確かに…)。

「それなら、主治医が言ったとおりに最初の入院の時に亡くなられていたら納得されたんですかと聞いたらいいんじゃないの」と、悪戯半分で言うと、「そんなん言うたら、火に油ですよ」と言い返されました(そりゃそうだ)。内心、「クレームの真の理由は他にあるのかな」と考えないでもありませんが、必要以上に相手を疑うのも嫌になることではあります。

ところで、こうした高齢者の方の場合、認知症も含めてすでにいくつかの基礎疾患をお持ちの方が多いわけで、その上に衰弱をきたして入院となるわけですから、主治医にしてみれば「治療すれば必ず元気になれます」とは言えない状態であることは、確かなことです。そうなると、当然「急変があることもご承知おきください」と言わざるを得ないことになります。

ただ、そうは言っても、今回のようなクレームが出てくると、院長としては対応する職員に嫌な思いをさせ続けることも申し訳なく、対策を考えなければなりません。もっとも、薬を取りに来られた時の(こちらにとってはクレームと感じられる)話の最中にいきなり院長が出ていくわけにもいかず、なかなか良い解決策が見つからないままになっています。

今回の事では、「長生きは良いことなのか」という問いに突き当たることになりますが、これはこれで難しい問題です。世に「ピンピンコロリ」が成就する神社や「ポックリ寺」があるやに聞きはしますが、案外、それが人生の最終節での最大の関心事なのではないでしょうか。この件については、どうやら、「長生き」自体が問題というより、その「環境」の問題ということではないかと思い始めていますがどうでしょうか。

さてさて、管理部長さんには、もうしばらくの間、辛抱強く対応していただくしかなさそうではあります。申し訳ない!

医療法人 寺田病院 院長板野 聡
1979年大阪医科大学を卒業後、同年4月に岡山大学第一外科に入局。
専門は、消化器外科、消化器内視鏡。
現在の寺田病院には、1987年から勤務し、2007年から現職に。
著書に、「星になった少女」(文芸社)、「伊達の警察医日記」(文芸社)、「貴方の最期、看取ります」(電子書籍/POD 22世紀アート)、「医局で一休み 上・下巻」(電子書籍/POD 22世紀アート)。
資格は、日本外科学会指導医、日本消化器外科学会指導医、がん治療認定医、三重県警察医、ほか。
1979年大阪医科大学を卒業後、同年4月に岡山大学第一外科に入局。
専門は、消化器外科、消化器内視鏡。
現在の寺田病院には、1987年から勤務し、2007年から現職に。
著書に、「星になった少女」(文芸社)、「伊達の警察医日記」(文芸社)、「貴方の最期、看取ります」(電子書籍/POD 22世紀アート)、「医局で一休み 上・下巻」(電子書籍/POD 22世紀アート)。
資格は、日本外科学会指導医、日本消化器外科学会指導医、がん治療認定医、三重県警察医、ほか。
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