ケアの分野では、自立が最も大きなキーワードとして登場する。しかし、そもそも人間の自立とはどの様なものなのだろうか。例えば、人類以外の野生草食動物の場合、早めに自立しないと、すぐに肉食獣に獲物にされるので、親も自立を促すことが子に対する最大の援助となる。しかし、現代人間社会、特に先進国の場合、子供の自立心が乏しく依存的であっても、何かに襲われることはない。むしろ子供時代には、自立心が強く、独立心の強い子供が事故にあい、怪我をすることが多い。
人間は、ほかの動物に比べてはるかに未成熟の状態で生まれる。そのために長い期間にわたって、独力で生きていくことが出来ず、周囲の大人、とくに親からの扶養に頼らなければならない。これは人間の対人関係における依存の原型である。親が子供のケアを強く行うほど、子供は依存的になることは確かだ。従って、ともすれば陥りやすい依存関係から抜け出すために、人間社会では昔から、子供が成長するに従って、「自立」のための訓練を行うようになっている。訓練は様々な慣習や儀式となり存在する。元服や成人式などだ。自立に向けての努力がないと、大人になっても依存的になる危険がある。しかし、この様な依存―自立の関係が最近変化して、依存を容認する傾向が強くなっているようだ。
日本人の行動特性は、極度に依存的とは思えないが、つねに他者を意識する点が特徴だ。従って、日本人は単独での行動より集団での行動を好み、集団に依存する傾向がある。このような人間関係に慣れている日本人は、個人としての生活が求められる混合文化社会においては、たちまち弱さを露呈してしまう。結果的に日本人は、日本人同士で集団行動をとることを好み、これがまた海外での現地社会との距離をますます大きいものにしている。
他方で、日本では一般的に高齢になると他者への依存は当然のこととされる。依存せざるを得ない子供が、高齢者のロールモデルになるぐらいだ。同じ様な対象なので、育児施設と高齢者施設の併設を歓迎する向きもある(これは高齢者の価値を幼児並みに引き下げる要因となる)。むしろ、自立して生きていくことは他人に迷惑を及ぼすと考えられている。例えば、高齢者が自立して生活しているとき、なにか一つでも失敗すると、「だから一人では危ない」と周囲から責められる。これに公的機関、例えば、ケアマネジャーや市当局なども加担する。そうでなくても身体機能が低下し、不安を抱えている高齢者は、周囲からの自立への励ましがあってこそ、自立し、自分で生きていくことが出来るのに、その反対に周囲から自立を否定されると、いわゆる「温和な、可愛らしい老人」を演じざるを得ない。日本人が大切にしている周囲との協調は明らかに、この様な場合、裏目に出ることになる。
この様な周囲との協調、言葉を変えれば、周囲への依存が、日本経済にも影響を与える。ケインズの言う「アニマルスピリッツ」は、独立心が基礎となる。依存的な日本では「アニマルスピリッツ」は育ちにくい。
しかし、現代社会は依存する人達にとっても、非常に住みづらいことも確かだ。なぜなら、自立を建前とする社会制度と、依存を容認する社会慣習とのギャップが生じているのだ。高齢者を例にとっても、制度的には、自分で何事も決める高齢者を想定しているが(介護保険法には冒頭に自己決定の考えが記載されている)、現実には高齢者が何事も自分で決めることは出来ないようになっている(まるですべての高齢者が認知症のようだ)。
子供の自立を促すための新しい慣習を作ること、障害者の自立を支援することが倫理的に大切であること、高齢者の自立は人間の最も大切な「尊厳」を守るために必要であること、などを再確認して、地域社会が崩壊し、個別社会となった現代に対処する必要がある。かつての地域社会が個人を支え、かつ、地域社会が個人を拘束した時代とは異なるのだ。それは、現在の人たちの頭の中にある社会の常識を変え、人間相互のルールを変えることを意味している。
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