「米中貿易戦争」とは米中間の〝次世代に渡る半導体の市場争い〟とされる。半導体市場の覇権を狙う中国の政策である「中国製造2025」は、米国には望ましくない国家目標である。実際、「中国製造2025」の担い手とされていたファーウェイ(華為技術)とZTE(中興通訊)が、米国、日本および欧州各国から締め出されている。
更に、この経済制裁には、中国最大のファウンドリ(製造専門の請負半導体企業)であるSMICも含まれていた。多くの日米欧企業がこのSMICに半導体の製造委託をしていたが、この経済制裁により、TSMCなどの台湾ファウンドリ企業に注文が集中したが対応できずに需給バランスが崩れた。
19年の半導体市場は前年比12%減であったが、その主な原因は、米中貿易摩擦でスマートフォンやノートパソコンの売れ行きが落ち込んだためである。その最中の新型コロナ感染拡大であった。コロナ禍直後、主なファウンドリは、需要の回復は見込めないとして、増産体制を期した整備投資に踏み切れなかったとされる。ところが、20年下期に事態は急変する。
・巣ごもり消費で大型テレビやスマートフォンの需要急上昇
・テレワークに必要なノートパソコンの需要急上昇
・急増した需要の中には自動車も含まれていた
(公共交通機関で移動していた人が他人との接触を避けるべく車を使うようになり新車購入に向かった。)
以上のような複数の要因により半導体不足が生じているが、なぜ自動車業界での半導体不足が深刻なのだろうか。その答えは半導体メーカーやファウンドリの製造優先度にある。自動車で使われる汎用半導体は、スマートフォンやノートパソコン用の最先端半導体に比べて、比較的性能が低く安価であり、半導体メーカーやファウンドリからすれば収益増に繋がらない。そのため各半導体メーカーやファウンドリは、経済合理性により、スマートフォンやノートパソコン用の高価な最先端半導体を優先して製造・販売することになった。その影響により、自動車メーカーは需要増にもかかわらず減産体制を強いられるようになったのだ。
これらを踏まえ、米国は、政府補助金によって自国内に半導体の製造拠点を増やす方針を明示した(以下表)。トランプ政権から始まったこの自国第一主義の政策はバイデン政権でも継承されている。
日本政府で、昨今「経済安全保障」が強く叫ばれているが、この半導体不足問題に関して、経産省が主導して、TSMCを誘致して半導体工場を熊本県に建設する運びとなった。投資額は86億ドル(約1兆円)であり、この半分の4千億円程度を日本政府が補助する。メディア各社がこの政府・経産省の決定を大きく伝えたことは、記憶に新しいが、特に朝日新聞とNHKが対極の論説を展開していたのでここに紹介したい。
(主旨を変えずに筆者編集)
朝日新聞:
・国が主導した過去の大型産業政策は失敗が続いている。今回は外国企業への、前例が無いほどの巨額の支援であり、疑問を抱く国民も多い。
・経産省は、一定期間(10年間)撤退しないことや、日本への優先供給を条件にするというが、初期投資だけでなく、将来、赤字の補填を求められることはないか。補助金に見合う法人税や固定資産税の増加は期待できるのか。補助金の目的や効果に加え、採算性や契約の内容についても、政府は十分説明し、国民の理解を得る必要がある。
・足元では自動車産業を中心に、半導体不足による減産が深刻化している。国内に工場を誘致し、半導体の安定的な確保を図ることは電機や自動車といったユーザー企業が自助努力で行うべきである。(江崎注:ソニー570億円、デンソー400億円を各々出資)
・経産省は、日本の半導体産業の再興を目指すが、今回の工場が生産する半導体は、世界では10年ほど前の世代である。日本が国際競争力を保持する製造装置や素材産業の技術を高める効果は見込めない。
・政府は米中対立が先鋭化するなか、台湾に半導体生産が集中するリスクも強調し、工場誘致は経済安全保障の強化に繋がるとするが、台湾有事への備えならば、半導体の問題にとどまるまい。
(出所:朝日新聞朝刊社説 2021年11月12日)
NHK:
・「このままでは空洞化するぞ!」
経産省では、米中貿易摩擦が加速すると、日本が8%余りを依存する中国からの半導体が手に入らなくなるリスクを警戒した。さらに中国と台湾の緊張が高まり、仮にも中国が台湾に武力侵攻などをしたとすれば、26%余りを依存する台湾からの半導体も入手できなくなり、日本の産業は空洞化してしまう。経産省の官僚たちは、強い危機感を覚えたと、NHK取材に心境を吐露。
・「きら星メーカー、日本に引き止めよ」
国内半導体メーカーは国際競争のなかで後塵を拝しているが、半導体製造用の部材や半導体製造装置の分野では世界トップクラスの企業が少なくない。
こうした企業は、世界中のメーカーと取引をしている。軸となる半導体工場が国内にないと、こうした企業もはいずれ日本から出て行ってしまうリスクがあり、その観点からも国内に大きな半導体工場ができる意味は決して小さくない。
(出所 NHK ビジネス特集2021年10月22日)
この2社の論説に優劣をつけるものではないが、複数の半導体業界関係者よりのヒアリング結果を踏まえ、補足説明をしたい。
確かに、経産省が主導した過去の大型産業政策(メモリー半導体など)が成功しなかったのは事実であり、その失敗の反省が経産省内で共有され、起死回生を期した戦略が立てられているのか疑問であることは朝日新聞指摘の通りである。一部の経産官僚のスタンドプレイの感も拭えないのである。
一方、経済安全保障面からも半導体は重要である。スマートフォンや自動車などの民生品に加え、半導体は軍需もあるデュアルユースであり、ロシアのウクライナ侵攻を見るに、国内軍需産業空洞化が懸念されるのも事実である。
ただし、今回のTSMC熊本工場建設で、日本の半導体産業の再興と言うのは早計であり、また、半導体製造装置企業が、これで日本から出ていくリスクが消えるというのは、厳しい言い方ではあるが、根拠なき楽観論の極みではないだろうか。
湯之上隆(微細加工研究所所長)によると、10年以降、日本の大手電機メーカーである日立製作所、三菱電機、NECの半導体部門が統合したルネサスエレクトロニクスは12年に倒産寸前となって産業革新機構などに買収され、工場やプロセス技術者を中心に徹底したリストラを行った結果、ルネサスの社員数は20年末で3万人以上少ない2万人弱となった。その他、東芝やパナソニックの半導体部門のリストラやエルピーダメモリの倒産など日本の半導体産業は悲惨な状態となっている。
加えて、01年のITバブルの崩壊の際に、大手電機メーカーが大規模なリストラを行ったが、当時、半導体部門を中心にリストラを行なった結果、半導体技術を志望する優秀な学生の激減が続いている。これは湯之上の指摘に加え、半導体企業関係者や著名大学関係者も異口同音に指摘していた。
以上のことを踏まえた結果、経産省が、TSMC誘致が日本半導体の復活の橋頭保とするならば、半導体に加え電機・自動車産業などへの継続した産業政策に加え、文科省と連携し半導体を志望する優秀な学生を確保するための施策を講じるなど、省益を越え、政府一丸となり国益を目指すべきと考える。
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