「生産性」(労働生産性)は通常、産出物/労働量(労働時間)によって表され、一定の労働量でより多くの産出物を生み出すか、あるいは、一定の産出物をより少ない労働量で生み出すかを意味している。生産性向上は合言葉にように言われるが、むやみに用いるべきでないことをボーモル※は示している。ボーモルの言うコスト病 (Baumol's cost disease) は、ボーモル効果と呼ばれることもあるが、もともと芸術の実演に関して述べられたことである。弦楽四重奏を演奏するのに必要な音楽家の数は、1800年と現在とで変わっていないのではないか。つまり、近年生産性向上が経済成長の鍵であると言われても、そうである分野と、そうでない分野が存在することを認識しなければならないのだ。
近代の急速な経済成長は、人口の増加、投資資金の増加に加え、生産性が飛躍的に向上したことによってもたらされた。それゆえに、近年、人口増加の停止、投資資金の減少などによって、成長が減速しているために、生産性の向上に焦点が当たっている。自動車製造部門や小売部門のような商業部門では、機械や器具の技術革新によって今後も絶えず生産性は上昇していくだろう。かつてのような勢いはないにしても、継続的な生産性向上成果は確保できる。しかし、ボーモルの概念に照らせば、実演芸術や看護、介護、教育のような労働集約的なサービス部門では、人的活動に大きく依存しているため、長期間にわたって生産性はほとんど、あるいはまったく上昇しないのである。弦楽四重奏の例と同じく、看護師が病棟を巡回する時間や、介護者が不自由な人に援助を施す時間、大学教授が学生を教える時間は、50年前と現在では変わっていない。これらの分野では、問題は労働量の削減でなく、その内容の向上なのである。
ボーモルのコスト病の概念は、病院や大学のような人間が主に関与するサービスの生産性が上昇しないことを説明するために用いられてきた。また、行政活動の多くも、かなり労働集約的であり、国民一人当たりの人員を削減することは難しいし、生産性の上昇はほとんど認められない(日本では強制的に削減され、その副作用も出ている)。結果として、官僚制の費用は、国内総生産 (GDP) よりも大きく増大していく運命にある。
この様な現象があるにも関わらず、すべての分野で一律に生産性を上げるように促すことは間違いである。生産性を上げるためには、広い意味でのエンジニアリングの工夫が必要と言われる。しかし、それは、ある一定の分野、つまり製造工程や金融商業分野などの人間から機械への移行ができる分野に限ったことなのである。では、その他の人的サービス分野では生産性は上がらず、給与に伴って物の価格が上がるのみなのか?
「生産性向上」が話題になっているのは、思う通りに進まない経済成長を促すための手段だろうが、すべての産業の現場で、エンジニアリングに対して努力すれば、生産性が上がるわけでもない。人的サービス業に関しては、製造業と違い、生産性向上を現場単位で行うことが出来るかどうか疑問がある。仮に工夫によって労働力の減少が図られたとしても、それは全体から言えば大きなことではない。
労働集約型の人的サービス分野での改善行動は、労働の質やサービスの内容を向上させるために行うものであり、それによって、生産性が上がるわけではないのだ。従って、現場での課題は、生産性にあるのではなく、サービスの質を向上させ、他事業者との競争で優位に立ち、競争を勝ち抜いていくためにある。労働力を削減しようとする方策は多分失敗するだろう。
もう一つの人的サービス分野での経費削減努力は、現場の問題ではなく、そのサービス自体の成り立ちに関する問題である。理髪業では、より気持ち良い作業環境や、従業員の働きやすさを増すことに改善行動は貢献できるが、労働力を削減することは出来ない。この分野での生産性は上がるわけがないが、唯一効率化を行おうとすれば(理髪費を下げることができる方法は)、理髪の回数を減らすことである。
同様に、医療分野での費用削減は、入院日数の短縮であり、介護分野では、施設から集合住宅への移転であり、行政分野では、規制緩和によって不必要な行政手続きをなくすることなのである。これらは、現場での生産性向上の取り組みよりも、その事業自体の考え方を変えることによるものだ。その核心は、制度の少しの改善や、常識の継続でなく、個人単位での幸せの探究から生じるものである。
※ボーモル;ウィリアム・ボーモル(1922年2月26日 - 2017年5月4日)は、アメリカの経済学者。ニューヨーク市出身。ミクロ経済学からマクロ経済学まで、活躍の範囲は広い。
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