持ち続けたい思い・人の気持ちが感じられる心

最近、障害がある人に対して配慮しなければならない、と制度や法律で決まってきています。そのせいか、それを当たり前だと感じる障害者も増えてきて、配慮される事が生きるための権利だと主張する障害者もいますが、本当にそうでしょうか?

確かに障害があると、配慮がなければ社会の一員として活躍する事は難しいですが、それを待つことしかできないのでしょうか?

現代では何とかなるかもしれませんが、昔だと配慮される事を待っていても何ともならないから自ら行動するしかなかったです。例えば段差があるところを車椅子で通りたい場合、スロープができるまで待つか、人に頼むか迂回路を探すか強引に上がるか、色んな方法がありますが、今の障害者はスロープができるまで待つという人が多いでしょうね。

昔は色んな工夫をして段差を乗り越えて行きましたが、今と昔、どっちが豊かな人生でしょうか?例え障害があっても色んな工夫をして段差を乗り越えられると、自信や達成感や充実感があり、「障害者力」とでも言うべき力がつくと思うけれど,最近はそんな機会が少なくなり障害者力が乏しい障害者が多いです。

何でも健常者と同じようにできる時代になり、配慮される事も増え何も考えずに恩恵を受けている障害者も多いですが、配慮される事は権利でもないし当たり前の事でもない。配慮してくれる「人」がいるから健常者と同じように活躍ができるわけで、色んな法律や制度ができたことで、人の善意に気付きにくくなり善意でしてくれる人たちの存在を忘れがちになります。

これで健常者と同じように活躍ができて夢や望みが叶えられたとして、果たして幸せなのでしょうか?

支えてくれる人が一緒に喜んだり悲しんでくれたりするから頑張れるけれど、法律があるから配慮される事が当然という気持ちになるとこんな感情も減るでしょうね。どんなに配慮が当たり前の時代になっても、色んな工夫をして障害を乗り越える能力や支えてくれる人の気持ちがわかる心は持ち続けたいと思います。

最近施設に苦情をいう親、いわゆるモンスターペアレントが急増中だそうです。私の子供の頃は障害者は学校や施設に行けるだけでありがたかったためか、良いか悪いかは別にして本人も親も文句を言う人がいなくて、ある意味信頼関係や人の結びつきが強かった気がします。

健常者でも昔はしつけとされた事が体罰になっていますが、昔は養護学校でも竹刀を持った先生がいて、今なら完全に体罰ですが悪い事をしたらたたかれる事が当たり前の時代でした。モンスターペアレントという言葉も昔はなかった言葉で、学校にとってはモンスターペアレントはただのクレーマーと化しています。親も学校を信頼してしつけを先生に任せていたのだと思いますが、今は学校も選べる時代になり、幸か不幸かわかりませんが、豊かになると人ってある程度の割合でモンスターペアレントが出るのでしょうか?

障害者の世界も同じで、今は当たり前に施設や学校に通えて、当たり前に健常者と同じ事が出来る時代になり大多数の障害者やその家族は感謝していますが、残念ながらある程度の割合でモンスターペアレントが出てしまいますね。

特に障害者の親の場合は、自分の子どもが大人になってからも、知的障害などで自らの意思が伝え難いと親がある程度の割合でモンスターペアレントになったり、障害者の中でも(不安を感じてしまう精神的な障害を別にして)、自らの権利を主張だけをするただのクレーマーという障害者もたまにいます。

私はモンスターペアレントやクレーマーの障害者と出会うたびに思う事があり、「もし当たり前に障害者が何でもできる時代じゃなかったらこんな思いをしなくてもいいので、時代の進歩が逆に不幸にしている?」と考えてしまいます。

大多数の障害者やその家族は時代の進歩で幸福を感じているのに、気持ちの持ち方が少し違うだけで、何でもできる、昔の障害者に比べれば夢のような時代が来ても簡単に不幸へと変わってしまいます。障害者は人の支えがないと生きていけないので、どんな時代になっても感謝する気持ちを私は持ち続けたいと思っていて、それを忘れた時点で心が貧しくなるような気がします。

また、施設が充実しどんなに障害が重くても比較的簡単に受け入れてもらえる時代になり、昔は家庭で見守るしかなかった意思伝達が難しい障害者は、親が必死で将来のため受け入れ先を探しているのをよく見ますが、果たしてそれが幸せでしょうか?

受け入れ先が見つかる=幸せだと考える親が昔より増えた気がしますが、今は多様な福祉サービスや医療のサービスも充実しています。

訪問系のサービスは以下のものがあります。
居宅介護
家事支援
移動支援
通院介助
重度訪問介護
訪問看護
訪問診療
訪問入浴など

障害をカバーする用具もあります。
電動車椅子
リフト
住宅改修
昇降機

特殊な電子機器なども支給され、昔より重度障害者の生き方の選択肢が増え、最近は意思伝達が困難で食事もトイレも介助が必要でも、24時間色んなサービスを利用しながら施設へは行かずにアパートなど地域の中で暮らす人が徐々に増えてきました。

ただし、介助者の確保が難しいのが現状です。食事もトイレも不自由なく安心して穏やかな毎日を特定の人たちに支えられて暮らす事が幸せと感じる人は、施設で過ごす方がいいでしょうね。親はどうしてもそう考えがちですが、究極の安全な暮らしを求めるなら、誰にも会わず家から出ずに暮らす事になりますが、これで生きていると感じられますか?意思伝達が難しい障害者も同じで、家族や友人に囲まれながら色んな人たちの目に触れて暮らす事が幸せではないでしょうか?

意思伝達が難しい障害者の親は介助をどうするかに目が行きがちです。福祉サービスが増えた現代でも、利用方法を間違うと貧しい心になったり不幸になったりするものです。障害があっても、社会の一員としての役割や残された能力を最大限活かして生きるという視点を持つことが大切なのではないでしょうか。

「夢を叶える145」ライター宮村孝博
1974年10月22日 誕生
1980年 城山養護学校小学部(現在城山特別支援学校)に入学(丁度その前年に、障害者の義務教育が開始)
1992年 城山養護学校高等部商業科卒業。と同時に、父が運営する関金型に就職。母の手を借りながら、部品加工のプログラムを作成。
2003年 父が亡くなり失業。母も足の難病に罹り、障害者二人暮らしが始まる。
2006年 「伝の心」と出会う。
2017年 「夢を叶える145」ライターデビュー 「チャレンジド145」プロデュース
趣味、囲碁、高校野球観戦
春と夏の甲子園の時期はテレビ観戦のため部屋に引き篭もる
1974年10月22日 誕生
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