北京五輪・スキージャンプ混合団体判定に日本人の発想の変換の必要性をみる

北京五輪・スキージャンプ混合団体で、高梨選手をはじめ5人の女子選手がスーツ規定違反で失格処分とされた。高梨選手は自身のSNSを通じて謝罪のコメントを発表し、それがまた多くの日本人の心の琴線に触れた。

この判定をしたポーランド人の審判員が、インタビューで「日本人は文句のひとつも言わず謝罪をしてくれる。一方でドイツなど他の3か国は日本とは違い、彼らは結果を引き出すために徹底的に問い詰める」と説明したとされる(THE DIGEST編集部)。

件の審判員が、このとおり発言したかどうかは不明であるが、日本では、判定過程がどうであれ判定が出た以上、その決定は絶対であり、それに異を唱えるのを潔しとしない。これが日本人の美学であり価値観であるが、日本の常識は世界の非常識である。

納得がいかない不利益な結果が出た際に、強く抗議し、納得のいくまで説明を受け、ルール自体も絶対でなく合理性を争うのがフェアと称される、これが、欧米諸国ほかグローバルスタンダードであるが、日本ではスポーツの世界に留まらず、ビジネスの世界でも、企業はこの日本の常識に捉われている感がする。

日本企業間の契約書では「あらゆる紛争については、各当事者は誠意を以て友好的に話し合うことを通じて解決に当たるものとする」という条文が常である。日本人は、契約書には基本的な事項だけ記載しておけば十分である、と考えており、仮に契約履行途中で、思わぬ紛争が起きた場合、相手に損害賠償の請求を強く主張することを潔しとしない傾向が強い。一方、契約の客観化や立証の確保という点を重視し、慎重に契約書の文言を検討し、ルールを発達させてきた欧米や中国の契約意識に従えば、日本の契約書のように「誠意を以て対応する」では、契約条項を全く何も定めていないことと同じであるとされる。

一般論ではあるが、日本人は江戸時代の町人の商道徳や武士階級の約束を重んじる慣行からも分かるように、約束したことを固く守ろうとする。儒教的な倫理観に支えられた自律的な行動であり、他から訴訟を起こされるわけではない。契約相手を訴えるのではなく道義的履行を期待し、その反面、己もまた良心の命令に従って進んで履行するのである。「以心伝心」のとおり、契約は一度交わされれば当事者はその良心に基づき履行してくれると互いに信頼しあう。このため契約そのものを、トラブルに発展してしまった時のための、履行を強制する手段とは見ていない。

このような日本人の価値観と暗黙知に基づき、日本的経営の三種の神器と称される・終身雇用・年功序列・企業内組合に支えられたのが高度経済成長であり、日本は昭和期に類を見ない戦後復興を遂げたのである。

昭和が終わって30年以上経過したが、その後の低迷期は「失われた30年」と呼ばれる。「失われた30年」がなぜ長期化したのかと考えると、日本は常にリスクを回避し、事なかれ主義に徹し、改革のスピードや規模が小さくなってしまい、その結果、決断したわりに小さな成果しか上げられない。補助金行政など、政府を頼りすぎる企業や国民の姿がある。実際この30年間に、政府債務は250兆円から約4倍以上の1000兆円を超えたのである。

長期にわたってデフレが続いたため、政府は経済成長できない、つまり税収が増えない分を長期債務という形で補い続けてきた。収入が減ったのに生活水準を変えずに、借金で賄ってきたのが現在の政府の姿と言っていい。新しい産業の構築への挑戦に伴う負の結果を恐れるあまり、政府はつねにリスクを先送りしてきたのではないだろうか。

企業も国民もまた日本的な横並びを良しとして、リスクを避け続けイノベーションの創出が出来なかったのがこの30余年である。

権力者の公式見解を従順に受け入れ、権力者が設定したルールに疑問を感じずに従い、それに異を唱えて反発する少数者を異端扱いにする。合理性や公正さよりも同調性や従順性を重んじる日本の有り様が現れたのが「失われた30年」であり、延いては今回の「北京五輪・スキージャンプ混合団体判定への日本チームの対応」である。

そろそろ日本政府や企業、そして日本人に、発想の変換、昭和期からのパラダイムシフトが必要ではないだろうか。

大東文化大学国際関係学部・特任教授 高崎経済大学経済学部・非常勤講師 国際ビジネス・コンサルタント、博士(経済学)江崎 康弘
NECで国際ビジネスに従事し多くの海外経験を積む。企業勤務時代の大半を通信装置売買やM&Aの契約交渉に従事。NEC放送・制御事業企画部・事業部長代理、NECワイヤレスネットワークス㈱取締役等歴任後、長崎県立大学経営学部国際経営学科教授を経て、2023年4月より大東文化大学国際関係学部特任教授。複数の在京中堅企業の海外展開支援を併任。
NECで国際ビジネスに従事し多くの海外経験を積む。企業勤務時代の大半を通信装置売買やM&Aの契約交渉に従事。NEC放送・制御事業企画部・事業部長代理、NECワイヤレスネットワークス㈱取締役等歴任後、長崎県立大学経営学部国際経営学科教授を経て、2023年4月より大東文化大学国際関係学部特任教授。複数の在京中堅企業の海外展開支援を併任。
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