「内在化」された自己責任論

貧困とホームレスを取り巻く問題のうち議論や批評の対象として近年よく取り上げられるのが“自己責任論”である。“自己責任”という言葉自体は、日本ではもともとバブル経済時代の投資者に対するリスクマネージメントに関する経済用語として使用されていた。しかし2004年に起こった「イラク3邦人人質事件」に関し、政府は救出のための費用を支払いながらも多くの政治家がその間、危険な地域へ行くことに対して「自己責任の自覚を欠いた無謀かつ無責任な行動である」という発言や意見を残している。これに関する一連の報道を契機に“自己責任”という言葉が流行語となり人々の意識にも大きな影響を与えたと考えられている(文春オンライン,2018)。貧困問題に関して言えば、貧困が自己責任であるとする考えは日本において根深いものとされているがここ20年の間にそれはより強く、特に2010年代からの生活保護の不正受給、引いては生活保護受給者に対する大規模なバッシングの潮流とあわさり、より強固なものとなっていった。内藤(2009)によると、自己責任論に関する議論の背景には「自由と責任」の理念があり、「貧困による生活困窮はその人自身の自由な選択の結果なのであり自己責任だ」と主張される。そして自由と責任のルールは、もっぱら「貧困は自助で克服すべきであり、社会的な支援はすべきでない」という方向での政策決定を後押ししていると指摘される。

近年の貧困と自己責任論に関する議論のうちよく見られるものは次の2通りである。一つは貧困=自己責任とする考えに対抗しようとする支援団体や専門家たちの抵抗である。そこでは主に貧困当事者がいかに困難な現状にあるか、そして彼らが貧困に陥るメカニズムと社会構造との関係が主張され、自己責任で捉えることの限界が議論される。そしてもう一つは“誰が自己責任論を唱えているか”に関する議論である。それは主にどのような階層において自己責任が強く主張されているのか、そしてその主張の背景にはどのような構造があるのか、というような議論である。また、これらの議論は生活保護制度の厳格化に関する議論とも密接な関係があるだろう。このようにこれまでの自己責任論に関する議論やメディア等で多く見られたのは、貧困当事者を取り巻く周囲の意識の問題と、それに抵抗すべく主張される当事者の自立を阻む社会的構造への理解促進を取り扱うものであったように思われる。

 

貧困当事者に「内在化」された自己責任論

しかし自己責任論の意識を持つのは周囲の人々だけではない。ホームレス当事者、もしくはその経験がある者に対する聞き取り調査を通して意外にも貧困当事者の内にも「内在化」されている自己責任論があることに気づいた。そのことが表出されたのは特に路上生活を継続する者に対して投げかけた“なぜ路上生活を維持するのか?”という問いに対する語りの中であった。ここで一つ事例として挙げるのは聞き取り調査に協力してくれたYDさんの語りである。

岡山市で路上生活を続けるYDさんは48歳の男性である。高校を卒業後、地元で職と住まいを転々としながら4年前職場でのトラブルにより目的地もないまま地元を飛び出し岡山へとたどり着く。そこから路上生活が始まった。生活保護の受給や一時生活支援住居への入居などの選択肢は望めば残されている中で、彼は路上生活を続けている。そんな彼になぜ路上生活を続けるのか尋ねてみた。すると彼の返答はこうであった。

「住民票の問題や気持ちの問題とか色々と事情はあるが、自分で原因を作って自分で選んだ道なので、自業自得というか。しょうがないですよね。だから今の現状を受け入れられるというか。」

このYDさんの返答からは、自身がホームレスへとなった原因も今の路上での生活という現状もすべて自己の責任を果たした結果として捉えている、ということがうかがえる。つまり貧困に陥った当事者自身にも、貧困は自身の選択の結果であり自己責任であるという認識が展開されているのである。こういった語りはYDさんだけでなく、聞き取り調査に協力してくれた当事者の方の中でしばしば同様の認識が語られる。YDさんは特に貧困へ陥った要因に関する自己責任論を語っているが、要因ではなく、今後の解決に関して自己責任論を語る当事者も少なくないことが聞き取り調査を通してわかってきた。

このことは今後の社会福祉、ないし日本社会が課題として考えるべき重要な問題であるだろう。社会福祉の観点で言うとこれまでのように貧困当事者に対して周囲が主張する自己責任論への抵抗も重要な課題ではあるが、それよりも自己責任論が「内在化」されてしまった貧困当事者に社会福祉が今後どう向き合うべきか、は非常に重要な課題となるのではないだろうか。「自己責任」という言葉は教育、もしくは社会的な環境により静かに人々の意識に刷り込まれていき、現代社会で様々な副反応として現れている。貧困は自助で克服すべき問題であるという自由と責任のルールを展開していくことには限界があり、新たな排除が生まれる。公的責任により彼らをいかに包摂していくのか。福祉国家に位置づけられる日本において大きな課題となるだろう。

<参考・引用文献>
阿部彩, 東悠介, 梶原豪人, 石井東太, 谷川文菜, 松村智史 2019.「生活保護の厳格化を支持するのは誰か-一般市民の意識調査を用いた実証分析-」
内藤準 2009.「自由と自己責任に基づく秩序の綻び-「自由と責任の制度」再考-」
14年前、誰が「自己責任論」を言い始めたのか?(文春オンライン 2018; https://bunshun.jp/articles/-/9514?page=5

ソシエタス総合研究所 研究員松田 郁乃
研究・専門分野:社会福祉政策・制度、貧困政策、生活困窮者政策
沖縄県出身。琉球大学(教育学部特別支援教育専攻)卒業後に、韓国へ渡り大学院進学。韓国の韓信大学大学院修士課程で障害者のリハビリテーション学専攻、韓国の社会サービスに関する量的研究を行う。その後、韓国の崇實大学大学院博士課程へと進み社会福祉政策を専攻、日本の生活困窮者自立支援制度受給者の経験に関する質的研究を行う。博士卒業後は大阪府立大学の研究室にて内閣府の委託研究で沖縄県の子どもの貧困調査の主研究員として報告書をまとめる。2020年4月~橋本財団ソシエタス総合研究所の研究員として勤務。
研究・専門分野:社会福祉政策・制度、貧困政策、生活困窮者政策
沖縄県出身。琉球大学(教育学部特別支援教育専攻)卒業後に、韓国へ渡り大学院進学。韓国の韓信大学大学院修士課程で障害者のリハビリテーション学専攻、韓国の社会サービスに関する量的研究を行う。その後、韓国の崇實大学大学院博士課程へと進み社会福祉政策を専攻、日本の生活困窮者自立支援制度受給者の経験に関する質的研究を行う。博士卒業後は大阪府立大学の研究室にて内閣府の委託研究で沖縄県の子どもの貧困調査の主研究員として報告書をまとめる。2020年4月~橋本財団ソシエタス総合研究所の研究員として勤務。
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