昨年9月1日、菅政権の新たな肝いり政策として「デジタル庁」が発足したのは皆さんの記憶にも新しいところではないだろうか。そのスローガンは、「デジタル社会形成の司令塔として、未来志向のDXを大胆に推進し、デジタル時代の官民のインフラを今後5年で一気呵成に作り上げることを目指します」。
デジタル化により日本の社会を大きく変えていこうという取組は、私たちの生活が「より豊か」に、そして「より便利」になるということに大きな期待を持たせてくれる新たな政治の動きであり、日本もようやくその方向に舵を切ったという思いがする。この分野では、しばらく前からエストニアのe-governmentが話題に上っていた。エストニアは人口130万人の小国とは言え、全ての国民がICチップ付のICカードで行政サービスを受けることができ、行政のIT化先進国として世界が注目してきた。また、今回のコロナ禍においては、台湾がいち早くその封じ込めに成功したのは、デジタル担当大臣のオードリー・タン氏の功績によるところが大きいというのも世界中の認識であり、まさにこれもデジタルの力によるところが大であろう。
さて、それでは日本におけるDX推進のカギは一体どこにあるのだろうか。日本でも2018年に経済産業省が「デジタルトランスフォーメーション(DX)を推進するためのガイドライン」を取りまとめたことを契機にDXという言葉が広がり始めた。また、同省のデジタル産業の創出に向けた研究会において「DXレポート」をまとめており、その中で企業における老朽化或いはブラックボックス化したITシステムについて、対応が遅れるとDX化どころかその維持に年間最大12兆円の損失が生じる可能性があるという「2025年の崖」問題を提起している。こういった事情もあり、この当時から世の中で盛んに「DX」という言葉がバズワードとなり、特にIT分野のセミナーや講演会では必ずと言っていいほどこのワードがテーマに出てくることになったのである。
ところが、IT業界に身を置いていた私が言うのも妙な話ではあるが、この手のセミナーや講演会に参加すると、その大部分が実は「人事システム」「経理システム」「総務システム」と言った、それまでは別のテーマで集客していた、或いは中身はそのままで「企業における事務の効率化」として提案していたITソリューションである。業界内で「DX化した?」とか「DX進んでる?」等の会話があると「進んでるよ。この間、新しい人事評価システムを導入したばかりだ」とか「会計システムを刷新して月次決算を導入した」とかその様な会話になるのである。
確かに、老朽化したシステムは刷新されたかもしれないが、冒頭に述べた通り、デジタル(DX)によって社会が或いは企業の何が大きく変わり、私たちの生活が「より豊か」で「より便利に」なったと言えるのだろうか。日本でDXに取り組む企業は55%にのぼる(2020/12日本マイクロソフト調査より)と言われているが、企業の枠を超えて老若男女を問わずあらゆる人々が、それを実感できるかのはまだまだ難しいと言わざるを得ないのが本音である。とはいうものの、上記の例で言えば、受けとる側の捉え方によってDXは如何様にでも捉えることができ、ある意味何でもありの超アナログな世界なのではないだろうかとも感じる。「DXやってるよ!人事システム導入した。」でも「社員にスマホ配った」でも、これまでより少し良くなったと実感できる「アナログ思考」がDX推進の一つの大きなカギではないだろうか。
ところで、つい先日、全国の会社員を対象にした「50代社員に関する意識調査」(フォー・ノーツ社)を見る機会があったのだが、デジタルに関して面白い調査結果があったので、少し引用させてもらいたい。50代社員に対して20代~40代の社員と50代社員自身にアンケートを取ったものだが、その中に「50代社員はデジタルツールに対応できない」という項目があり、20代~40代の意見では29.3%が「はい」と答えた一方で、50代社員は自らをそう見るのはわずか9%という結果であった。また、「50代社員はどのような点で会社に貢献しているか」と言う問いには「豊富な経験に基づく、的確な判断力と危機管理能力」について、20代~40代の評価は41.7%が「はい」で、50代自身も38.0%が「はい」と回答している。更に、「長年の経験によって身に着けた、専門性の高い知識や高度なスキル」という項目では20代~40代、50代自身ともに41%が「はい」と答えている。この調査結果はDXとアナログの関係について非常に興味深い内容である。
デジタルツールの活用は年代双方でその認識に大きな相違があり、これは先ほども述べた通り「DXは捉え方によりまちまち」の結果であるが、注目したいのは後半の二つの質問にある「経験」「判断力」「危機管理能力」「専門性の高い知識」「高度なスキル」というキーワードである。この、まだデジタル化が難しい(=アナログな)分野こそが、若手中堅社員も50代社員自身も双方が大いに評価している点である。DX推進のもう一つのカギは正にここにあるのではないだろうか。
「DXレポート」にもあるとおり、2025年には多くのレガシーシステムが使えなくなる。老朽化或いはブラックボックス化してしまった原因の一端は、ITシステムや言語そのものが古くなってしまったことだが、一方で、入社当初からシステムありきで仕事をしてきた若手中堅社員は、システムの基礎となる業務そのものや、何故そのようにシステムが作られているのかと言うことも十分に理解されておらず、手直しが出来なかったということも大いにあり得ると考えている。DXを推進するにあたっては、ただ単にデジタルツールを導入するということではなく、若手中堅社員もベテラン社員も双方が評価し、重要と考えている前述のような「アナログ」な「キーワード」をどう「デジタル化」できるかが非常に重要であろう。
昨今、度々話題となる「働き方改革」のなかでも、特に所謂「高齢社員」にどう働いてもらうかは、今後70歳定年制の時代を迎えるであろう日本においても、非常に重要なテーマとなる。50代以上の高齢社員をただ単に、「デジタルツールが使えない世代」としてDX化の波から放り出すのでなく、デジタル化に欠かせない「アナログ力を持った重要な世代」として、どう位置付けていくのかを考えることも、重要なデジタル化施策の一つではないだろうか。
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