――「ぼくたちは『日本は単一民族からなる社会だ』というふうに思いがちだ。(…)なんとなく均質な人たちに囲まれていると思っている。」(川端, 2020)
とある記事において, 小説家の川端裕人氏はこのように述べている。この発言において「日本は単一民族からなる社会だ」と思う主体が「ぼくたち」とされているように, 日本は単一民族社会であるとする「単一民族観」は, 川端氏個人だけが抱く特異なものではなく, 日本社会における多くの人々の間で無意識のうちに共有されている考え方であろう。
一方で, 同記事は, 川端氏と日本の移民政策の専門家である鈴木江理子教授(国士舘大学)の対談を通して, 日本社会にはすでに多くの「移民」がいる, ということも伝えており, 単一民族観に疑問を呈する内容となっている。このような内容の議論は近年増えており, 実際, 昨年麻生太郎氏が「日本は単一民族国家である」という発言をすると批判されている (芹澤, 2020)。こうした動きは, 日本社会の自己像としての「単一民族観」が, 近年揺らぎつつあるということを示す。本記事では, 近年の単一民族観をめぐる動きから, 日本社会における「多様性」の実情や, これからの日本社会の「自己像」の在り方について検討したい。
そもそも, 単一民族観はどのように形成されたのだろうか。日本は1980年代から「外国人労働者」を受け入れ(田中, 2013),また, 在日コリアンなど, 日本の植民地であった朝鮮・台湾出身の人々の子孫や, 「琉球処分」を経て日本に併合された沖縄の人々, そして先住民族のアイヌ民族の人々などが暮らしており, 単一民族観は現実と乖離していると言わざるを得ない。それなのに, なぜ, 単一民族観は普及したのだろうか。
小熊 (1995)によると, 単一民族観は第2次世界大戦後, 日本の植民地だった朝鮮・台湾が独立したことを背景に形成され, 定着したとしている。朝鮮・台湾の人々はそれまで「日本帝国臣民」とされたが, 戦後日本政府は彼らから日本国籍をはく奪し,「外国人」と位置付けることとした。「日本は単一民族国家である」という考え方はこの行為を正当化するものとして, 一部政治家や学者などの間で広まっていったとされている。
この考え方は1970年代, 経済成長を遂げる日本社会や「日本人」を理解しようとする欧米有識者の間で広く広まり, 異文化との交流が少なかった“島国”である日本は, 単一民族国家であるから, 皆で協調して働くことができ, 経済成長を果たせたという「島国観」にもとづくステレオタイプが広まった (岡本, 2010)。欧米で日本が単一民族国家であると考えられるようになったことから, 結果として, 国内外で単一民族観が広く受け入れられるようになったとされている。
このようにして, 単一民族観は日本社会の自己像として定着していったが, 冒頭の川端氏の発言が示すように, 結果として日本社会の多くの人々が単一民族観を内在化し,「常識」と化したと言える。そして, 単一民族観が常識となったことによる社会的な影響としてこれまで指摘されてきたのが, 日本社会の「排他性」である。
例えば, 岡本(2010)は, 単一民族観が常識となった結果「日本社会に内在する多様な個性を否定し, 異質なものを排除する性向を列島社会に蔓延させ」(p.75) たとしている。また, 国広(2004)も, 単一民族観にもとづくナショナルアイデンティティーによって「日本人意識」が自明視され, 結果として“日本人”ではない「他者」に対する差別的な反応につながると論じている。社会心理学的学説(e.g., Sidanius & Pratto, 1999)もこうした議論を裏付けて, 単一民族観のような社会で幅広く共有されている言説は, 人種主義や差別的行為を正当化する役割を果たしうると指摘している。
こうした議論を受けて, 単一民族観と排他性・差別意識の関連性を検証するため, 2019年,「単一民族」に言及するオンライン投稿や議論の内容を分析する調査研究を実施した。その結果, 「単一民族」という言葉は, 直接的に差別・排除を訴える内容の投稿(e.g., 「移民反対」「在日[コリアン]は日本で生活保護を受けるべきではない」など)だけでなく, 差別を正当化するもの(e.g., 「日本人は外国人に慣れていない」「差別があるのは仕方ない」)や, “マイノリティー”を「日本人」と同化しようとする内容の投稿(e.g., 「(“ハーフ”の人に向かって)あなたは日本人です」「(大阪なおみ選手の)心は日本人だ」など)にも使われていることが分かった(相川, 2019)。本結果は, 単一民族観は日本に暮らす“マイノリティー”を「他者化」する手段として機能するものの, 文脈や状況によっては, 彼らを「異化」して排除することも「同化」を強要することも正当化しうることを示す。
こうして排除や同化の強要など「他者」への暴力を正当化しうる単一民族観だが, 一方で, 冒頭にある通り, 近年になって揺らいでいることも見受けられる。実際, 分析したオンライン投稿にも「日本はもう単一民族社会ではない」「以前は単一民族国家だった」などと主張するものもあり, 日本が単一民族社会でなくなりつつある, と考える人が少なからずいることがうかがえる。
この揺らぎの背景として度々指摘されているのが, 冒頭の川端氏の記事が示すように, 近年における「移民」「外国人」の存在やその増加である。実際, 法務省によると, 2020年12月時点において日本に暮らす「在留外国人」とされる人々は300万人近くおり, 10年前と比較して約80万人増加している(出入国在留管理庁)。増加の背景には, 2018年に特定技能制度が設立され, 外国人労働者向けの新しい在留資格が創設されたことなどがある(宮島・鈴木, 2019)。
その一方で, 近年「在留外国人」の増加が数字上だけでなく, 多くの(“マジョリティー”の立場にいる)人々に実感されるようになったことも見受けられる。実際,「街を歩けば, 飲食店, 物販店, 宿泊業などで多々, 片言の日本語で話す店員を見かける」(海老原, 2021)として, 近年生活の中で「在留外国人」の増加が実感されることが増えているという議論も見られる。こうした議論は, 「在留外国人」の増加によって日本社会が同質的でないことが“可視化”されるようになったことを示す。「日本はもう単一民族社会ではない」とする主張の背景には, こうした社会的変化があることがうかがえる。
一方で, 考えなければいけないのは, 本当に日本は「“もう”単一民族社会ではない」のか, ということである。日本社会に暮らす少数民族など多様なバックグランドを持つ人々の存在や, 単一民族神話のもとで彼らが“透明化”された歴史的背景を考えると,「“もう”単一民族社会ではない」というのは, 自己認識としてずれていると言わざるを得ない。単一民族観が揺らぎ, 日本社会が多様性を尊重する社会を目指す方向に進めば喜ばしいことではあるが, その出発点が「日本は“もう”単一民族社会ではない」で良いのか。そして, そもそもこの自己認識を出発点にして多文化共生社会を目指すことは可能なのか――。現在日本社会に突き付けられているのは, そういった問いであると言える。なぜならば, 「“もう”単一民族社会ではない」という認識は, 単一民族観を完全に否定しておらず, そして, それは,「日本人」だと見なされない人への暴力を否定しないことも意味するからである。日本社会はその「自己像」の在り方について, これまできちんと向き合ってこなかったが, 本当の意味で単一民族観を乗り越え, 多文化共生社会を目指すのであるならば, これは今すぐに社会全体で取り組まなければいけない, 喫緊の課題であろう。
参考文献
・海老原嗣生. 「飲食・サービス・流通業の幹部領域ではもう移民が常態化している:第1章 転ばぬ先のダイバーシティー(その5)」, 『日経BP』, 2021年9月9日.
https://project.nikkeibp.co.jp/HumanCapital/atcl/column/00058/090900010/
・岡本雅享「島国観再考――内なる多文化社会論構築のために」, 『福岡県立大学社会学部紀要』 2010年, 18 (2), 75-98.
http://id.nii.ac.jp/1268/00000217/
・小熊英二『単一民族神話の起源――<日本人>の自画像の系譜』新曜社, 1995年.
・川端裕人. 「実は身近に300万人超 日本はすでに『移民社会』」, 『ナショナルジオグラフィック日本語版(シリーズ「U22『研究室』に行ってみた。」)』, 2020年2月7日.
https://style.nikkei.com/article/DGXMZO55168920T00C20A2000000
・国広陽子. 「テレビCMにみる日本人の自意識:単一民族社会の神話と『外国人』カテゴリーをめぐって」, 『慶應義塾大学メディア・コミュニケーション研究所紀要』, 2004年, 54 (3), 27-42.
https://koara.lib.keio.ac.jp/xoonips/modules/xoonips/detail.php?koara_id=AA1121824X-2004030
・出入国在留管理庁. 『在留外国人統計(旧登録外国人統計)統計表』. 2021年11月閲覧.
https://www.moj.go.jp/isa/policies/statistics/toukei_ichiran_touroku.html
・芹澤健介. 「麻生氏『単一民族』発言がONE TEAMとは遠い訳――多文化の認め合いと閉鎖性はまったく逆の話だ」『東洋経済』, 2020年1月25日.
https://toyokeizai.net/articles/-/326058
・田中宏. 『在日外国人 第三版――法の壁、心の壁』, 岩波新書, 2013年.
・宮島喬・鈴木江理子. 『新版 外国人労働者受け入れを問う』, 岩波ブックレット, 2019年.
・Aikawa, M. (2019, July). “Mono-ethnicity myth” in Japan: Understanding its relation to racism and psychological functions through lay discourses. Poster presented at the annual meeting of the International Society of Political Psychology, Lisbon, Portugal.
・Sidanius, J., & Pratto, F. (1999). Social dominance: An intergroup theory of social hierarchy and oppression. New York, NY, US: Cambridge University Press.
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