東芝解体に『官僚たちの夏』を思う

経営再建中の東芝が11月12日に同社の主な事業ごとに3つの企業に分割し、各々独立させることを正式に発表した。家電から原発、防衛事業まで事業を拡げた「総合電機」メーカーが解体に向かうことになった。かつてのNHKの人気ドキュメンタリー番組「プロジェクトX挑戦者たち」では、東芝が苦心して世に出した「電気釜」「日本語ワードプロセッサー」が取り上げられた。また、ラップトップパソコンやNAND型フラッシュメモリーは、東芝の技術者が開発したものである。テレビ放送黎明期から「東芝日曜劇場」や「サザエさん」のスポンサーを東芝1社で長く担ってきた。このように電機業界の名門企業が解体になるのである。

地球温暖化問題を契機にしたクリーンエネルギーとして期待された原発事業への「選択と集中」を期して、「高掴み」で米原発メーカーを買収したが、3.11で潮目が変わった。さらに、このM&Aでの「のれん代」減損を行わなかったことが不正会計問題そして上場廃止に繋がった。経営再建を期し「虎の子」の半導体事業(フラッシュメモリー)の売却などを行い東証一部に復帰したものの、米系ファンドの物言う株主との対立で今年の株主総会への経営陣の介入が明るみに出て、経営陣一新になった。

そして今回の会社解体である。まさに坂道を転げ落ちるような名門企業のドタバタ劇である。株主圧力問題を調査審議するガバナンス委員会では、“人材や技術の水準は高い。経営陣の過度の行政依存体質と暴走が再発しない仕組みをつくることが喫緊の課題である”とした。株主に圧力をかけたとされる経産省は、法令や行政の裁量の範囲を逸脱したものではなかったと委員会報告書では結ばれている。なるほど、東芝の行政、特に経産省依存体質とガバナンス(企業統治)の欠如が一連の問題の原因であるが、原発推進の中心である経産省の“要請”で東芝が米原発メーカーを「高掴み」で買収したことが全てのことの発端であることは自明である。

歴史を紐解くと、「戦後復興策として資源がない日本が生き残っていくためには貿易立国になるしかない。当時、欧米企業と競争しても勝てるわけがないと言われるなか、当時の通産省は軽工業ではなく、あえて重厚長大産業である重化学工業に集中投資することを決断し、これが“高度経済成長”に繋がった。」とされる。この政府主導による経済復興システムは、日本の“奇跡の復興”を目の当たりにしたアジア諸国で1970年代以降採用された。まさに、通産省の先見性、決断力と実行力によるものであった。この辺りは、城山三郎の『官僚たちの夏』に詳しく描かかれている。

しかし、最近の経産省が深く関与した産業政策はどうであろうか?半導体(メモリー)と液晶ディスプレイは経産省主導で業界再編したが、半導体会社は経営破綻し、液晶ディスプレイ会社は赤字転落している。そして、エネルギー戦略の混迷である。3.11による原発事故を受け、再生可能エネルギー開発を優先することが世界的に求められていたが、経産省は原発再稼働を優先するあまり、再生可能エネルギーの開発を後回しにした。最近では、日本は石炭火力発電に傾斜して国際社会の批判を浴び、先のCOP26では日本は「化石賞」の汚名を着せられたのである。

経産省は、高度経済成長主導での成功体験を令和の今でも引きずっていないだろうか?経営学で言うところの「イノベーションのジレンマ」である。これは、経産省依存体質の東芝も同じである。過去の成功体験にしがみ付かずにフルモデルチェンジを・・と巷間言われる。これは確かに威勢が良く格好が良いが、短期間で行うと失敗のリスクも高いのである。従来から蓄積・共有されてきた先人達の教えやノウハウ」を逸失してはならないが、一方、世界は日進月歩で変化しているのも事実である。このため過去に成功した事業戦略をそのまま踏襲しても上手くいかないことが多いと銘ずるべきである。新しいこと・フルモデルチェンジだけを求めて「過去の成功体験」を全て否定せずに、今が「過去の成功体験」の上に立脚することを踏まえ、残すべきことは残し、変えるべきことは変えるべきである。

この点について、事例として成功例と失敗例の2社を紹介したい。

本稿のテーマである東芝は、不正会計問題や米原発事業での巨額赤字が発覚し経営危機に直面し、同社の中で最大の利益を出していた半導体事業や高齢化社会の中で高い成長が期待された医療機器事業の売却を実施したが、切羽詰まっての“切り売り”となり、思ったような成果が得られず今回の解体に繋がった失敗事例である。

一方、総合電機メーカーとして東芝と双璧である日立製作所は、リーマンショック直後に約8000億円もの巨額赤字を出したが、昨期に過去最高純益となる約5000億円を計上した。日立のV字回復は、社会インフラとITの2分野に経営資源を集中させる事業構造の転換を図ったことに因る。家電事業の縮小(テレビ自社生産よりの撤退)、携帯電話端末事業からも撤退し、そして約20社の上場子会社を売却または完全子会社化することで再編が進められた。まさに、見えない明日を決断する覚悟を持った経営者が、新しいことだけを求めて「過去の成功体験」を全否定せずに、残すべきことは残し、変えるべきことは変え成功した事例である。

しかし、東芝の技術力が日立より決して劣っている訳でなく、最近でも量子暗号通信網構築などでは俊逸したものがある。ぜひ、V字回復を期し、行政依存や官需依存体質から脱却し、先端を切る技術革新を通じ市場創造にチャレンジして欲しい。

大東文化大学国際関係学部・特任教授 高崎経済大学経済学部・非常勤講師 国際ビジネス・コンサルタント、博士(経済学)江崎 康弘
NECで国際ビジネスに従事し多くの海外経験を積む。企業勤務時代の大半を通信装置売買やM&Aの契約交渉に従事。NEC放送・制御事業企画部・事業部長代理、NECワイヤレスネットワークス㈱取締役等歴任後、長崎県立大学経営学部国際経営学科教授を経て、2023年4月より大東文化大学国際関係学部特任教授。複数の在京中堅企業の海外展開支援を併任。
NECで国際ビジネスに従事し多くの海外経験を積む。企業勤務時代の大半を通信装置売買やM&Aの契約交渉に従事。NEC放送・制御事業企画部・事業部長代理、NECワイヤレスネットワークス㈱取締役等歴任後、長崎県立大学経営学部国際経営学科教授を経て、2023年4月より大東文化大学国際関係学部特任教授。複数の在京中堅企業の海外展開支援を併任。
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