英語民間試験、正式に断念~脱ガラパゴス化への懸念

7月30日に文部科学省は、2025年1月実施の大学入試共通テスト概要通知で、2012年以来入試改革議論で審議されてきたTOEICや英検などの英語民間試験の活用を正式に断念したことを明らかにしました。高校や大学側での英語教育改善案が実現できずに頓挫したことになります。まさに、大山鳴動して鼠一匹かと言えます。

国内では生産年齢人口の減少と共に労働集約的な生産体制は収斂し、日本企業は、アジア各国などへの製造拠点の展開を加速しています。従来、海外進出は、大企業の総合商社、製造業(自動車、電機等)に限定されていましたが、最近では、典型的な内需産業であった金融、食品、小売などに加え中小企業にもグローバル化の波が押し寄せ、グローバル人材の育成が喫緊の課題となっています。これはポストCOVID19で一段と加速することが想定されます。私の調査結果では、地方の中小製造企業では、世界に通用する技術があっても、それを国際市場での事業化を担う「ヒト」がいないことを痛感しました。

話を英語に戻すと、英語力がグローバル人材には必要と言えます。英語が出来たとしてもグローバル人材とは言えませんが、英語が出来ないとグローバル社会の入り口にさえ立つことは出来ないでしょう。大企業の多くは、社員に対してグローバル人材の要件の一つとしてTOEICでの一定水準以上のスコアを求めています。私立高校の一部ではTOEICを積極的に導入していますが、多くの高校では大学入試共通テストや英検を見据えた英語教育を行っています。英検とTOEICにはそれぞれ特徴があり良し悪しは一概に言えませんが、企業が社員の英語力を測る手段として、文科省認定の英検ではなく、経産省認定のTOEICを導入しています。縦割り行政の2つの省の権益争いの感は拭えませんが、英検が国内限定であるのに対して、TOEICは米国プリンストンに拠点を置くETS(Educational Testing Service)が運営を行っており、世界160カ国で年間約700万人が受験しています。ただし、受験者数では日本が1位で2位が韓国で、この2か国で受験者の約3分の2を占めています。英検はドメスティックですが、TOEICがグローバルかというと疑問が残るものの、TOEICがよりビジネス英語に近いのは事実です。

しかし、TOEICスコアが高いからと言って国際ビジネスで活躍できる訳ではありません。もちろんTOEICスコアなどの英語力は重要ですが、多様化するグローバル社会でビジネスを担うには、異文化理解と日本人としてのアイデンティティとの共生、そして知識・教養が不可欠です。多様化・複雑化する社会に対応するには、第一に異文化を理解し尊重する能力が不可欠であり、この能力の育成こそがまさにグローバル人材の育成であり、そのためには自文化を超えて「グローバル」に生きていこうとする強靱かつ柔軟な精神、すなわち「グローバルマインド」が求められると考えます。

このような視点に立って、今回のコロナ禍で今後激変が予想されるグローバル社会で、目先の知識ではなく、多様な価値観に柔軟に適応し物事を論理的に考え、自分の言葉で意見を表現できることを重視した教育を進めることが重要となります。日々激変するグローバル社会のなか、日本では、政府、企業そして個人の各レベルでリスクを恐れるあまり変革やイノベーションが生まれないことが「失われた30年」に繋がったと思います。今回の英語教育改善案が実現できずに頓挫したことが一つの事例でしょう。

英語教育改善に関して、私見ですが、入試問題をどうするかも大切でしょうが、公立高校や大学の英語教員の質の向上が重要と思います。国際社会で使える英語や異文化理解を教えることができる教員を確保することが重要でしょう。

私自身、学生時代にはビジネス英語、契約交渉や契約リスクなどについて学んでおりません。企業に入ってからOJT、研修や自己学習、そして実際の現場での経験を通じて学んで来ました。しかし、現在では、多くの大企業でさえ、従来ほどに余裕がなく学生や若手社員に即戦力を求めていますが、正直なかなか厳しいのが実態です。

私は前職の大学教員の際に、講義では「現場感」を重視して学生に話をしてきました。大学生や高校生が国際社会や異文化、ましてやビジネスを知っている訳でなく、教える方がまず以ってこれらを知らないと話にならないと言えます。ハーバードを筆頭に欧米の大学では「契約交渉、地政学、異文化理解」などの講義があり、学生時代に国際社会に通じる即戦力としての特訓を受けます。また、大学教員と実業界では、相互異動や転職が頻繁にあり、象牙の塔に埋没する教員は少なく、もしいれば淘汰されます。このあたりは中国・韓国やASEANでもかなり常態化しつつあります。これは、日本が直面する実態でありガラパゴス化の最たるものでしょう。政府、企業そして個人の各レベルで、脱ガラパゴス化が必要なことを強く訴求したいと思います。

大東文化大学国際関係学部・特任教授 高崎経済大学経済学部・非常勤講師 国際ビジネス・コンサルタント、博士(経済学)江崎 康弘
NECで国際ビジネスに従事し多くの海外経験を積む。企業勤務時代の大半を通信装置売買やM&Aの契約交渉に従事。NEC放送・制御事業企画部・事業部長代理、NECワイヤレスネットワークス㈱取締役等歴任後、長崎県立大学経営学部国際経営学科教授を経て、2023年4月より大東文化大学国際関係学部特任教授。複数の在京中堅企業の海外展開支援を併任。
NECで国際ビジネスに従事し多くの海外経験を積む。企業勤務時代の大半を通信装置売買やM&Aの契約交渉に従事。NEC放送・制御事業企画部・事業部長代理、NECワイヤレスネットワークス㈱取締役等歴任後、長崎県立大学経営学部国際経営学科教授を経て、2023年4月より大東文化大学国際関係学部特任教授。複数の在京中堅企業の海外展開支援を併任。
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