仏教用語で如実とはリアリティのこと、知見とは知恵のことである。如実知見の重要さは、ブッダが述べたと言われる次のような言葉、「全ての悪の根源は無知であり誤解である。疑問、戸惑い、ためらいがある限り進歩できないのは否定できない事実である。そしてまた物事が理解できず明晰に見えない限り、疑問が残るのは当然である。それゆえに本当に進歩するためには疑問をなくすことが絶対に不可欠である」と一致する。しかし、如実知見が仏教から発したからといって、仏教の理屈に縛られる必要はない。如実知見は、すべての人は、物事を明晰に見て、それをこだわりの無いように解釈しなければならないことを示している。
しかし、言うは易く、行うは難し。物事を色眼鏡のないそのままの状態で見ることが出来るかどうかは難しく、また、その観察した情報をこだわりなく解釈することはもっと難しい。すべてを透明に解釈することは、もともと不可能に近い。仏教界からどのように教え諭されたからと言っても難しい。物事を素直に見ることについての正解はない。また、観察した物事を解釈するための正解もない。つまり、如実知見を実行すると、素直に見て素直に解釈することを行った結果は、人によってすべて解釈が異なると言っても良いだろう。例えば、夏の暑い日に空を見上げたとき、青い空に白い雲が見え、清々しい夏を感じる人もいるし、太陽が眩しく照っていてただ暑いだけと感じる人もいるだろう。同じものを見たときにも、これが正しい如実知見ですとの回答はないのだ。
一般に理性を持って物事を解釈しようとする場合、はたしてその解釈が正しいのかとの疑問が生じる。自分のことでもそうであるし、他人であればなおさらだ。理性的に物事を解釈しようとしても、「理性は感情の奴隷である-デビッド・ヒューム」のように、理性を生み出している感情に注目しなければならない。自分でそれが正しいと理性的に考えるとき、その理性の裏にはどの様な感情が潜んでいるかを見ることが大切だ。感情は理性の裏に必ず存在して理性をコントロールしている。従って、如実知見を実行する場合、自分が素直に見て素直に解釈したことを、さらに疑う態度(感情を見つけようとする態度)こそが大切なのである。そうすると何事も解決できないではないか、と言われそうだがそうでもない。人間は日常行動を中止して考えるわけではない。食べて、排泄し、寝るなどの行動は、疑問を持つかどうかに関わらず自動的に行われることだ。従って、疑う態度を持ったとしても日常生活は淡々と進んでいく。何ら心配することはない。問題なのは、考え方や方法を提示されたときに疑問を抱かず、単純に従ってしまうこと、特に権力者や指導者、あるいは最近ではマスメディアの言葉に何ら疑問を持たず従う態度である。指導者の言質に無批判に従う傾向や、自分の周囲の人たちの言動に流される傾向、そして、今までやってきた事を、ただ自動的に続けるような行動を見直さなければならないのだ。その場合、重要なことは、現実の力である。自分が見たり聞いたり実際に体験したことを最も確かなものとして、それ以外の伝聞情報(他人のコメントも含む)を疑う態度である。
昔からの生活習慣を頑固に守っている人は、その点で、あまり煽動される恐れは少ない。他者に影響されず、自分自身の経験を元にしての生活習慣はそれ自体でリアリティを含んでいる。如実知見の例でもある。現代の情報過多の世界で、簡単に他者の影響を受け(マスメディアはその仲間である)、それに流される恐れがないかどうか?自分で常に疑問を保つ必要がある。
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