「教育現場はブラック」「学校の常識は社会の非常識」「先生は “まじめ”過ぎる」「教職志望者が減少」「教員免許更新制廃止」…教育現場や教師に関わるいろいろな言葉やニュースを聞きます。中学校現場に約20年間奉職しつつ、NPOなどの社会活動にも取り組んでいる身として、複雑な気持ちになります。
時代はグローバル化と情報化、価値観の多様化を伴う、変化の激しい予測困難なものとなり、社会はSociety5.0時代に向かいつつあります(注1)。また、学校でも「新学習指導要領の全面実施」「働き方改革」「GIGAスクール構想」など、新たな施策の実施に伴う変化が継続的に生じています。今、とりわけ公教育を支える教師には、どのような働き方や生き方が必要とされているのでしょうか。
そもそも、これまでも教師には、「学び続ける」ことが強く期待されてきました。
「法律に定める学校の教員は、自己の崇高な使命を深く自覚し、絶えず研究と修養に励み、その職責の遂行に努めなければならない」(教育基本法第9条)
「教育公務員は、その職責を遂行するために、絶えず研究と修養に努めなければならない」(教育公務員特例法第 21 条)
また、「ILO/ユネスコ教員の地位に関する勧告」(1966)においても、以下のように記されています。
「教職は、専門職と認められるものとする。教職は、きびしい不断の研究により得られ…(以下省略)」(III指導原則6)
このように、教育の質と教師の専門職性は密接に繋がっており、これらは教師の働き方や生き方を考える上で、道標となっています。
ここで、私が教師のあり方や教師像を再考した機会について話しましょう。それは2016年秋、内閣府「地域コアリーダープログラム(青少年分野)」でNPO、学校、大学、行政等様々な分野で青少年育成に関わるメンバー9名とドイツに派遣されたことでした。私たちは、次の目標のもとで、セクターを越えて現場-仕組みづくりの両視点からディスカッションと現地視察を重ねました。
「2030年における日本の青少年分野の在り方について考えを深めるために学ぶ~ドイツの青少年に関わる指導者の人材育成、活動の事業評価及びセクターを超えた共通認識と連携の過程を軸として、相互理解を図る。帰国後は、各活動領域(地域・対象・年代)において、非営利団体、行政機関、企業等との連携した取組みを実施するとともに、将来的に政策への影響力を持つことを目指す~」
帰国後、私は「社会を俯瞰的にとらえ、青少年育成においても、地域や専門機関・企業などと連携・協働できる教師・指導者の育成」を目指すこととし、日本の「知・徳・体」を重視した全人的教育を生かし、教育現場の特徴・課題を考慮して日本風にアレンジした、下記の要件からなる「ユースワーカー的教師」を提案しました(注2)。
・教育を社会との繋がりから広く深く捉えられる研修を積んでいること (例)社会教育主事講習
・生徒指導と教育研究の両側面から、多様な教育現場を経験していること
・学校外でも青少年育成への関わりをもっていること (例)NPO、町内・子ども会、スポーツ少年団、部活動(運営の工夫・改善による)
・各教科や総合的な学習の時間などで、多様なアクターと連携・協働したESD実践をしていること(注3) (意欲・関心、計画・立案、実施・評価等)
これは、学級経営や生徒指導、授業づくり、生徒理解、校務分掌などの「基礎的素養」を踏まえたうえで、視野や外部とのつながりを広め、強めながら資質や能力を高めていこうという気合を示したものでした。各学校に、このようなユースワーカー的教師が一人でもいれば、学校は変わり得るので、特に若手の先生にはこのような教師像を描いてほしいと発信したのでした。
あれから5年が経とうとしていますが、私自身は所属校の教育活動とNPO・NGOでの社会活動をリンクさせ、多様な方々と連携・協働させていただきながら、学習プログラムを提案・実施してきました。そのテーマも「平和と日米安全保障」「東日本大震災・原発事故と被ばく牛」「探究活動と主権者教育」「国際友好都市(姉妹都市)間の青少年交流」「3領域(企業・NPO・大学)横断型キャリア教育」「豪雨災害と中学生ボランティア」など、多岐にわたります(注4)。 こうした取組で、生徒達の変容や成長、教師たちの驚きや気づき、同僚・上司との連帯があったからこそ、あらためて寄稿させていただこうと思ったのです。
さて、私たちの地元・岡山が求める教師像を見てみましょう;
【岡山市の教職員に求められる資質能力】
1.教育に対する揺るぎない「情熱」
2.教育の専門家としての確かな「力量」
3.総合的な「人間力」
【岡山県が求める教員象】
1.岡山県の教育課題を深く理解し、果敢に立ち向かうことのできる教員
2.強い使命感と情熱、高い倫理観、豊かな教育的愛情を持った教員
3.多様な経験を積む中で協働して課題解決に当たるなど、生涯にわたって学び続ける教員
ここにある「総合的な『人間力』」(岡山市)、「多様な経験」「協働して課題解決」「生涯にわたって学び続ける」(岡山県)というキーワードは、私が上記で発信していることと大いに重なります。
中央教育審議会答申においても、第Ⅱ章9「Society5.0時代における教師及び教職員組織の在り方について」では、(1)4「教師が、時代の変化に対応して求められる資質・能力を身に付けるためには、教師が養成段階に身に付けた知識・技能だけで教職生涯を過ごすのではなく、求められる知識・技能が変わっていくことを意識して、継続的に新しい知識・技能を学び続けていくことが必要である…(以下省略)」と述べられており、一人一人の教師が個性や強みなどを生かして、学びをアップデートし続けることが期待されています。
ちなみに、奈良教育大は「ESDを適切に指導する力量をそなえた教員」の定義を、教員としての基盤的な力量に加えて、「持続可能な開発目標(SDGs)に関心を持ち、地域の課題や児童・生徒の生活とグローバルな課題のつながりを見出すことで、地域の人・こと・ものの教材化に取り組み、探究的な授業実践を通して、児童・生徒の社会づくりに関する価値観と行動の変容を促す学びを組織できる教員」としています(注5)。この定義にある「授業実践」を、「(地域・社会活動を含む)ESD視点の教育活動」と広げることで、教師を学校に閉じたものでなく、社会に開かれたものにできると考えます。
ESDはSDGs17の全ての目標実現の鍵(文科省HP)
教師の能力モデルについては、海外でも「持続可能な社会づくり」を踏まえた「教師のコンピテンシー概念枠組み」として論じられています。ユネスコ(2017)のCSCTモデル(Curriculum, Sustainable development, Competences, Teacher training:CSCT)は、教師を(a)個人としての教師、(b)教育機関における教師、(c)社会における教師の3つの次元で位置付けましたが、三角形の頂点に位置づけた(c)こそ、教師の全人格的な持続的発展を期待していると考えます。オーストリアの研究プロジェクトKOM-BiNEで提示された「教師が能力を発揮する環境」や、国際連合欧州経済委員会(United Nations Economic Commission for Europe:UNECE)の “Learning for the future(2012)”においても、同様の傾向が見られます(各モデルの詳細について、ここでは立ち入りません)。
教師教育におけるESDコンピテンスの動的モデル(CSCTモデル)
こうして見ると、教師に求められる能力として、いわゆるクラス経営や授業・教科研究などの教職領域のみならず、社会のグローバルとローカルな課題に積極的に関わりながら、多様な他者や組織などと連携・協働できる力の育成がこれまで以上に必要になっていると再確認できます。教師にとっても、学校現場での経験と知見を蓄積しながら、こうした資質・能力を適切なタイミングで主体的に高められると、より豊かで有意義な教師人生を送れることでしょう。
私は、持続可能な社会づくりとその創り手を育むことが求められる今こそ、これまでの基礎的素養にとどまらない「社会に開かれた」「持続可能な」教師像を具現化し極めようとする、教師の働き方や生き方、すなわち「教師道」が拓かれていくことを切に願っています。
(注1)「Society5.0」とは、狩猟社会、農耕社会、工業社会、情報社会に続く「超スマート社会」「創造社会」とも言われる第5の新たな社会を指す。日本はデジタル革新やイノベーションを最大限活用して、経済発展と社会的課題の解決の両立を目指している。
(注2)「ユースワーカー」とは、ドイツの児童・青少年援助法(社会法典第8編)に基づいて、青少年育成に多様なかたちで支援する人たちを指す。スクールソーシャルワーカー、キャリア教育コーディネーター、スポーツ団体や余暇活動の指導者など、日本に現存する職業が複合的に組み合わさった職業を指す。関連記事「第9回ESDカフェ(2016年度)」はこちら→http://www.okayama-tbox.jp/esd/pages/7333
(注3)「ESD」とは、Education for Sustainable Development(持続可能な発展のための教育)の略称。地域・社会課題を自分事として捉え、身近なところから課題解決に取り組むことで、価値観や行動の変容を促す、持続可能な社会の創り手を育む教育。ESDはSDGsの17全ての目標の実現に寄与するものと認識されている(第74回国連総会)。
(注4) 前任校での実践事例「SDGsを意識したマルチステークホルダー連携による教育活動の推進リーフレット」はこちら→https://chugaku.fuzoku.okayama-u.ac.jp/sustainable/
(注5)「SDGs」とは、Sustainable Development Goals(持続可能な開発目標)の略称。2015年に国連が提唱した世界共通の目標で、地球環境と人類社会の持続可能性を追求し、「誰一人残さない」未来のあるべき姿を目指している。2030年に達成を目指す、17の目標と169の具体的なターゲットから成る。
(参考文献)
・中央教育審議会(2021)「『令和の日本型学校教育』の構築を目指して ~全ての子供たちの可能性を引き出す, 個別最適な学びと,協働的な学びの実現~(答申)」
・佐々木織恵 八木恵里子(2020)「ESDの実践における教師の専門性、学校経営と支援体制:先行研究の検討を中心として」東京大学大学院教育学研究科紀要第60巻
・内閣府(2017)「地域課題対応人材育成事業『地域コアリーダープログラム』派遣日本参加者報告書」
・苫野一徳(2014)「教育の力」講談社現代新書
・国立教育政策研究所(2012)『学校における持続可能な発展のための教育(ESD)に関する研究[最終報告書]』「ESD(持続発展教育)教師に必要なコンピテンス」
・奈良教育大学HP「特色ある教育研究」(ESDティーチャープログラム)
・岡山県教育委員会「岡山県教員等育成指標及び研修計画」
・岡山市教育委員会「岡山市教員等育成指標」
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