新型コロナワクチン集団接種が始まったが、各地で初歩的なミスによる医療事故が続発している。予約も困難で「300回以上電話してもつながらない」との報道もあった。かつて小学校で整然と行われていたインフルエンザワクチン集団接種と程遠い混乱は、なぜなのだろうか。
筆者は横浜市内の外来に在籍している。2月中旬に医師会の集団接種出動希望者の募集が始まったが、ワクチン供給遅れのため接種担当者へのワクチン接種ができず5月までずれ込み、集団接種も開始が遅れた。感染者が多い都市部も過疎地も一律「公平、平等」にワクチンを分配し人口380万人の横浜市に200本弱(約1000人分)では、医療者への接種すら滞る。
5月には各地で集団接種予約が始まり、横浜市は電話400回線・システム容量100万件/分を想定したが、200万件/分以上のアクセスが殺到し5月3日の予約開始から一時間たらずで予約システムがパンクした。横浜市の75歳以上人口は46万人強だが「早い者勝ち」にしたため過剰アクセスが起きたのである。もし区ごとに受付日を設定していれば横浜市は18区から成るので18分の1として一日約2.5万人となるし、後期高齢者すなわち感染ハイリスク者が多い区から順に、あるいは年齢を細分化し、まず80歳以上次に75歳以上と段階的に受け付けたら、どうであったか。
我が国は大規模な震災や水害を多数経験し、トリアージの重要性は一般にもある程度知られつつある。感染者が数名の過疎地も数千名の都市部も一律というのは、トリアージ・優先度順位付けとして疑問であり、フリーアクセス「早い者勝ち」は弱肉強食と同義で公正とは言い難い。
一方で先駆的事例も見られる。寝屋川市は市民に対し「優先順位と進捗の見える化」を行い、南相馬市では地区ごとに接種日程を決め巡回接種し順調と聞く。共通するのは「優先順位と基準の明確化、トリアージ」であり、論理的かつ倫理的で公正である。
予約にあたって、何枚もの細かな字の接種券は、目が悪い・判断力の鈍った・認知症の高齢者には分かり辛い。インターネット利用率は総務省/情報通信研究機構によると令和元年で70代74.2%、80歳以上57.5%、HPやSNS利用は50~60%程度であり、ネットから高齢者がワクチン接種についての正確な情報を得て予約することは難しい。「集団接種会場は遠く不便だ」「かかりつけ医で打ちたい」との希望も多かった。新型コロナワクチン集団接種では情報や交通の「アクセス困難性、inaccessibility」が存在し、その検討対策が不十分だったと言わざるを得ない。
集団接種開始当初から接種ミスの報道が相次いでいる。「生理食塩水のみを注射」「空気を注射」「濃度不足のワクチンを注射」「使用済み注射器で他人に注射」「保管ミス等で大量廃棄」「一人に2回連続で注射」「原液(5倍濃度)を注射」等が各地で発生している。久留米市などは712人もの「濃度不足による接種ミス」の恐れのため後日抗体検査し再接種するという事態が生じ、神戸市や北九市など複数種類の事故が発生した自治体もある。
筆者はその原因として1)ワクチン接種実務に慣れない・未経験者を動員 2)作業手順の不備やミス 3)チェックポイントの明示化と確認ミス 4)指揮責任系統の不備 5)被接種者の認知理解の問題 が原因と考察する。
筆者は永年小児含むワクチン接種に携わってきたが、その手順は基本的には 1)ワクチンの準備から接種まで原則一人の看護師が実施し、ワクチン種別や量は他職員とダブルチェック 2)問診票は事務、看護師でチェックし医師が問診時に確認、接種時と会計時にも再確認 3)接種時には注射器とワクチンの箱または瓶を他看護師及び被接種者(保護者)に提示し確認 4)物品廃棄時に注射器、バイアル、箱を最終確認 である。多重のフェイルセーフで安全を担保し、指揮責任は院長に一元化されている。
しかし新型コロナワクチン集団接種では派遣スタッフ含め所属の異なる者が集まるため意思疎通しにくく、分担制作業は医療事故防止の基本であるダブルチェックが機能し辛い。被接種者の勘違い・認知症等により複数回接種される例も発生しており、本人の自律的安全確保は期待できない。
さらに集団接種会場は「三密」に近く感染者が紛れこめばクラスター爆心地になり得るし、大規模接種会場は被接種者が長距離移動の中で感染・媒介するリスクも存在する。実際に横浜市等で会場スタッフの感染があった。
一方、個別接種は外来医療や流通に過負荷を生じた。筆者のクリニックでも接種医療機関が公開された直後から電話が鳴りやまず業務に支障をきたした。超低温を要求するファイザー製ワクチンは宅配各社の協力により特殊な配送体制が確保されたが、労力費用ともそのコスト負担にいつまで耐えられるか疑問である。
ファイザー社製ワクチンはマイナス70度以下のバイオ実験室レベルの超低温冷凍庫保存を要求し、ワクチン調製時は「振動」禁忌とされている。RNAの構造が物理的に弱く製剤の安定性が不十分なためで、既存のワクチンにこのような不安定なものは無く医薬品として不完全である。このことが問題の根底であり、既存のワクチンのように冷蔵で数か月安定ならインフルエンザワクチン同様に地域のかかりつけ医での接種が可能だったはずである。
上記と本稿執筆中にファイザー社製ワクチンが冷蔵保管一か月可能と改訂されたことを踏まえ、対策案を示したい。1)ワクチン供給は医薬品卸業者に委ねる 2)インフルエンザや小児ワクチン接種実績のある医療機関のみ接種機関とする 3)在宅医療機関や医師が選任されている介護施設、健診機関等(職域接種)は利用者に限り接種する 4)居住地域内での接種を原則とする 5)町内会、中学校区程度の範囲で小規模集団接種会場を設置し地域内の医療機関に委託する 6)ワクチン供給は感染者率が高い地域、人口密集地、高齢化率が高い地域を優先する
中学校区は概ね徒歩20分圏内かつ地域包括ケア圏内であり、高齢者でも徒歩やタクシーで手軽にアクセスできる。近隣医療機関か町内会館等に指定日に行けば接種を受けられるようにすれば、予約もコールセンターも無用である。日程等は回覧板や近所の口コミで周知でき、情報弱者も漏れることが無い。「ワクチン接種実務慣れ」した医療機関が担当すればミスも起きにくい。インフルエンザワクチン等は一日数十名の接種が診療中に対応可能なので、地域のかかりつけ医療機関による上記方法なら情報弱者や移動に難のあるお年寄りにも安心かつ迅速にワクチン接種できる。
我が国でワクチン接種によるVPD(ワクチンで予防可能な疾患)予防は地域の外来でママさんナースたちによって担われているが、専門家が現場の意見を汲み上げただろうか。新型インフルエンザやデング熱やジカ熱の経験があったのに、そこから何も学べなかったのか。「日本版CDC(※)」を求める声もあるが、我が国の国立感染症研究所の予算は削減される一方と聞く。政府政権と専門家はクラスターと死亡者の大多数を発生する介護施設と病院には効果的な対策を打たず、飲食店だけを槍玉に挙げ「やってる感」だけにしか見えない。本稿校正中には出血した早産妊婦が搬送されず自宅出産で児が死亡と報道された。五輪と政局のためのポピュリズム施策こそが、「早い者勝ち予約レース」でハイリスク者を置き去りにし事故を連発する混乱の元凶ではないか。
米国は「オペレーション・ワープスピード」として国家市民一丸となりベンチャーの技術を取り込み、緊急使用許可とはいえ素早くワクチンを実用化した。我が国はどうか。グローバル化により今後も外来・新興感染症はあり得る。科学技術立国そして人類医学史に名を遺した先人たちに恥じないよう衆知を集めなくてはならない。
そして末筆ながら先端バイオ創薬ベンチャー経験者として、今後に備え医療に限らず未来と社会の発展のため果敢に挑む我が国のベンチャー企業と起業家たちへの、理解と投資と支援を世の志ある諸兄姉に求めたい。
(※)Centers for Disease Control and Prevention;アメリカ疾病予防管理センター
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