在宅医療の推進は国策となっており、診療報酬上の評価をはじめ各種施策が積極的に展開されている。在宅で最期を看取ることを目標とした在宅医療をとりあえず「在宅緩和ケア」と呼ぶならば、そうした政策と相俟って、医療者の中にも、「在宅緩和ケアは理想の医療」である、という共通認識が醸成されつつあるように思われる。
つまり、住み慣れた家で療養を続け、最期はそこで大往生することを支援するのが、医療の一つの理想であろうという考え方である。
同時に、国民の多くもこうした最期を理想としているようだ。良く引き合いに出されるのが、国民は最期をどこで迎えたいかという終末期医療に関する調査の結果である。そこでは、終末期を自宅で過ごしたいと希望するものが70%近くにのぼり、これが大多数の国民の希望であるとされる根拠となっている。
ただこれには、からくりがあって、「自宅で最期まで療養したい」と回答したものは10%程度に過ぎず、「自宅で療養して、必要になればそれまでの医療機関に入院したい」「自宅で療養して、必要になれば緩和ケア病棟に入院したい」それぞれ30%程度を併せて、在宅療養希望が70%としているわけで、ややミスリーディングなところがある。しかし一方で、そうしたシチュエーションになったなら、在宅療養を希望する国民が多いことは間違いない。
在宅療養こそが緩和ケアの理想の形であるという考えは、good death concept(良い死の概念)と分かちがたく結びついている。住み慣れた家(それが必ずしも現在の「在宅」の定義でないことは後述する)で、家族に囲まれて安らかに最期を迎えるところまでを、関係者みんなで準備してゆくことが、在宅緩和ケアの本質と言える。
一方、国策としての在宅看取り推進の枕詞となるのが、「超高齢社会、多死社会」である。人口ピラミッドのせり出した部分(団塊の世代)が近い将来後期高齢者になり、それだけ大勢の人々を、病院に看取るだけのキャパシティがないことから、在宅での看取りが重要となってくるという論の進め方で、在宅医療が語られることも多い。
前者は理想の医療論であり、後者は一見身も蓋もない現実論に思える。しかし、この二つの在宅医療は、国民の希望するところであり、それを進めることがひいては、超高齢・多死社会における看取り場所の確保にもつながる、というロジックで結びつけることが可能である。
しかし、国策におけるクールな計算と在宅医療にかかわる人々の熱い思いは、同じ「在宅緩和ケア」を語っていても、同床異夢といっていいほど違っている。
しかしながら例え思惑は異なっていても、今後在宅看取りが重要になってくるであろうという見通しは共通である。また多死社会が訪れる中で、現状の病院・施設数ではそこでの十分なケア、看取りは困難になるという予測も一定程度は共有されているものと思われる。
そこに在宅を病院ベッドの代替にしようとする意図が見え隠れしていることを嫌う医療関係者も少なくない。その一方で、それを積極的に制度として進めてゆこうという考えもある。
産業医科大学の松田教授は、在宅医療ベッドの病院病床化に言及している。つまり自宅のベッドを医療法上の病床として扱い、そこで行われる医療と病院での医療の共通化を図ろうという狙いである。また病棟看護師が病棟業務と訪問看護の両方を行えるような柔軟な看護基準も検討対象となっているとのことである。
大きなコンクリートの建物の中にあるベッドだけが病床ではなくなり、看護師詰め所と訪問看護ステーションの区別が消えるということであろう。
かつて京都西陣の堀川病院の早川一光医師が、「西陣の路地は、病院の廊下や」と象徴的に言っていたことが、医療政策上現実味を帯びてきている。病棟看護師が、病室を訪れるついでに、患者の家を訪問する日も近いのかも知れない。
一方、こうした医療供給体制を構想する側からの在宅医療、訪問看護のあり方に対する提言は、従来からこの分野に関わってきた関係者には不評である。
曰く、「在宅医療は病院医療の延長ではない」「患者さんが生活している場に出向いて医療を提供するのが在宅医療であって、それは、病院医療とは全く異なるものである」
それはその通りであろう。
従来のバイオメディカルモデルに基づく病院医療に対するアンチテーゼとして、生活モデルに基づく在宅医療を推進してきた自負のある人々からみれば、病院のベッドを経済効率性の観点から減らしたツケを在宅に回すなど、本末転倒も甚だしいことになる。
在宅看取りを語る際に、施設での死よりも在宅死の方が遙かに素晴らしいものであるという揺るぎない信念が、在宅でのケアや看取りを支え、推進してきたことは間違いない。
10年以上前に、私があるところで「患者さんが病院での最期を望まれるならそれに応えますし、在宅での看取りを望まれる場合は在宅緩和ケアという方法があります」と述べたところ、「先生、それは間違っています。自宅で過ごし、在宅で最期を迎えることがベストであり、それを私たちは追求しているのです」とたしなめられた記憶がある。
私をたしなめた人の想定している在宅には、やはり「住み慣れた自宅での最期」というニュアンスが色濃く感じられるが、国が考えている在宅はそこにはとどまらずに、もっと広範な概念である。
住み慣れた家でなくても、家は家である。当然自宅でなくても、病院や施設以外のいわゆる住居でケアを受ければ、それは在宅ケアということになる。これが国の解釈である。
介護保険法では、施設(特別養護老人ホーム 老人保健施設 介護療養型医療施設)以外は、高齢者の住まい(居宅)という扱いになる。ここに介護サービスをつけて、施設サービスに少し類似したサービス(実は大きく異なるが)を行うことを意識して、介護保険関係では居宅サービスという用語を使用する。
介護保険で、高齢者の住まいとされるものは、①サービス付き高齢者向け住宅(サ高住)②有料老人ホーム ③養護老人ホーム ④軽費老人ホーム⑤認知症高齢者グループホームの5類型である。
①は根拠法が異なるが、②から⑤は老人福祉法に基づくいわゆる施設であり、特に③などは常識から言って、これを居宅(住まい)と見るには若干無理がある。
しかし、こうした居宅で暮らしている高齢者は介護保険の統計上は在宅でケアを受けていることになり、ここで最期を迎えれば、通常は在宅死にカウントされる。
もちろん狭義の在宅に比べて、こうした集団生活に近い居宅でのサービスはその提供が容易であることから、介護報酬上差が付けられるようになった。
しかし、高齢者専用の(介護)マンションと称して、そこに高齢者を集中的に住まわせれば、それは自宅であり、そこでのサービスは狭義の在宅ケアになることを考えれば、在宅と居宅というのも便宜的な区分に過ぎないことが分かる。
ましてや、お泊まりデイサービスなどと、通所サービスの本来の趣旨から逸脱したやりかたで、高齢者に対して施設に近いサービスを提供している現実を見ると、行政上の区分など些細なことに思えてくる。
このような介護保険に基づく高齢者向けサービスを、利用者や家族の観点から、つまり介護者の介護負担の大きさという面から単純化すれば、施設に入ることができれば一番良いことになる。特に特別養護老人ホームに入所できるのが最高だが、ここはなかなか入所できないとされてきた。昨今は非都市部では必ずしもそうではないらしいが、都市部でここに入るのは今でも困難である。
老人保健施設は在宅復帰が前提であるが、現実には特別養護老人ホームに近い運用がなされ、ここで最期を迎える人も多い。次善の策としてここでも良いと言える。しかし、こうした施設サービスを受けることができなければ、なんとなくこれらの施設に少し似ているような高齢者用の施設で、介護サービスを受けながら暮らすという選択となる。
国は、これは自宅に準ずる居宅であり、ここでのケアは在宅に近いサービスであると整理しているが、特養や老健に入所できなかった利用者や家族にしてみれば、それの代替物のように映るのは無理もない。
実際、ビル形式で2階は特養、3階は老健、4階は特定施設のサ高住という形式の建物もあり、一見同じようなフロアを利用者が区別するのは難しい。
その流れで見れば、狭義の在宅(自宅)はこうした施設及び施設類似の、いわゆる預かってくれる所に入れなかった人が仕方なく選ぶ療養場所ということになる。これはあまりに単純化が過ぎるかもしれないが、ケアマネジャーの話を聞くと、実務上はこのような考え方で(仕方なく)在宅での療養を選んでいる本人や家族が少なくないとのことである。
また国策上は、高齢多死社会のピークに合わせて施設を増やしてゆくと、その後確実に非効率な運営を強いられ、ペイしないという冷徹な認識がある。そこでかなり前からいわゆる介護保険上の施設は増やさないようにして、それなりに転用可能な高齢者用住居(居宅)を整備する施策をとってきた。
しかし人口が減少局面に入っている現在、こうしたハコモノをやたらに増加させることも得策ではないことは自明の理である。そこで高齢者のケアの場所、看取りの場所として狭義の在宅サービスを充実させてゆこうという施策が前面に出てくるであろう。
理想の在宅緩和ケアが謳う「住み慣れた家」での最期が、ここにきて、身も蓋もない国策と合致する皮肉さである。
しかし、逆に言えば、自宅で最期を迎える事を支援する(狭義の)在宅緩和ケアは、純粋に医療の面からも、国策としての医療政策の面からも、「理想」の医療と言えるのかも知れない。
ただし理想の実現には、思わぬコストがかかることも考えておかなければならない。そのコストを誰が負担するかによって、在宅緩和ケアが理想かどうかの判断が分かれることになる。
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