欲望を解放した資本主義社会の行方

資本主義は、人間の欲望を解放するシステムである。中世から近世の制度や身分で縛られた社会、さらには宗教的な倫理観に閉じ込められた人々を、自由な身分、行動へと解き放つことが出来た。18世紀の啓蒙主義は、欲望の解放を願った知識人によって唱えられた。その結果、世の中は、静的、変化の少ない世界から、動的な変化に富む、そして、過度に道徳に縛られない世界へと変化した。

当然ながら、資本主義をもとにした新しい世界では欲望が解放されるため、能力が高いものは、富を得て地位を向上させ、その反対に、能力に劣るものは貧困に陥り没落するしかなかった。資本主義以前の、上昇はないが、その反対に没落もあまりない世界とは大きく変わったのだ。資本主義の登場以降、生産性向上によって、最貧困層を含め社会全体としては生活程度が向上したことは確かである。しかし、貧困に陥り没落した人たちは、凄まじく富を得る人たちに対して、自分たちの境遇を比べ、怒りを感じざるを得ない状態となった。

それまでのコミュニティ(地域社会―町村単位あるいは部落単位の集合体)は破壊あるいは軽視され、もっと大きな世界に目を向けることが良いことであり、成功の秘訣と考えられた。事実、コミュニティに留まった人たちは、それなりに安定した生活を続けることは出来たが、広い大きな世界に出ていった人たちの間では、成功者が続出し、大きな富を得たことが宣伝された。このようなコミュニティとグローバルな広い大きな世界との間で生じる考えの違いは、現在に至るまで引き継がれている。

資本主義社会で、成功できない人たちが抱くことは、次のようなことだ。パンカジ・ミシュラ(怒りの時代:世界を覆い続ける憤怒の近現代史)によると、この世界で自分の居場所を探してもがき続けるもの、近代へ向かうどうしようもないほど過酷な過程で敗れ去った者、甘んじて破綻を受けるしかなかった者など、何十億を超える数の個人が、自分の周辺の人達に対して、ルサンチマン(恨み)※を抱いているが、その反動で、不遇な境遇にある人達は、自国の偉大さに一体感を覚えることで自尊心を取り戻そうとしている。 戦争の勝利はもちろん、同国人のノーベル賞受賞でもよかったのだ。自国に関するものならスポーツの優勝や芸能界の名声でも構わない。些細な栄光をきっかけに大勢の国民の自尊心が満たされる。西洋の支配階級に抵抗する諸国の指導者は、西側では傲慢で強圧的だとみなされているが、歴史的に溜め込まれた国民のルサンチマンに常に訴えることができる。プーチン大統領の自国内での人気はヨーロッパやアメリカが経済制裁を課し経済危機が起きた後でむしろ高まったという。

この状態に対する解決策は難しい。なぜなら、その根本が、自由な欲求を認め、格差を容認する資本主義的社会にあるからだ。もし、資本主義的社会を否定すると、たちどころに経済成長は鈍化し、それはそれで、政策の不手際を追求されるだろう。日本の経済成長が鈍化あるいは無くなったのは、高齢化が原因であることは確かだろうが、それに加え、本音と建前が分離している日本社会で、素直に欲求を言えない、あるいは、本音で欲求を言わない文化も要因だろう。欲求を表明することは良くないことであるとの通念があり、そこには建前がまかり通る。本来は欲求を表明して初めて、欲求同士がぶつかり、議論がなされ、結果的に「自由の相互承認」が実現するはずであるが・・・。

欲求を抑えて経済の沈滞を招いている日本に対して、日本以外の国の現実である欲望に基づく資本主義の弱点を部分的に補い、より良い社会を作るためには、現在の市場ルールを改める必要がある。資本主義は今までも、他からの攻撃に対して、幾度もやり方を変更して生き延びたのだから。

参考となるのは、第二次大戦後落ち込んだ経済が急激な復興をとげ、一時的に社会全体の成長を促した時代だ。この頃に特徴的なことは、福祉国家が志向されていたことである。約30年間続いたこの時代は、多くの国で最高累進税率が70%から90%と高く、法人税も高い水準にあったが、経済の上昇とともに中間層の増加が起こった。このような大幅な税金の高さ(つまり再分配)に対しても、多くの人達は、不満を述べながらも同意していたのである。しかし、資本主義的志向を持つ人たちは、1970年代に至り、経済が低迷するとともに、大幅な再分配に対して反対を叫び不満を増大させた。そして、再び資本主義本来の自由な経済を志向したのである。これを「新自由主義」と呼んでいる。この考え方は、現在に至る。

現在のルサンチマンのもとは、「新自由主義的」考えにある。しかし、資本主義は修正すれば市場の歪みを正して、格差を縮める事は出来る。それに加えて再分配政策を再び強くすれば良い。ただし、資本主義では、競争意識が激しいほど、経済に活力が生まれ、競争を制限すると(日本のように)経済は沈滞する。皆が横並びに平等に繁栄するような社会は、資本主義では成功しない。我々は資本主義の本質を知った上で、より良い制度を作り上げる必要がある。

※ルサンチマン;主に弱者が強者に対して、「憤り・怨恨・憎悪・非難」の感情を持つことをいう。

公益財団法人橋本財団 理事長、医学博士橋本 俊明
1973年岡山大学医学部卒業。公益財団法人橋本財団 理事長。社会福祉法人敬友会 理事長。特定医療法人自由会 理事長。専門は、高齢者の住まい、高齢者ケア、老年医療問題など。その他、独自の視点で幅広く社会問題を探る。
1973年岡山大学医学部卒業。公益財団法人橋本財団 理事長。社会福祉法人敬友会 理事長。特定医療法人自由会 理事長。専門は、高齢者の住まい、高齢者ケア、老年医療問題など。その他、独自の視点で幅広く社会問題を探る。
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