急激な人口減少は、生産年齢人口の減少を引き起こし、極端な労働力不足に陥るはずであるが、新型コロナウイルス感染症による一時的な景気停滞と、外国人流入停止によって、問題の深刻さは忘れられているかのようだ。しかし、感染が収まるにつれて、問題の深刻さは一層際立ってくる。2019年10月時点の日本の人口は推計で1億2617万人、2018年10月時点よりも1年間で27.6万人減少している。そのうち、日本人人口の減少は48.7万人と大きく、その差21.1万人が外国人の増加である。人口減少はさらに加速し、2020年段階では45万人/年、2030年以降は、70万人~90万人/年に達する。15才から65才までのいわゆる生産年齢人口の減少は人口減よりも約10年先行して1995年から始まっており、その減少幅は、年間50万人から80万人である。人手不足は、生産年齢人口の減少とともに発生している。
生産年齢人口の減少が始まった1995年から現在まで、年間約50万人以上の生産年齢人口減少に伴う労働力不足は、女性と高齢者によって補われてきた。その結果、女性の労働力率(生産年齢人口に対してどれぐらいの人が仕事をしているかの比率)は上昇し、すでに西欧諸国と同じ割合(70%以上)になっている。2010年代に入り、労働力率上昇によって女性の労働参加が頭打ちになるとともに、高齢者の雇用が増加した。しかし、それでも不足する労働力に対して2015年頃から、外国人労働者への依存が強くなっている。
日本は、外国人単純労働者を受け入れないとの原則によって、公式ルートに沿った外国人労働者の導入でなく、研修名目や留学生の資格外活動許可など、非公式ルートによって労働力を補っている。2009 年には入管法が改正され、2010年7 月から「技能実習」という独立の在留資格が新たに加えられ、技能実習で入国する外国人に対して「日本人と同じ労働基準関係法令が一年目から」適用された。これは、「技能実習研修生」を労働者と認めるものである。外国人単純労働者を入れないとの原則に反すると思うが、そこには日本のお家芸である、あいまい化戦略、つまり「本音と建前の違い」が登場する。そこでは、本音を隠し建前のみが述べられる。外国人単純労働者は原則入れない(建前)が、実際には研修生や課外活動の名目(本音)では入れている。それでいいではないか!との声が聞こえそうだが、そうすると、その結果を予測し、議論することを行わない(行えない)ので、将来に対する備えが不十分となる。外国人労働者の問題は建前が横行して将来予測が出来ない政策の典型である。
2018年12月の臨時国会において、在留資格「特定技能」の新設を柱とする「出入国管理及び難民認定法及び法務省設置法の一部を改正する法律」が可決・成立し、2019年4月1日より人手不足が深刻な産業分野において、またしても、原則(移民を入れない)とは異なる考えでの、新たな外国人材の受入れが可能となった。事実上本音での「移民」開始である。2021年2月時点で、特定技能在留外国人数は20,386人で、介護1,298人、農業3,122人、飲食料品製造業7,448人、建設業1,837人などとなっている。
いずれにしても、人口減による絶対的労働力不足の状態は、労働力が不足する業種が廃業しない限り、どこからか労働力を補充しなければならない。日本人がいなければ、企業は外国から労働力を調達することは必然的な行動である。外国人労働者を日本に斡旋する事業者も増加する。研修目的であろうと、「特定技能」であろうと、名目は問わず、禁止されなければ企業は労働力を海外に求めるのだ。その規模は、日本人の労働力減少数と比例するだろう。つまり日本人の労働力不足が年間50万人なら、年間50万程度の海外からの労働力が日本に入ってくる可能性が高い。可能性が高いと言ったのは、移民政策がない現状で、抜け穴の多い制度を使っての流入だからである。本来は、日本政府が長期的な視野に立って年間どの程度の外国人労働者を許可すべきか判断しなければならないのだ。もし、外国からの労働者の流入を少なめに制限しようとすれば、多くの中小企業、あるいは農業、漁業が廃業しなければならない。つまり、移民に反対することは、これらの業種の廃業を認めることでもある。ただし、そのほうが良いと言う意見もあることはあるが・・・。
「西洋の自死 移民・アイデンティティ・イスラム」は、ダグラス・マレーの問題作にしてベストセラーである。彼によると、現在西欧において極右の台頭が激しいが、その大きな理由は、移民の問題であるという。奇妙なことに、一部の全体主義者(ナチの残党など)を除いたある程度の支持を得ている極右政党の主張は「リベラルを守れ」なのである。リベラルと極右?どう関係するのだろう。極右政党の主張は、中東や北アフリカから大量に西欧に流入したムスリムに対し、西欧の価値観が脅かされている、つまり、このままでは「西洋の自死」が起こるというのだ。一方で、日本での右翼の考えはリベラルとはとても言えない。日本の右翼政党が移民排斥を唱える場合は、日本的価値観を守るためであり、決してリベラル的な、信条の自由、宗教の自由、報道の自由などを守るための行動ではないだろう。この様に、現在西欧では奇妙なパラドックスが生じており、結果的に、極右政党に反対するリベラル勢力は、信条の自由、宗教の自由、報道の自由などを部分的に否定しないといけない状態になっている。
2015年のシリア難民の増加に対して、ドイツのメルケル首相は、難民の無制限受け入れを表明した。その結果大量の難民がドイツに流入して、住民との軋轢が生じている。ドイツでは極右政党が声高に、西欧のリベラル的な考えを守るためには、移民を排除するしかないと言っている。これに対して、リベラル政党は、人道的、多文化尊重の考えから、ムスリム的な文化や行動を容認すべきだと言わざるを得ない。例えば、イスラムの預言者であるムハンマドを揶揄するような出版物に対して、ムスリムから報道の差し止め要求が出るが、それは、報道の自由への侵害であり、自由を守れないと極右政党は主張する。このような、多文化主義をもとにする移民の容認は難しい。選択できるのは、移民の人たちには、統合主義的行動(移民した国の法律には当然従うが、習慣にも従うこと)を求めるか、あるいは、移民を制限するかになるだろう。
翻って、日本は、2019年から「特定技能」制度によって事実上の移民を容認することになった。今後コロナからの経済回復に伴って、移民(外国人労働者)の増加が予想され、概ね年間20万人から40万人に達する可能性がある。2030年には人口の5%程度になるかもしれない(現在は2%程度)。移民をどのように処遇するかについて、あるいは、移民の数をどの程度にするかについての戦略が早急に求められる。移民が大量に増加した後に、何らかの問題が発生し、移民の処遇についての検討を行うことは、欧米の経験を無駄にし、問題が発生してからの後追い政策を繰り返すことになる。移民を認めて、今後長期的にどのような戦略を行うかは、日本の経済だけでなく、文化をも左右する問題である。西欧流のリベラルを守るのか、日本文化を守るのか、あるいは多様性を容認するのか、その選択をしなければ「日本の自死」に至るかもしれない。
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