「ウェルビーイング」の意味について考える

「ウェルビーイング」という言葉を聞いたことがあるだろうか?

「ウェルビーイング」は、日本語に直訳できる言葉がなく、辞書を引くと、幸福、幸せ、安寧、健康などの言葉で訳される。それらはいずれも正しい部分を含むが、英語の意味を参照すると、「身体的、精神的、社会的すべてが満たされた状態」の訳がより適切だろう。

「ウェルビーイング」は、1946年に署名された世界保健機関(WHO)憲章の中で使用されている。その文章は下記の通りだ。

‘Health is a state of complete physical, mental and social well-being and not merely the absence of disease or infirmity’.
「健康とは、病気でないとか、弱っていないということではなく、肉体的にも、精神的にも、そして社会的にも、すべてが満たされた状態(well-being)にあること(日本WHO協会:訳)」

つまり、我々が何気なく使用している「健康」を拡張した概念こそ「ウェルビーイング」であることが分かる。

サントリー食品インターナショナル株式会社が実施した「ウェルビーイングトレンドサーベイ2020」によると、新しい生活様式における気になる健康キーワードは、 「糖尿病」がコロナに次いで第2位。 第3位は「高血圧症」が入っている。このことからも生活習慣病関連を含めた、健康への着目度は高まっている。

「ウェルビーイング」の状態のうち、心身の健康は理解しやすいが、社会的健康は馴染みが薄いかもしれない。厚生労働省ポータルサイト「こころの耳」委員、医師の山本晴義氏は、社会的健康を「人から必要とされ、家庭や職場に自分の役割があること、社会の中に自分の居場所を感じられる状態」と述べている。心身の健康も他者の影響を受けるが、特にこの社会的健康は、個人一人だけでは満たされないテーマであり、社会を構成する家庭や職場、地域、コミュニティなどが一人ひとりの社会的健康をいかに支えられるかが重要である。

この健康を拡大した概念について、日本の「ウェルビーイング」第一人者と言われ、予防医学研究者・医学博士の石川善樹氏も取り組みを進めている。石川氏は、2018年に公益財団法人Well-being for Planet Earthを立ち上げた。彼が問題意識として持っていたのは、一人当たりGDP増加が生活満足度(=「ウェルビーイング」)向上につながっていない点である。このことは、経済的要素だけでは生活に幸福感や満足度を得ることはできないということを示しており、生活満足度の向上には、やはり経済性以外の要素、肉体的・精神的・社会的に健康な状態の実現が必要だと考えられる。
そのような問題意識を基に同団体は、拡張した「健康」に関する学術研究への助成や普及啓発を行っている。具体的には、Well-Beingについてのあらたな測定法の開発、要因の検証、Well-Beingを最適化するための介入方法の開発に関わる研究へ助成を行い、研究知見を社会に広めている。

それでは、どのようにすれば「ウェルビーイング」を実現しやすくなるのだろうか?

まずは、これまで述べてきたように一人ひとりが「ウェルビーイング」を、「拡張した健康概念」つまり、1.体、2.心、3.社会とのつながりの3点すべてが満たされている状態、と認識する点からはじまると考える。この3点のいずれかが満たされていないと感じるならば、何がどの程度足りていないのかを考え、その不足を補うための行動をしてみれば良い。

その際、3点は相互に影響しており、ある点を補う意図で行動を変えると別の点に悪影響を及ぼす可能性もある点に留意する。たとえば、職場に馴染めていないと感じ、社会とのつながりを満たすため本当は行きたくない飲み会に参加したとしても、本人にとってそれがストレスであれば精神的悪影響が生じる。ほかにも、心に余裕がないと感じ、スマホやタブレットで対処しようとしすぎると、視力や筋力が低下し、肥満につながりやすくなるなど身体的悪影響があるだろう。個々人によって満たされ方に差はあるが、全体バランスも重要である。

そして、ゆるやかな状態変化に気付くためにも、定期的に自分の状態を確認することも大事であろう。定期的確認は、主観(自分はどう感じるかを大事にする)と客観(デバイスなどを活用して数字から判断する)の2通りの方法がある。そのいずれにおいても、確認結果から自分の状態を判断するために、自分の「満たされた状態」をあらかじめ把握しておくことが必要だ。

体と心が、「何か疲れたなぁ・・・」と感じるときは、無理せず休む、寝る、運動するなどのリフレッシュ法を実施する。社会とのつながりが弱まってきていると感じる場合は、コミュニティを変える、新しい場に出向く、知り合いに連絡するなどが効果的ではないだろうか。

世界的にも「ウェルビーイング」の関心は高まっており、Global Wellbeing Initiativeという、世界各国の研究者、企業、国際機関の人たちのネットワークも存在する。そこでは、個々人の「ウェルビーイング」を測定するための指標についても議論されている。また、Rachel Dodgeら(2012)は、新しい「ウェルビーイング」の定義として、個人の身体的・精神的・社会的資源とチャレンジのバランスだと提唱する。

2021年3月26日付・日本経済新聞朝刊・電子版の記事には、「心身の健康を保つことで豊かさを実感する「ウェルビーイング」分野で、IT(情報技術)を使ったサービスを提供するスタートアップ企業が事業を拡大している。新型コロナ下の需要増を追い風に米国で同分野への投資は昨年1兆円を突破した。」とある。
この例は、ビジネス分野においても、「ウェルビーイング」が注目を浴びていることの一事例である。

今後も、「ウェルビーイング」の動向から目が離せない。我々が人生を自分らしく生きるヒントが詰まっているのだから。

JICA専門家足立 伸也
1987年兵庫生まれ。
立命館アジア太平洋大学卒業。法政大学大学院修了(公共政策学修士)。現在同大学院博士後期課程在籍中。
組織の人材育成、企業の海外展開、新興国の社会課題調査などのコンサルタント、ケアラー(家族介護者)向けの事業開発、カイゼン・アプローチのアフリカ展開戦略策定などを経て、現在はタンザニア在住。『シン・ニホン』アンバサダー。エシカル・コンシェルジュ。
1987年兵庫生まれ。
立命館アジア太平洋大学卒業。法政大学大学院修了(公共政策学修士)。現在同大学院博士後期課程在籍中。
組織の人材育成、企業の海外展開、新興国の社会課題調査などのコンサルタント、ケアラー(家族介護者)向けの事業開発、カイゼン・アプローチのアフリカ展開戦略策定などを経て、現在はタンザニア在住。『シン・ニホン』アンバサダー。エシカル・コンシェルジュ。
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