議論することを勝負のように捉えて、勝った、負けたと考える人が多い。あるいは自分を売り込む手段と考えている人もいる。テレビの討論番組は、ほとんどがそうである。これに対して偉い人の話を聞くときには、相手の考えを無条件に受け入れるものだと思っている人も多い。対話はこのどちらでもない。自分と考え方が違っても、どこかに一致点があると考えること、その反対に、相手の考えがいくら優れていると言っても、自分とは異なるものであり、無条件で受け入れるわけにはいかないことを前提とする。このように考えると、相手と話をすることによって自分の考えをより深め、より良い考えに進化させていく方法として対話が注目される。対話の重要性は限りなく大きい。
自分を高める手段としての対話が十分に行われていない理由は、もちろん幼少期の訓練不足によるものであるが、努力すれば、大人になってからでも対話能力の向上をはかることができる。毎日の会話の中で対話能力を高めることもできるのだ。対話のポイントは「弁証法」である。「弁証法」と聞けば難しい理論を考えるが、決してそうではない。「弁証法」を使うときには、相手の内容に続けて「必ず」自分のコメントを表明する。その為には、相手の説明の全体あるいは一定の部分を取り上げ、それに対する反論や質問を行う。この場合のルール違反は、相手の説明に対して、あるいは質問に対して的を外して答えることである。政府や役所の答弁がこの典型だ。オリンピックを開催するリスクが大きすぎるのではないかとの質問に対しての答えは、オリンピックを開催するリスクよりメリットが大きいことを論理的に証明しなければならない。しかし、オリンピックをやるために一生懸命努力する、あるいはリスクに対して責任を持って抑える、などというのでは質問に対する答えになっていない。このような政府の答弁は、対話の基本を逸脱した方法をとっており、これからの世界でもっとも重要な対話能力を育む上での悪い見本として、子供に対して大きな影響を与える。議論する場所であり、議論によって問題の核心をより深く掘り下げることが国会論戦の目的である。しかし、なぜこのようにだらしないことになってしまったかについては、野党やマスコミにも大きな責任があり、片言一句を取り上げた揚げ足取り、そして、国民がそれを面白がっているせいもある。政府がまともに答弁をしても、その議論の内容を捉えず、一部を取り上げ、揚げ足取りで非難するならば、まともな論戦は望めない。
そうは言っても、国会での議論がかみ合わない理由の多くは、政府の答弁が真面目に議論を行う姿勢になっていないこと(弁証法的議論になっていないこと)が主たる原因である。このような状況を改善するためには、政府から模範を示さなければならない。弁証法的に議論が連なり、思いがけない結論が出るような論戦が必要だ。与野党双方とも、新事実や論理の行方によって、相手を追い詰め、整合性が取れないような立場に追い込むことが大切である。そして、論戦を通じて、思いもかけない論理が登場し、意外な結論に達すれば、国会は非常に活性化するだろう。
国会での議論が、いかに質問の的を外し、その場限りの言い訳に陥っているかは、日本の世論形成にも大きな影響を与える。あらゆる場所で、鋭い質問に対して、まともに回答せず、理解が難しい、抽象的な、的を外した答えが横行するのも、国会の論戦に責任があると言えるのだ。
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