これまでに都内の専門学校と大学の高等教育機関で留学生教育に携わり、今年の4月で10年目を迎えました。専門学校では、入口(入試広報)、学業(留学生教育)、出口(進路指導)の学校運営の一連の校務を経験しました。現在、大学では、留学生教育を中心に校務を担当しています。専門学校と大学の留学生教育では、留学生を対象とした経営学や商学等の社会科学分野の専門科目を担当してきました。専門科目を担当してきた中で、私は、従来の日本語教育だけではなく専門日本語教育の大切さを実感する機会がありました。
従来の日本語教育とは、日本語教育機関及び高等教育機関で行われている日本語能力試験に合格するための日本語教育のことです。日本語教育機関(いわゆる日本語学校)では、留学生が在籍する2年間に日本語能力試験N2に合格するための日本語教育が行われています。なぜならば、日本語教育機関に在籍する留学生の大半は、卒業後に日本語能力試験N2相当以上の日本語能力が必要とされる高等教育機関への進学を目指しているからです。日本語能力試験にはN1~N5まであり、N1は、認定目安として高度な文法・漢字(2,000字程度)・語彙(10,000語程度)の習得が必要とされます。日本語を900時間程度学習したレベルで、日本語教育機関の2年間の日本語教育で合格する留学生は少人数です。また、N2は、認定目安としてやや高度な文法・漢字(1,000字程度)・語彙(6,000語程度)の習得が必要とされ、600時間程度の学習レベル、2年間の日本語教育で在る程度の人数が合格します。高等教育機関の留学生入学試験では、出願資格の1つとして日本語能力試験N2相当以上の日本語能力を有することを要件としています。
また、高等教育機関では、留学生の入学時に日本語能力を測るプレースメントテストを実施し、そのテストの結果から留学生の日本語能力に適した日本語科目の履修を必修としています。その日本語科目では、留学生の日本での就職活動を意識した日本語能力試験に合格するための日本語教育が優先されます。高等教育機関に進学した留学生が卒業年次になる頃には、日本で就職活動が始まります。新卒で留学生採用枠を設けている日本企業の中には、中国や韓国等からの漢字圏留学生には日本語能力試験N1相当以上、ベトナムやネパール、ミャンマー等からの非漢字圏留学生には日本語能力試験N2相当以上の日本語能力を求人票の応募資格等に掲載するケースも多く見られます。
このように、留学生が日本語能力試験に合格することは、将来のキャリア形成にとても大切なことが分かります。しかしながら、高等教育機関の主な留学生教育は、日本語教育ではなく専門教育であることは言うまでもありません。この専門教育は、留学生からすると日本語教育で学習したことがない専門日本語が多く、講義や教科書の内容理解に時間がかかることもあります。私は、専門学校と大学で社会科学分野の専門科目を担当してきた際に、「日本語能力試験N2は合格しているけど、専門科目の日本語は難しく感じる」「専門科目の語彙が難しくて、講義や教科書の内容理解に時間がかかる」といった留学生の声を拝聴することがありました。
このような留学生の声から、私は、専門日本語教育の大切さを実感し、留学生が受講する専門科目の語彙の効率的な学習方法を学ぶことにしました。専門日本語教育についての多くの先行研究を読み込む中で、小宮千鶴子先生の「理工系学生のための化学の専門語―高校教科書の索引調査に基づく選定―」(※1)や、今村和宏先生の「社会科学系基礎文献における分野別語彙、共通語彙、学術共通語彙の特定―定量的基準と教育現場の視点の統合―」(※2)からは、留学生が受講する専門科目の語彙の効率的な学習方法の多くのヒントを学ぶ機会となりました。特に、今村先生は、社会科学分野の複数の学術書に掲載されている専門語彙の頻度を抽出し、頻度順に並べられたランク表を掲載しておりとても参考になりました。
一昨年度には、上記の先行研究を援用し、日本経済大学東京渋谷キャンパスの日本語科目の担当教員と専門科目の担当教員が協業で専門日本語の教材作成を行いました。専門科目の語彙及びその語彙を使用した短い例文で構成されたもので、留学生の効率的な学習を促進するための教材となっています。昨年度の4月からは、日本語科目の講義時間にこの専門日本語の教材が利活用されています。今後は、日本語科目で利活用されている専門日本語の教材の学習効果を日本語科目の担当教員と協業し検証していくと共に、留学生に役立つ一層の専門日本語教育の向上について努めていきたいと思います。
(※1)小宮千鶴子(2005).「理工系学生のための化学の専門語―高校教科書の索引調査に基づく選定―」『専門日本語教育研究』第7号,29-34頁.
(※2)今村和宏(2015).「社会科学系基礎文献における分野別語彙、共通語彙、学術共通語彙の特定―定量的基準と教育現場の視点の統合―」『専門日本語教育研究』第16号,27-34頁.
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